笑顔の江川

薬害エイズを考える山の手の会のご案内
病気でお悩みの方の保険相談
尊敬する勝海舟や田中正造のコメント

犠牲や痛みを伴わない愛は本物ではありませんーマザー・テレサ

2017-07-20 20:42:10 | 日記
「犠牲や痛みを伴わない愛は本物ではありません」(マザー・テレサ)

薬害被害者の支援活動でもがん哲学外来メディカルカフェの活動でも、けっして楽な活動ではなりません。薬害被害者やがん患者さんから聞くお話は、苦しいものです。病気からくる日々の生活の悩み、苦しみは当事者でしかわからないものでしょう。活動の中で到底理解できるものではありません。でも活動を続けて当事者に会い回数を重ねることで、支えることができなくても寄り添うことはできると思います。人と人とのかかわりは、本人が意図したことでなくても、時にはぶつかり合い傷つけあうこともありますが、犠牲や痛みが当事者同士の気づきを生み、お互いに理解が深まってくるものと思います。犠牲や痛みを受け入れまずは動きましょう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

来年は明治維新から150年ー幕府海軍を見直す

2017-07-19 20:52:05 | 日記
興味深い本が出ました。少し高価な本ですが「幕府海軍の興亡」-幕末期における日本の海軍建設ーという本で著者は防衛省防衛研究所戦史研究センターの金澤裕之氏です。幕末期の海軍建設について幕臣勝海舟や勝海舟の援助をした伊勢の豪商竹川竹斎の資料も分析しながら詳しく述べられています。
明治維新以降にスポットがあてられ、明治の海軍は薩摩出身の東郷平八郎等が注目されますが、すでに幕末期に幕府海軍は海軍の認識から、咸臨丸の米国派遣、財政は人事などかなり練られて、とくに興味深いのは伊勢の豪商竹川竹斎が当時の日本を取り巻く国際情勢から「護国論」で洋式軍艦導入を幕府に主張して勝海舟も竹川竹斎から学び、その後の海軍建設に大きく役立てていることです。
来年は明治維新から150年、今、明治維新が見直される中、幕末期の幕府の体制について注目してみたいと思います。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

HPVワクチン東京訴訟支援ネットワーク設立に向けて

2017-07-18 23:20:50 | 日記
HPVワクチン被害者を支援するHPVワクチン東京訴訟支援ネットワークの設立準備会をお茶の水の中央大学駿河台記念館で開きました。10月21日の設立に向けて組織や会議の進め方などを話し合いました。8月23日にも東京訴訟の期日があり24日の薬害根絶デーも含め活動も増えてきました。目の前に苦しんでいる被害者のために活動も急がなければなりません。支援ネットワークの設立準備会も回数を増やして準備を進めていきます。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

勝海舟フォーラムに参加してー商人から見た勝海舟

2017-07-17 17:38:45 | 日記
今年で第14回目を迎える勝海舟フォーラム。今年のテーマは「商人から見た勝海舟」。勝海舟というとまだ無役の貧乏旗本の御家人であったころに函館の豪商渋田利右衛門との出会いは有名ですが、この渋田利右衛門に紹介されて伊勢松坂の豪商竹川竹斎と竹口信義にも出会います。今日はこの二人の豪商のご子孫がパネリストで登場し毎年コーディネーター役で勝海舟の玄孫の高山みな子さんがお話を聞きました。伊勢の実家にはまだ勝海舟と竹川竹斎との手紙が残っているそうで、当時を知る貴重な資料となっています。世界地図もアフリカの地名も事細かに書かれているようです。竹川竹斎は当時の幕府老中などから外交などの意見を求められ顧問のような存在でもあったようで、勝海舟もかなり情報を得ているようです。武士のように武家としか付き合わない身分と違って商人はすべての人々が商いの対象で人を見る目が養われているので、まだ無役の御家人である勝海舟でもその将来性を見出してお付き合いしたそうです。どの時代でも人と人との関わりが、大きく人を動かしていくものであると強く感じたフォーラムでした。来年は明治維新から150年。来年がまた楽しみです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

勝海舟の人生を振り返る(10)-皆が西欧列強へ目を向けていた時にアジアを向いていた

2017-07-16 20:51:48 | 日記
人は時の流れに乗って大半の人は動きますが、人の流れに逆らってもあるべき方向に向いていた人物がどの時代にも必ず居ます。それが勝海舟でした。明治の勝海舟は特にそれが表れています。誰もが西欧列強に目を向けて追いつけ追い越せと明治政府の号令のもと動いていた時に明治政府に身を置きながらも勝海舟はアジアに目を向けていました。明治政府は西欧列強に肩を並べアジアへ侵略しようとする姿勢に対して勝海舟はむしろアジアと協力して西欧列強に対しようとしました。勝海舟は日清戦争にも反対し清国の代表である李鴻章とも友人関係にありました。また清国艦隊の丁汝昌提督は勝海舟のことを大変尊敬して交友関係を結んでいました。勝海舟は幕末の神戸海軍操練所時代にも海軍でアジアとの連携を考えていました。当時は幕府により操練所は閉じられてしまいましたが、明治に入ってもこの考え方は変わらず、常にアジアとの連携を考えていました。
どんな時代にも人は時の流れにそって動きます。またどんなに暗い時代にも勝海舟のように流れに逆らってでも、あるべき道、哲学をしっかり持って動いた人物がいます。時代は変わりますが第2次世界大戦中の暗い時代でも日本には非戦を唱えた戦後に東大総長になった南原繁や矢内原忠雄がいました。どんなに暗い時代でも、あるべき道、哲学を持って動いた人物がいるからこそ今日のそして将来の日本があるのだと思います。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加