やまねこマッサージ

ねがうこと、ゆだねること

ロバの音楽座・新作初演「コンサートのぼうけん」

2015-02-28 | music
ロバの音楽座の新作「コンサートのぼうけん」の
初演がならしの子ども劇場の主催で行われる。

今作では、はじめてソロの踊り手が加わる。初期
の作品「ロバの詩」で橋本フサヨさんがパントマ
イマーとして参加していたけど、ダンサーは初。



これまでも踊るシーンは多くあったけど、ソロダ
ンサーとして松本更紗さんがフランスから参加。
音楽と踊りの融合によって、ロバの音楽座の魅力
がいっそう際立つ気がした。傑作。

彼らの楽器がルネサンスやバロック期が中心であ
るのに呼応するように、更紗さんの踊りがルネサ
ンスダンスやバロックダンスであるから自然に溶
け合う。



それに加えて、彼女の踊りにはフランスコメディ
ダンスていえばいいのか、コメディの要素がふん
だんに入っているのが、ロバの音楽座の、楽しく
ユルイ感じにあっている。



新作に込めれたメッセージは、「こころの冒険」。
コンサートを聞くことで世界を旅する冒険が
できるということかもしれない。

旅行をすることだけが旅することではなく、読書
をしたり、映画を見たりしても旅できるように、
音楽を体験することで冒険にでかけられる。

それはリーダーの松本雅隆さんが率いるロバの音
楽座が、先達のないジャンルをさまよいながら、
切り開いていったこの30年以上が、子どもたちと
の冒険だったことに重なっている。



最後のシーンでは原田康さんによる手描きアニメ
が投影されるなか、「ぼうけん」の曲が演奏され
た。

会場は習志野市文化会館で、1978年竣工。古い良さ
だけでなく、なかなか丁寧でおもむきがある建物だ
った。

PHOTOGRAPHER HAL 写真展「?」

2015-02-27 | photo
HAL さんの写真展「?」が中野・冬青ギャラリー
2/28まで開催されていた。これまで発表してきたス
タイル=カップルの愛のパワーを真空パックで表現
すること、とはまったく別の表現に驚く。

白黒、人物不在(もしくは小さく背景)、そしてあ
りきたりのテーマ設定も避けてるように思える。狙
った感はない。彼の日常なんだけど、場所は日本に
限らない。

被写体は目に入って来た?なものである。
この情報過多の世の中で自分なりのもの
の見方を提示しようと思う。


写真のイメージもたぶんあえて露出されていない。案
内カードも「?」だし。。と思ったら冬青ギャラリー
のtwitter
に数枚載っていた・・のでピックアップする。



台湾のバー。店内なのにグラスに水滴が付着。しかも
薄い水の皮膜跡もある。湿度の高さに?だったそうだ。



オランダの下着のショーウインドウ。紐で縛ってあるの
かと思ったらこれが下着。日本では映りこむマネキンは
NGだそうだ。



表現者が新しいスタイルに転換することはとても難
しい。そもそも一つのスタイルを確立することが、
難しい。

ハルさんはこれまでのカップル愛のスタイルは継続
するそうで、この新たなスタイルがどうなっていく
のかとても楽しみ。



新宿歌舞伎町。遠くの窓、上階だけ明かりがついて
数人で盛り上がっている。

須田一政 写真展「釜ヶ崎」

2015-02-26 | photo
須田一政さんの写真展「釜ヶ崎」が六本木のZen Foto
Gallery
で開催中。2/28まで。釜ヶ崎といってもピンと
来なかったけど、あいりん地区のことだとわかる。

