さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 イスタンブール その2

2012年11月14日 | 海外旅行
トプカプ宮殿は、15世紀中頃から19世紀中頃までオスマン帝国の君主が居住した宮殿です。1453年にイスタンブールを陥落させたメフメット2世は、1460年に現在の位置にトプカプ宮殿を着工し、以後歴代のサルタンが増築を重ねました。

現在は博物館になっており、イスタンブール観光のハイライトといえます。

バーブフマユーン(皇帝の門)から入場します。



バーブフマユーン(皇帝の門)の前には、アフメット3世の泉があります。1728年にアフメット3世がロココ様式で建てたものです。



バーブフマユーン(皇帝の門)には、宗教的碑文やスルタンの花押(トゥーラ)が飾られています。



バーブフマユーン(皇帝の門)を抜けると、第一庭園が広がっています。



第一庭園にはビザンツ様式のアヤ・イリニ教会があります。



オスマントルコの衛兵姿の写真撮影モデルもいました。



バービュスセラーム(表敬の門)が現れます。メフメット2世の代の16世紀のものです。



バービュスセラーム(表敬の門)に飾られた宗教的碑文やスルタンの花押(トゥーラ)。



バービュスセラーム(表敬の門)を抜けると第二庭園になります。



ディバン(枢機院の議場)の上の監視塔である正義の塔が現れます。ハレム内には他に高い建造物が無いため、市街地から良く見分けることができます。



回廊の壁は美しく飾られていました。



ここで、ハレムに入場しました。トプカプ宮殿に入場してもハレムを省くツアーもありますが、ハレムに入場できることで今回のツアーを選んでいます。



ハレムに入場すると黒人宦官の守衛室が現れます。



中には、黒人宦官の蝋人形が置かれています。

黒人宦官は、エジプトのヌビア出身者であったようです。



壁は、美しいタイルで飾られています。









続いてジュムレ・カプス(ハレムの主要門になります。)



タイル模様を眺めながら進んでいきます。





ジャーリエレル・タシルーウと呼ばれる二階建ての部屋に囲まれた中庭に出ます。この小部屋には、オダウールと呼ばれるスルタンに奉仕するために買い取られた白人奴隷、または贈り物の女性が住みました。



ハレムにつれてこられた女性は、以下の位に分けられ、運に恵まれると高い地位に上っていったといいます。

アジェミ 新参者
ジャーリエ 愛人
カルファまたはウスタ 愛人のなかでも熟練した者 皇子たちはこのカルファ達と親密な関係にあったといいます
最も若く美貌かつ教養のある12人の女性 スルタンの世話役
ギョステまたはイクバル スルタンの寵愛を受けた者
カドゥン・エフェンディ イクバルの中でスルタンの子を身ごもった者。通常は4から7人はいたようです。
ハセキ スルタンが最も愛情を注いだ者
ハセキ・スルタン ハセキのうち男子を生んだ者

興味深いのは、スルタンの寵愛を受けたのはコーカサス地方の白人女性が多かったようで、その子がスルタンになったことから、スルタンの血筋はトルコ人とはかけはなれていたことになります。



小部屋には暖炉が置かれています。



スルタンの母后の部屋に出ました。スルタンの母后は、ハレムの女主人として最高の権力を握っており、40もの部屋を持っていたといいます。



天井は高くドームで覆われています。





壁にはロココ調の絵が描かれていました。



スルタンの母后の部屋の暖炉

ハレム内は公開されている場所は限られているといっても、それでも部屋数は多く、集合時間を気にしながらの見学になりました。
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