酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

ブレイディみかこ著「R·E·S·P·E·C·T リスペクト」~変革の起点は柔らかいアナキズム!

2024-03-19 22:32:47 | 読書
 棋王戦第4局は藤井聡太棋王(八冠)が伊藤匠七段を下し、3勝1持将棋で防衛を果たした。藤井が角替わりを拒否した△6二銀が棋界を震撼させているが、俺には意味がわからない。対藤井で10連敗となった伊藤だが、中1日で迎えた叡王戦挑決トーナメント決勝で永瀬拓矢九段を破り、またも藤井に挑む。まずは一つ勝ちたいところだろう。

 藤井はNHK杯決勝で佐々木勇気八段に大逆転され、連覇は成らなかった。研究が行き届いた指し手でリードを奪った佐々木だが、緩手(▲2二歩)が出てリードを許す。AI評価値98%と勝勢を築いた藤井だが、120手目の△5五角成が敗着で、形勢は一気に佐々木に傾いた。AIとの共存に成功した将棋がエンターテインメントであることを知らしめた歴史的対局だった。

 岸田内閣の支持率は各社に多少の違いはあれど20%前後だ。残念ながら日本で政権交代の予兆は感じないが、自民党と似たような状況にあるのが英保守党だ。スナク政権の支持率は20%で地方選挙でも低迷が続いており、年内に予定されている総選挙では労働党が政権を奪取するのは確実だ。背景を指摘するのは英国在住のブレイディみかこで、<財政緊縮でボロボロの英国 『行き過ぎた資本主義』が裏目に>と題された論考を「AERA」に寄稿した。

 英国の緊縮財政をテーマにした映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」(2016年、ケン・ローチ監督)は心を揺さぶられる傑作だったが、同様の趣旨で書かれ、匹敵する感動を覚えた小説を読了した。上記のブレイディによる「R·E·S·P·E·C·T リスペクト」(2023年、筑摩書房)で、14年にロンドンで起きた占拠事件をモデルにしている。ブレイディの著書を紹介するのは「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」、「ヨーロッパ・コーリング・リターンズ」に続き3度目になる。

 若年層ホームレスのホステル(ザ・サンクチュアリ)に暮らすシングルマザーたちが区から退去命令を受けた。生活保護を受けている者には新住居は斡旋されない。そもそも普通の労働者の月収より民間住宅の賃料の方が高いのだ。白人のジェイド、黒人のギャビー、フィリピン系のシンディの3人が中心になってE15ローゼズというグループを結成し、無人の公営住宅を占拠する。ローズ(薔薇)は尊厳を表現する花である。

 リーダー格のジェイドは「ロンドンに必要なのはソーシャル・クレンジング(地域社会の浄化)ではなくソーシャル・ハウジング(公営住宅制度)」だと街頭で訴え、「私たちが求めているのはR·E·S·P·E·C·T――少しばかりのリスペクトです」とアピールを結ぶ。ちなみにジェイドの出産前の仕事は作者同様、保育士だった。

 保守党政権の緊縮財政で生活苦に喘ぐ人々の間で、E15ローゼズへの支持は広がっていく。1970~80年代、スクウォッティング(占拠運動)に関わった初老の女性ローズと彼女の恋人だったロブ、ローズの同志で現在は大学教員のパキスタン系の女性ナイラ、著名コメディアンで左派誌にコラムを連載しているラッセル、占拠地の修繕を引き受けるジャマイカ系のウィンストンらがE15ローゼズを支えていた。多様性を象徴する面々である。

 大手新聞社のロンドン駐在員の史奈子と元恋人の幸太が輪に加わり、日本と英国の違いが浮き彫りになっていく。史奈子はエリートで、幸太は極左系の雑誌にコネがあるアナキストだ。幸太はE15ローゼズの記事に感銘を覚え、クラウドファンディングで旅費を調達し、ロンドンに取材にやってくる。几帳面な史奈子と対照的に体当たりでコンタクトを取る幸太は占拠地で人気者になった。

 史奈子が見ているニュース映像で、ジェイドは「ロンドンは金持ちのディズニーランドになりつつある」と訴えていた。ロンドンだけでなく、世界の各都市でジェントリフィケーションが進行している。低所得層が暮らしている地域が再開発されてお洒落な街に生まれ変わり、もともとの住民は行き場を失っているのだ。

 幸太は「サポーターのネットワークが凄い」と占拠地の感想を語り、「アイ・アム・アナキスト」とロブに語ると「ミー・ツー」と返ってきた。「草の根の運動を引っ張っているのは女性」と直観的に話す幸太に、史奈子は<自分は事務所における男女の非対称の構図を甘受しているのではないか>という思いに沈む。

 福岡出身のブレイディは10代の頃からパンクロック、とりわけセックス・ピストルズに刺激を受けた。「アナーキー・イン・ザ・UK」の影響が強かったのか、幸太の思いはそのまま作者と重なる。「人間には支配された方が楽と考える部分があって、自ら進んで奴隷になりたがることもある。自分たちでやれることを示すのがアナキズムの実践。自分たちで出来ることをやらないと、権力者の支配は強くなる」……。幸太の言葉を聞いているうち、史奈子の中でケミストリーが起き、自分を変える決断をする。史奈子はそのままブレイディになるのだ。

 占拠地では金銭の介入がなく、所有の意識が希薄で、「あげる」が基盤になっている。昔ながらの公営住宅地のコミュニティースピリットとアナキズムの親和性は高いことにみんな気付いていく。占拠地で持ち寄ったのは物品だけでなく、知恵、情報、スキル、精神だった。シンディは「弱い者を守らなきゃならない時に人は強くなれる」との母の言葉を思い出した。ジェイドは運動を通じて<貧しさはお金がないことだけではなく、機会、自信、他者を信頼する勇気を失わせる>ことに思い至る。

 ジェイドはさらに、父親の辛そうな背中を思い出した。父親は生活保護を受けていることで恥の意識に苛まれ、自分を罵倒し、ゆっくり殺そうとしたのだと。父が奪われたのはR·E·S·P·E·C·T(尊厳)。そして、住まいは人の尊厳で、塒のない人に住まいを与えるのは人間の尊厳を守ることだと確信する。高揚期を過ぎたが、ローズ、ロブ、ナイラ、ウィンストンとともにE15ローゼズは運動を続ける。ジェイドはサフラジズム(女性参政権運動)、反戦、反ファシズム、反貧困に関わったシルビア・パンクファーストが見守ってくれているように感じた。

 ちりばめられた音楽がリズムになり、スイスイ読み進めた。胸を焦がされたので長々と書いてしまう。アナキズムは本来、自由で柔らかく、変革の起点になると確信した。
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「落下の解剖学」~真実と事... | トップ | 「COUNT ME IN 魂... »

コメントを投稿

読書」カテゴリの最新記事