大阪天王寺近くで、路上生活をおくる日雇い労働者が
多く集まる場所。周辺には暴力団事務所も多いと言わ
れる。

行ったことがあるけど、完全アウェイ。昼間だったか
らか、怖くはなかったけど、安全な感じというか、ゆ
っくり歩いてはいけないという感じを勝手に受けた。



Zen Foto Galleryの店主マーク・ピアソンさんが須田
一政さんに、 釜ヶ崎の撮影を頼んだそうだ。

須田さんの作品は、関東で撮られたものばかり
でした。須田さん独自の視点で撮られた、古い
大阪が残るドヤ街・釜ヶ崎の写真が見たかった。


去年の6月1週間で撮影が行われたそうだ。2000年にも
釜ヶ崎は撮影したそうで、その時の写真と去年撮られ
た写真が展示されている。



その中に美しい女性が写っている写真が2枚混ざってて
違和感を感じる。案内カードの女性も実は同じ女性と教
わるから、3枚か。



それは住人たちの視線が異様に強く、撮ることが非常に難
しかったので、モデルをたてることで、彼らを撮るのでは
ないと認識させ「直接的な視線をずらす」ことにしたとか。

そういう作戦なら展示しない、とならないところが須田さ
んの面白いところ;

モデルさんをセッティングとしたことは、直接
的には思いつきなんだけれども、その思いつき
も含め、結果として、想像しているものができ
るかな、と。




彼は撮りたいものを探している。その表現のためなら、住
人でないモデルが登場することも受け入れていく。ドキュ
メンタリーを撮る気はさらさらないのだし。

どこか昔風の街が好きなんですが、そういうエ
リアを歩いていると、昔読んだ本とか、映画と
かのイメージが、現実の風景に重なってくるよ
うな現象が顕著になっていて。

セットや舞台を作って撮影するのではなく、今の町のなかに
須田さんは撮りたいイメージを探し続けてはる。インタビュ
ーのこちらを参考にさせていただく。

山本基展「原点回帰」 in 銀座ポーラ

2015-02-25 | art
銀座ポーラミュージアムで、山本基さんの大きな作品が一つ
展示されている。実物を見たのは初めて。「たゆたう庭」と
いうタイトルだそうだけど、海の波や渦巻きを想像する。



これを塩だけで制作。風が吹けば飛ぶというこ
と?と訊くと、スタッフの方曰く、来訪者が通る辺りは水で固めてありますが、塩だけです、とのこと。



終了後は消えてなくなるんだ。絶句。会期最
終日(3/1)に来場した人達は、手で作品を壊し、その塩を集めて配り、後日海に還すというプロセスに参加できるとのこと。海に塩を還す写真展示も予定しているとか。

もし塩に記憶があるのなら、彼らのアルバムの中に
銀座で作品だった時の思い出も加えてもらいたい。
またいつの日か彼らと再会したいと願っている。

サラサラした塩が造作しやすいそうで、制作現場で手に入る
各地の塩を使うそうだ。今回は京橋の会社が販売している塩。



いろんな道具を使うのかと思えば、マヨネーズ容器の様なも
のだけど使って、9日間で制作したそうだ。圧倒される。
インタビューや制作風景の動画が朝日新聞に載っている

1994年に妹さん(当時24歳)を悪性脳腫瘍で失った経験が、
鎮魂と追憶の思いを込めた塩による創作に結実した。

妹の命が失われた瞬間を記憶にとどめたい、と死に
まつわるいろいろなできごとを作品のかたちにして
いくうち、『お清めの塩を使えないか』と試してみ
たら、とてもしっくりきた。



無理がない。自然な形。わかりやすいんだけど、見たことがない。
独創的でインパクトのある作品。塩には生命的、歴史的、食事的な
どいろんな面があるし、面白すぎ。写真はこちらこちらより

ワタリウム美術館 「石川直樹+奈良美智展 」

2015-02-22 | photo
写真家・石川直樹さんと美術家の奈良美智さんが二人旅を昨年
したそうだ。アイヌゆかりの土地を辿ろうと、6月、7月、8月と
3回にわたり青森・北海道・サハリンへ行く。

