酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「葬送のカーネーション」~静謐な風景画に滲む死生観

2024-02-06 21:23:22 | 映画、ドラマ
 映画賞のノミネートや受賞作が発表される時期になった。識者や映画通と感覚がずれているから、〝推し〟がリストアップされるケースは少ないが、感銘を覚えた作品の名を見ると嬉しくなる。「PERFECT DAYS」(2023年、ヴィム・ヴェンダース監督)がアカデミー賞国際長編映画賞部門にノミネートされた。ヴェンダースはカンヌ、ベネチア、ベルリンなど多くの映画祭でグランプリを獲得しているが、アカデミーには縁がなかった。初オスカーに期待している。

 最近紹介したカウリスマキとヴェンタースは小津安二郎にオマージュを抱いていたが、第3弾というべきベキル・ビュルビュル監督の「葬送のカーネーション」(2023年)を新宿武蔵野館で見た。トルコ映画について記すのは「ユスフ」3部作(セミフ・カブランオール監督)以来、12年ぶりで、神秘的かつ祝祭的なムードに彩られた寓話だった。

 本作は祖父と孫娘のロードムービーだ。ムサ(デミル・パルスジャン)は亡き妻の棺を抱え、ハリメ(シャム・シェリエット・ゼイダン)とヒッチハイクしながら国境を越えようとする。祖国に葬ってほしいという妻の願いを叶えるためだ。ムサは恐らくシリアからの難民でトルコ語が話せない。通訳はハリメの役割だ。ムサとハリメも殆ど言葉を交わさない。イスラム社会の美意識を象徴するような静謐な風景は、イラン映画を想起させる煌めきに満ちていた。

 原題は「クローブをひとつかみ」で、英語タイトルは“Cloves&Carnations”だ。“Clove”は香辛料で殺菌効果がある。歯痛を抱えるムサが本作で重要な役割を果たす女性トラック運転手からクローブをもらうシーンがあったが、ムサは消臭剤として棺の中にクローブを入れていた。さらに、カーネーションとは同音異義語で、ハリメは墓に一輪挿していた。ハリメの母への追憶の思いは彼女が描く絵にも表れている。ハリメはカーネーションに、祖母だけでなく亡き母への思いを託したのか。

 小津ファンではないから、監督のオマージュがどう作品に息づいているのか理解出来ていない。だが、監督は小津だけでなく日本文化の〝もののあはれ〟や死生観をリスペクトしているようだ。小津は死を到達点ではなく日常とリンクする通過点として描いた。ムサと祖母が<死>、ハリメが<生>を象徴し、スクリーンに配置されている。

 印象的なシーンも数多い。避寒のため身を寄せた洞窟で、ムサは棺から妻の遺体袋を取り出し、ハリメを入れる。国境手前で拘束された警察署で、ハリメが落としたミルクのガラスコップが割れるシーンには、ハリメの祖国への忌避感が表れているのだろうか。<死は終わりではなく、来世への入り口>と後半に登場する女性ドライバーは思想家の言葉をムサとハリメに語る。

 ムサはラストで国境らしき金網を越える。来世への入り口と感じたが、作品冒頭の難民たちのパーティーに加わっていた。死と婚姻のアンビバレンツが、意識の底で繋がっている。神話、寓話に飛翔した傑作に心が揺さぶられた。
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