たそがれ時のつれづれに

人生のたそがれ時を迎えて折々の記を・・思うままに

今日は亡妻の19回忌です

2016年06月26日 | お寺参り

 今日は亡妻の19回忌でお天気は蒸し暑いがお蔭様で晴れました。各務原市営墓地にあり、お墓から見る市営火葬場です。設計は国際的建築家・伊東豊雄氏です。建築中氏と私的メールをやり取りしました。
周辺 環境デザインは、慶大教授石川幹子さん。この先生とも私的メールを交換しました。先生の発案で羽島市のあるお寺から株分けされた蓮が池に増えていま見頃です。

 朝の喫茶店から10時開店のスーパーや生協では遅いので、24時間営業のイオン・タウン店で仏花を求め先にお墓へお参りしました。月命日にお参りして掃除していますが、カラスの糞が墓石にべったりついていて掃除、クモの巣払い、雑草を引き、御線香と蝋燭を立て阿弥陀経を上げお参りしました。
宗派は真宗大谷派です。阿弥陀経は大経の無量寿経のダイジエスト版の小経です。鳩摩羅什(くまらじゅう)師の訳です。

如是我聞。一時佛、在舎衛国、祇樹給孤独音、與大比丘衆 千二百五十人共倶。
にょぜがもん。いちじぶつ、ざいしゃえこく、ぎじゅぎっこどくおん、よだいびくしゅ せんにひゃくごじゅうにんく。

かくのごとき、我聞きたまえき。一時(ひととき)、仏(ぶつ)舎衛国の祇樹給孤独音にましまして、大比丘衆千二百五十人倶(とも)なりき。
で、始まります。
釈迦もイエスキリストのも自分で書いたものは一切残していません。弟子たちが聞いた師の教えを文字にして後世に伝えたからです。
だから、阿弥陀経は、如是我聞、私はこのように師の釈迦の教えを聞きました。で始まるのです。また、「ぶつ」と読み「ほとけ」とはこの場合読みません。

祇樹給孤独音とは、祇園精舎のことです。(須達:しゆだつ長者が釈迦とその弟子に寄進した寺。中インドの舎衛:しやえ城の南に旧跡がある。もと祇陀:ぎだ太子の林園で,須達長者を給孤独:ぎつこどく とも呼んだことから,祇樹給孤独園,略して祇園という。:大辞林)

釈迦一行が祇園というベースキャンプにいた時、多くの比丘(仏教に帰依して出家入道した男子、女子は比丘尼)達と共にいた。千二百五十人とは多くのという意味で仏教は大げさな表現をします。

お経はサンスクリット語を漢訳されたものを日本では音読し「雨だれ拍子」と言い、トントントントンと刻んでいきます。

多くの経典を漢語に翻訳した鳩摩羅什(くまらじゅう)は、中国仏教の確立に貢献した人で西域の人。クマラジーヴァ(350~409)です。西域クッチャー国の王家出身で本来中国語は彼には外国語でしたが、クッチャー国が中国北部民族によって滅ぼされ、中国に連れてこられ、時の権力によって方々に身を寄せ。生活するうちに、中国語をすっかりマスターしてしまった語学の天才と言われます。(いまだから求められる仏教早わかりエッセンス辞典:土屋書房)

帰宅して仏壇にお参りし「正信偈」(しょうしんげ)を上げました。正信偈はお経ではありません。親鸞の主著「教行信証」の行巻にある、偈:詩(うた)なので拍子をつけ謳うように唱えます。大谷派と本願寺派でも少し違います。途中で嫁と孫が加わりました。

そんな解説はどうでもいいですが、もうろくして昨日18回忌と間違えてブログを書きました。1周忌を例外に年忌の年の数え方は「かぞえ」であること。死亡したその年を含めた「かぞえ」によって満2年目が3回忌です。


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2 コメント

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十九回忌でしたか (kaze-kozou999)
2016-06-26 15:10:30
良いお天気になって良かったです。亡くなって二年目でも三回忌ですからね。妻の実家は浄土真宗でした。佐用町の実家は今でもありますが、祖母や妻の両親が亡くなり、兄弟が処分したので現在は他人さまが住んでいます。法事の時は、法華とは違い独特の調子で「なーむあみだんぶ、なー」というのが今でも耳に残っています。最後に白骨の御文章を朗読されました。朝に紅顔、夕べに白骨となれり、あなかしこ、あなかしこでしたか。実家があったすぐ近くに千種川が流れ、鮎釣りで賑わう季節です。妻が出産したとき、両親がクーラーボックスにたくさんの鮎を持って来てくださいました。懐かしい思い出です。
祥月命日も間違えて (corona404)
2016-06-26 18:49:28
kaze-kozou999さん こんばんは。もうろくといい加減な常識で今まで月命日と祥月命日を逆に理解していて、先ほど電話してきた89歳の姉が正しく教えてくれました。今日が祥月命日でした。奥様の実家は浄土真宗でしたか。「なーむあみだんぶ、なー」”だんぶ”は本願寺派ですね。大谷派は”だ~ぶ”です。白骨の御文章は同じです。
マップで見ると兵庫県佐用町は、静かな山奥でいいところのようですね。今は縁なき人がお住いとは寂しいでしょう。

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