きっかけが思い出せないので、旅のゴールも曖昧なまま、
気が付けば、石川くんと北へ北へと移動していた。
                     奈良美智

石川さんの写真は想像通りだけど、奈良さんも写真で、絵や
スケッチがないので写真展みたいになったのがちょっと残念。

でも、奈良さんの写真が絵の彷彿させるようなものだったの
がおもしろかった。


奈良美智「 ニヴフの子 おかっぱ 」


奈良美智「オクダさん」

また展示の仕方もちょっと独特で、石川さんによれば

奈良さんの展示方法は独特で、あたかも日本庭園を造る
ように作品を置いていく。最初に壁の構成や写真の順番
を決めるのではなく、目立つ作品を一つ配置して、そこ
から世界を繋げるように、広げるように、壁に写真をか
けていく。真似しようにも真似できないやり方。

きっと奈良さんが絵を展示する時と同じ方法だと思う。写真
だったけど、彼の見方や配置の仕方が透けて見えてくる。

アイヌの人達とも時間を共にしていて、狩りの仕方や道具の作
り方など印象深い。


石川直樹

サハリンは日本語も英語も通じないロシア語圏。遊牧的な生活も
残っているけど、人口が急速に減っていて、荒れ果てた大地や閉
鎖された工場群にちょっと驚いた。


石川直樹「サハリン島」

図録風のタブロイド新聞が金沢のギャラリーSLANTから発刊され
ていて、なかなかいい。500円。



この企画展は5/10までと、まだまだ先までやっている。

根津美術館・動物礼讃展

2015-02-21 | art
根津美術館でやっていた、「動物礼讃 ―大英博物館から双羊尊が
やってきた!」展のこと。動物がモチーフとなっている工芸・絵
画の70作品が展示。

目玉は、未年にぴったりの双羊尊(そうようそん)。根津美術館
と大英博物館が所蔵する2点のみしか現存しないそうで、初めて
一カ所で展示されたとか。



とは言え、制作年は紀元前13~11世紀と、ゆうに2000年以上前
のものだから、どこかで2点が顔を合せて飾られたとも限らないw

青銅でできていて、高さ42センチと他の器よりだいぶ大きい。制
作者が異なるという説が有力とか。大英博物館の方がきりりと締
まっていて堀も深い。

津美術館所蔵の方は、平板でおっとりしてて、どことなく和な印
象を受ける。神や祖先をまつる儀式に用いられた器だそうだ。



企画展のタイトル「動物礼讃 ―大英博物館から双羊尊がやってき
た!」には偽りはないけど、大英博物館から来たのは、これだけ。

展示冒頭を飾る、住友家コレクションである泉屋博古館から借りて
きた青銅器の数々が素晴らしい。


鴟鴞卣 前12~11世紀 高29.1㎝ 

ミミズク2羽を背中合わせにしたような酒器。酒が貴重だったか、
祝の象徴だったのか、とても凝っている。お腹のトコロのドラゴ
ン模様を始めとして、蛇など所狭しと文様が施され、表情がユニ
ーク。


十二因縁絵巻 日本・鎌倉時代 13世紀 

「折咤王」という武将風の主人公が、十二支を喩えた羅刹(鬼)を
次々に退治していく仏教説話物。こちらは根津美術館蔵。

この絵は鬼を退治していって最後に出てきた「無明羅刹」の髪を掴ん
で征伐する「折咤王」が絵描れている。



周りでは、トラ、シカ、サルたちが見物しているんだけど、ユルイ
表情がなかなかいい。

ホイッスラー回顧展 in 横浜美術館

2015-02-19 | art
ホイッスラー(1834–1903)展が、京都近代美術館から
巡回して横浜美術館で開催中。3/1まで。Open Show CP+
の打ち合わせで横浜美術館へ行ったときに立ち寄る。

ホイッスラーって知らなかったけど、なかなかいい。198
7年に読売新聞社主催で、(今は亡き)伊勢丹美術館や北
海道立近代美術館で開かれて以来、27年ぶりだとか。世界
的にも20年ぶり。

19世紀後半のロンドンとパリで活躍したそうだけど、アメ
リカ人というのは異色かも。モネ(1840-1926)やセザンヌ
(1839-1906)などと交流があったそうだけど、まさに同じ
年頃だ。

