さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 アテネ1

2010年09月28日 | 海外旅行
アテネは、ギリシャ共和国の首都ですが、私たちが訪れるのは、古代ギリシャ時代の都市国家の栄華をしのぶことが目的になります。

ギリシャの都市国家(ポリス)の中心の岩山の上を城砦化して神殿を置くのがアクロポリスです。

アテネのアクロポリスがもっとも有名で、街のシンボルになっています。街の各所からアクロポリスの丘とその上に立つパルテノン神殿を望むことができます。



アテネを訪れたのは12月のクリスマス直前であったため、太陽が低く逆光気味で、写真撮影は難しい状態でした。



そこで、アクロポリスの絶好の展望台といわれるフィロパポスの丘を訪れました。フィロパポスは、アクロポリスの南西に位置しています。ここは、良い撮影ポイントでした。

左が入り口の門で、中央がパルテノン神殿です。丘の下には、ヘローデス・アティコス音楽堂(左)とディオニソス劇場(右)があり、その間をエウメネースのストアが結んでいます。



フィロパポスの丘は、アクロポリスの絶好の展望台ですが、アクロポリスの被った災難は、この丘が舞台になりました。

1687年9月26日、オスマン帝国によって火薬庫として使われていたパルテノン神殿は、ヴェネツィア共和国の砲撃によって爆発炎上し、神殿建築や彫刻などはひどい損傷を受けました。その後、廃墟と化したパルテノン神殿からは、美術品の保護という名目でレリーフや彫刻が海外に持ち出されることになります。

この際に、大砲が置かれたのが、フィロパポスの丘です。フィロパポスの丘がアクロポリスの絶好の展望台であったことが、不幸をまねいたことになります。



少し西側によってからの眺め。

パルテノン神殿はアテナ女神を祀ったものですが、神のすまいといった雰囲気が伝わってきます。



フィロパポスの丘には、フィロパポスの墓碑があります。飾られていた彫像やレリーフはあらかた失われています。フィロパポスは、シリア王家の出身で、ローマ執政官の間善政をつくり、後にアテネ市民になったことから、アテネ市民は遺徳をしのんで墓碑をつくりました。

アクロポリスの全体像を把握したところで、アクロポリスを訪れることにしましょう。
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