さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ワーテルロー

2008年04月02日 | 海外旅行
かつて学校で習った世界史を思い出してください。

エルバ島を脱出したナポレオンは、慕う兵をまとめてパリに進軍し、再び皇帝になります。この時のウィーン会議での大騒動が、ご存知映画の「会議は踊る」ですね。このフランス軍と、ウェリントン公ひきいるイギリス、オランダ軍、そしてプロイセン軍がぶつかった天下分け目の決戦がワーテルローの戦いです。日本でいう関ヶ原の合戦です。この戦いで負けたナポレオンは、セントヘレナ島に流されて、生涯を終えることになります。

この古戦場が、ワーテルローです。正しくは、ワーテルローはウェリントン公が陣地を置いた場所で、南南東5kmのモン・サン・ジャンが戦場となり、ここにはライオンの丘と呼ばれる記念碑があります。(タイトルは、一般的に判る名前としてワーテルローとしておきます、)




ベルギーのブリュッセルより路線バスを使って訪れることができます。一面に広がる畑の中に、ぽつんとライオンの丘が盛り上がっています。

脇の丸い建物は、パノラマ館と呼ばれ、館内の中央にある台に立つと、360度パノラマ状に描かれたワーテルローの戦いの絵を見ることができるというものです。ペンキ絵のような絵でしたが。



急な階段を登って、頂上をめざします。頂上のライオン像は、フランス軍が放棄した大砲を鋳つぶしてつくったものとか。イギリスの方を向いています。



頂上からの眺めは、なにも無く、地平線まで続く畑が見るものの全てです。考えてみれば、大軍同士がぶつかるわけなので、障害になるような地形があっては困るのでしょうね。

ここからの眺めは、心の目で補う必要があります。
他の人へのお勧め観光地かというと躊躇するところもありますが、それぞれの価値観の問題でしょう。

少なくとも、私は、歴史の舞台に立ったという感動を得ました。

さて、ここでの音楽ですが、ベートーヴェン作曲「ウェリントンの勝利」という曲があります。これは、ウェリントン公率いるイギリス軍とフランス軍の戦いを描いたものですが、このワーテルローの戦いではなく、それ以前のスペインでの戦いにもとずいています。ベートーヴェンの作品中では、駄作とされており、演奏されることもめったにありません。

そこで、少しずれますが、チャイコフスキー作曲「序曲1812年」を選びましょう。ナポレオンのロシア遠征におけるロシアの勝利をうたいあげたものです。最後のクライマックスでは、大砲や鐘の音が響き渡ります。楽譜にも大砲という楽器指示があります。
ここはストコフスキー演奏で、はでにまいりましょう。

(これにてベルギー編は終わり。次は、ヨーロッパにおける本拠地であったコペンハーゲンに続けることにしましょう。)

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2 コメント

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心の眼 (本読みと山歩き)
2008-04-02 03:36:47
ここはまだ行ってませんが、行くつもりです。
確かに、言った人に聞くと「なにもない」と答えますが、私は違うと思っています。
関ヶ原もそうですが、古戦場にはなにもないのが普通なのです。
何千何万の人がぶつかりあい、殺しあう、それをその場に立って想像する、それだけで十分行く価値があると思っています。
歴史の舞台 (さすらい人)
2008-04-02 21:42:49
やはり歴史の舞台というものは、訪れてみたいですね。
補足ですが、ワーテルローの英語表記は、ウォータールーです。
パリとロンドンを結ぶ鉄道ユーロスターのロンドンの始発駅が「ウォータールー駅」になったので、開通当時、フランス人からは、愛国的な反発が強かったようですね。フランス人にとっては、忘れなれない敗北の地として記憶されているようです。
また、「ウォータールー橋」というと、ビビアン・リー主演の「哀愁」の舞台を思い出します。いずれ、連想の赴くまま、「ウォータールー橋」も登場させましょう。

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