ラファエル前派や象徴主義派から影響をうけた様な絵がポス
ターやカタログの表紙に使われている。


白のシンフォニー No.2:小さなホワイト・ガール 1864

そういった絵は悪くないし、

音楽が音の詩であるように、絵画は視覚の詩である。
そして、主題は音や色彩のハーモニーとは何のかかわ
りもないのである。

という「 芸術のための芸術」をかがげた彼の特色でもあるし、
ターゲット層にもアピールしやすいと考えたのかもしれない
けど、風景画がとても気に入る。図録も買いもとめるw


ノクターン ノーツより 1878

川の絵は終生描いたそうだけど、これはテムズ川。浮世絵や水
墨画など日本美術の影響をうけたそうで、

美の物語は、パルテノンの大理石が刻まれ、北斎が扇の
富士山の麓に鳥の刺繍をした時に既に完成している

と語ったほど。


灰色と真珠色:バンク・ホリデー・バナー 1883-84

いいタッチ、色合い、構成・・いいなぁ。

エッチングも高い評価を受け、当時の「エッチング・リヴァイ
ヴァルの中心人物となった」そうだ(M.F.マクドナルド、図録
の巻頭)。


戸口 『ベニス 、12点のエッチング集』より 1879

#2 Open Show CP+ 田中克佳 「虹色の大国、ブラジル」

2015-02-16 | photo
もう1回続いて横浜美術館で開催した第2回Open Show
CP+
のこと。2人目の発表は、ニューヨークを20年以上
拠点にしてはる田中克佳さん。

1人目の伊藤大輔さんが体育会系のノリで主観的に写真を
撮っていきはるのとは対照的に、田中克佳さんはブラジル
の深層を写真を通じて社会学者のように追い求める。

15年もブラジルに通っているというからこれまた筋金入り。
「アフリカ」「捏造(ねつぞう)」「混合」というキーワー
ドで話していく。



植民地化したポルトガルがサトウキビ畑を拡大するために、
16世紀にアフリカから奴隷400万人を連れてきたそうだ。
米国にも400万人だったと言われているから近い数だ。

アフリカの文化、宗教を徹底的に弾圧される。表面的には従
っているフリをしているけど、アフリカ文化は地下水の様に
脈々と受け継がれ混合した人種・文化を生む。

建築においてもポルトガルの西洋様式が町の表通りを形成し
ていても、一歩裏に入れば、アフリカが色濃く残っているそ
うだ。



1888年に奴隷制が廃止になり、大量の奴隷がリオデジャネ
イロに流入。なんとサンバも禁止されてた、と知らないこと
の連続。では何故サンバがこんなに愛されるようになったか?

1930年代に革命で樹立したヴァルガス大統領は国威発揚の制
作を推し進めるために、「ブラジル的なるもの」の誕生が切
望される。

人種や文化が混合することが強みとして浮上し、長年弾圧の
対象だった混血種や文化がいきなり擁護され、国家のシンボ
ルにすえられたそうだ。



最大のシンボルが、サンバであり、カーニバルを国家発揚の
場と位置づける。これに国民が陶酔していく。田中さんは各
地を訪ね、歴史をたぐり、ブラジルを再構成していく。

あとから読み返せば、昨年小学館から刊行した彼の『踊る!
ブラジル』
に書いてあるんだけど、こうして彼の話を写真
を通して聞くことで、一本筋が見えてくるというか、やっ
とブラジルの深層に触れた気がする。



本来、写真ですべてが語られているハズなんだけど、OPEN
SHOWという場を設けることで、写真家の意図や物語を来場
者と共有することが、ささやかながらできて満足w

写真は、200年間ポルトガル植民時代の首都、バイーア州の
サルバドールのもの。彼のサイトから。

#2 Open Show CP+  伊藤大輔 「ファベーラの日常」

2015-02-15 | photo
昨日に引き続き、第2回Open Show CP+ のこと。1人目の発表
伊藤大輔さん。大学卒業後、リース会社でサラリーマンを
やった後、自分の可能性かけようと写真を選ぶ。

