今年の世相を表す漢字は<戦>だった。ロシアのウクライナ侵攻は世界に様々な負の影響を与える。軍事力増強、原発再稼働に加え、日本でも物価上昇は目を覆うばかりだ。<ロシア=悪、ウクライナ=善>の構図に異議を唱え、一日も早い停戦を訴える声も広がっているが、見通しは立たない。
この一年、年金生活者になって懐が寒くなった俺だが、心身の衰えを実感している。目が悪くなって暗さに弱くなった。肩、腰、膝も痛く、歩くスピードが格段に遅くなった。母の要介護度も上がり、ケアハウスから養護老人ホームへと入居施設が変わる。冴えない日常で唯一の救いは野良猫ミーコで、出会ってから10カ月、尻尾を立てて近づいてくる彼女に心を癒やされている。
鬱々引きこもっていると世の中がくすんで見えるが、読書納めになった「パンとサーカス」(2022年、島田雅彦/講談社)は日本の現状に一石を投じる壮大なポリティカルフィクションだった。これまで15作近くブログで紹介してきたが、550㌻を超える長編に、島田の趣向がちりばめられていた。
時代閉塞の日本の現状に絶望を覚えている島田は、その根底にあるものを対米従属と見做している。<コントラ・ムンディ>と名付けたチームを結成した火箱空也と御影寵児の2人の若者が世直しのために手を携えるというのがおおまかな粗筋である。ちなみに<コントラ・ムンディ>とは<世界を普遍的、相対的に改革する>と宣言した17世紀の「薔薇十字団」がモデルかもしれない。
「カタストロフ・マニア」の主人公はスパルタカスの如く現代に甦ったが、空也と寵児も幼い頃の友情を紆余曲折がありながら継続していく。キーワードは革命と独立だ。空也は広域暴力団の跡取りだが家業を離れ、人材派遣会社「フルハウス」を経営する松風の下、時に右翼マフィア政権に手を貸しながら、闇社会の仕組みを学んでいく。一方の寵児はCIAのエージェントになり、帰国して政権中枢に食い込んだ。
空也と寵児を繋いでいるのは、空也の異母妹と桜田マリアだ。困っている人に寄り添い救う善きサマリア人、あるいはマグダラのマリアを連想させる彼女は友人の借金の保証人になりソープランドで働いたことがある。彼女の造形には「カオスの娘」と「英雄はそこにいる」の主人公、シャーマン探偵ナルヒコだ。ナルコレプシー状態に陥るナルヒコに似て、てんかんの発作に襲われ意識が朦朧とする中、マリアに天啓が訪れる。現状への警鐘、近未来への預言は聞く者の心を震わせる。
マリアに救われた元警官でホームレス詩人の黄昏太郞、ワルキューレ・カルテットの女性たち、電脳空間の創始者、沖縄にルーツを持つCIAエージェント……。<コントラ・ムンディ>に与する者たちを作り上げた島田の手腕に感嘆させられた。背後に蠢く陰謀を超えていく展開に胸が熱くなったが、現実は違う。内閣の支持率がいくら下がろうとも、政権交代の見通しは立たない。
「彗星の佳人」、「美しい魂」、「エトロフの恋」から成る〝無限カノン三部作が島田の、いや、21世紀の日本文学の最高傑作と考えている。テロリズム、革命、そして愛をフレッシュに甦らせた「パンとサーカス」に胸が躍り、涙腺が緩んだ。切り口は様々で感想はそれぞれだろうが、とにかく本作を手に取ってほしいと心から願っている。
この一年、何とか生き延びることが出来た。俺を支えてくれたのは、数々の映画であり書物である。来年も細々とブログを続けていくつもりだ。立ち寄ってくださった皆さんに感謝の思いを伝えたい。良い年をお迎えください。
この一年、年金生活者になって懐が寒くなった俺だが、心身の衰えを実感している。目が悪くなって暗さに弱くなった。肩、腰、膝も痛く、歩くスピードが格段に遅くなった。母の要介護度も上がり、ケアハウスから養護老人ホームへと入居施設が変わる。冴えない日常で唯一の救いは野良猫ミーコで、出会ってから10カ月、尻尾を立てて近づいてくる彼女に心を癒やされている。
鬱々引きこもっていると世の中がくすんで見えるが、読書納めになった「パンとサーカス」(2022年、島田雅彦/講談社)は日本の現状に一石を投じる壮大なポリティカルフィクションだった。これまで15作近くブログで紹介してきたが、550㌻を超える長編に、島田の趣向がちりばめられていた。
時代閉塞の日本の現状に絶望を覚えている島田は、その根底にあるものを対米従属と見做している。<コントラ・ムンディ>と名付けたチームを結成した火箱空也と御影寵児の2人の若者が世直しのために手を携えるというのがおおまかな粗筋である。ちなみに<コントラ・ムンディ>とは<世界を普遍的、相対的に改革する>と宣言した17世紀の「薔薇十字団」がモデルかもしれない。
「カタストロフ・マニア」の主人公はスパルタカスの如く現代に甦ったが、空也と寵児も幼い頃の友情を紆余曲折がありながら継続していく。キーワードは革命と独立だ。空也は広域暴力団の跡取りだが家業を離れ、人材派遣会社「フルハウス」を経営する松風の下、時に右翼マフィア政権に手を貸しながら、闇社会の仕組みを学んでいく。一方の寵児はCIAのエージェントになり、帰国して政権中枢に食い込んだ。
空也と寵児を繋いでいるのは、空也の異母妹と桜田マリアだ。困っている人に寄り添い救う善きサマリア人、あるいはマグダラのマリアを連想させる彼女は友人の借金の保証人になりソープランドで働いたことがある。彼女の造形には「カオスの娘」と「英雄はそこにいる」の主人公、シャーマン探偵ナルヒコだ。ナルコレプシー状態に陥るナルヒコに似て、てんかんの発作に襲われ意識が朦朧とする中、マリアに天啓が訪れる。現状への警鐘、近未来への預言は聞く者の心を震わせる。
マリアに救われた元警官でホームレス詩人の黄昏太郞、ワルキューレ・カルテットの女性たち、電脳空間の創始者、沖縄にルーツを持つCIAエージェント……。<コントラ・ムンディ>に与する者たちを作り上げた島田の手腕に感嘆させられた。背後に蠢く陰謀を超えていく展開に胸が熱くなったが、現実は違う。内閣の支持率がいくら下がろうとも、政権交代の見通しは立たない。
「彗星の佳人」、「美しい魂」、「エトロフの恋」から成る〝無限カノン三部作が島田の、いや、21世紀の日本文学の最高傑作と考えている。テロリズム、革命、そして愛をフレッシュに甦らせた「パンとサーカス」に胸が躍り、涙腺が緩んだ。切り口は様々で感想はそれぞれだろうが、とにかく本作を手に取ってほしいと心から願っている。
この一年、何とか生き延びることが出来た。俺を支えてくれたのは、数々の映画であり書物である。来年も細々とブログを続けていくつもりだ。立ち寄ってくださった皆さんに感謝の思いを伝えたい。良い年をお迎えください。