写真を格段やっていたわけではないのに、いきなりスペイン・
バルセロナの写真学校に留学したそうで、凄いなぁと思う。
わからなかったスペイン語もわかるようになり、卒業後2年
間中南米をヒッチハイクし、撮りたいものを探しはる。

風光明媚なところには興味が湧かず、メキシコシティの娼婦、
キューバのボクサー、ブラジル・リオデジャネイロの貧民街
=ファベーラ。



ギリギリ生きていて、人と人がぶつかり合うところが面白か
ったそうだ。それからがまた凄くて、ファベーラに住んでし
まう。

どうやって外国人が、そんなところに住めるんだろうと思っ
ていると、友だちになったブラジル人の家に半年居候して、
ファベーラでの生活の仕方から、マフィアに顔を知ってもら
うこと等など学んだそうだ。



サッカーワールドカップがリオデジャネイロでも開催された
際、多くの日本のマスメディアが来たそうだけど、紋切り型
の取材が多くって呆れたそうだ。

サッカーをしている子供に、サッカーが好きか?とかネイマ
ールの様になって両親に家を買ってやりたいですか?と言っ
た東京のデスクからの注文通りの質問が多かったそうだ。



そこには、マフィアの資金源となっているドラッグが放せな
い人々やドラッグ憎む人々への視線はないし、明るく素直で
親の手伝いをよくする少女たちへのライブな取材もない。

住まなければわからないことだらけやろうけど、現場での観
察や判断を許さない何かがマスコミの世界にはあるのだろう
か。海外出張だから東京で承認を得た企画書どおりに取材を
しなくてはいけないとか。白黒写真は作品で彼のサイトから。

#2 Open Show CP+ in 横浜美術館

2015-02-14 | photo
昨年は雪で中止の憂き目をみた、 Open Show CP+を無事開催
できる。去年の準備でもお世話になった 関係者と今年は天気だ
ったことをまず喜びあうのが最初の挨拶だった。いろいろお世
話になりありがとうございます。

なかなか面白いイベントとなる。それは 発表いただいた2人の
写真家の強烈な個性、またそれが対照的だったことがまず大き
な要因だと思う。



リオデジャネイロの、しかも貧民街に10年近く家族と暮らして
いる伊藤大輔さんが、東北弁のまま写真家になった人生や、リ
オデジャネイロでの生活を写真を交えながらガンガン語る。3ヶ
月前に双子が生まれ、子供さんが3人になって6人家族だとか!



いっぽうニューヨークに20年暮らす田中克佳さんは、ジャーナ
リスティックな視点というか社会学者の様な観点から、ブラジ
ルがどんな国かを深く教えてくれる。15年間ブラジルに何度も
通ううちに生まれた疑問が写真を撮りながら解けていく、知的
なスリリングを感じさせてくれる。

その二人の発表だけでも、かなり面白かったのが、最後の座談
会での冒頭、今回もモデレーターをお願いした横浜美術館・主
任学芸員の天野太郎さんの発言で、ブラジルが日本の問題に引
き寄せられ、身近に感じる;

  

毎年30万人人口が減少していく国において、移民の
問題をどう考えるかは大きなテーマ。

アメリカ、フランス、ドイツなどもみな失敗してい
るなか、うまくいっている方のブラジルを取り上げ
ていないのではないか。

今日の二人の見方考え方や写真は示唆することが大き
いのに、日本で知られていないのは知らせない構造が
あるのでは。私が不勉強で知らないことも。

情報が大量化しても、それだけに、見えなくなる大切なこと
がここにもあることを痛感。やってよかったなと思える瞬間。

こういった場をつくったことによって、ささやかながら彼らの
写真や考え方を来場者と共有できてよかったと思う。彼らの発
表内容はまた明日にでも。