前々稿から1週間余、棋界で激闘が続いた。豊島将之名人(竜王)は名人戦第2、3局で渡辺明3冠に連勝し、その間、叡王戦第1局で永瀬拓矢2冠を破っている。杉本昌隆八段との師弟対決を制して竜王戦挑決トーナメントに進出し、永瀬を破って王位戦挑戦を決めた藤井聡太七段に、殺害予告が入った。タイトル戦が続くだけに無事を祈るしかない。
都知事選では宇都宮建児候補の勝利を願っている。同氏が原告側弁護団長を務める供託金違憲訴訟裁判を何度も傍聴してきた。常に弱者の側に立って活動し、都政について提言してきた宇都宮氏こそ、都知事に最も相応しい。国政選挙であれ自治体選挙であれ、当選の見込みは低くてもグリーンズジャパンが推す候補に寄り添ってくれた宇都宮氏に、尊敬と感謝の念を抱いている。
宇都宮氏が日本の代表格なら、ドイツ屈指の弁護士はフェルディナント・フォン・シーラッハだ。この10年は世界的ベストセラー作家で、ドラマ化された「犯罪」、「罪悪」、「テロ」も完成度は高かった。「コリーニ事件」(19年、マルコ・クロイツバイントナー監督)を新宿武蔵野館で観賞した。差別、家族の絆、愛の貌を背景に据えた法廷劇で、シーラッハの祖父がナチス幹部であったことも作品に反映している
「コリーニ事件」は2018年度ベストワンに挙げた「判決」(17年、ジアド・ドゥエイリ監督)、別稿(4月4日)に紹介した「黒い司法」(19年、デスティン・ダニエル・クレットン監督)に匹敵するリーガルサスペンスだった。2001年のドイツが舞台で、冒頭でいきなり殺人事件が起きる。
67歳のイタリア人ファビリツィオ・コリーニ(フランコ・ネロ)による84歳の大物実業家ハンス・マイヤー(マンフレート・ツァバトカ)暗殺は国中にセンセーションを巻き起こす。黙秘を続けるコリーニの国選弁護人に任命されたのが、資格を得て3カ月のルーキー弁護士カスパー・ライネン(エリアス・ムバレク)だ。
ライネンはトルコ系という設定だが、演じるムバレクはチュニジア系だ。父が失踪した後、目をかけてくれたのがマイヤーで、祖父を殺した犯人を弁護することになるライネンに事業を受け継ぐ旧知のヨハンナ(アレクサンドラ・マリア・ララ)が接近する。マイヤー家を支えるのが、ライネンの恩師で法曹界の重鎮リヒャルト・マッティンガー(ハイナー・ラウダーバッハ)だ。
後景にはドイツ国内における差別が横たわっている。ヨハンナの弟フィリップのライネンに対する差別発言をマイヤーが叱責したことが、ライネンがマイヤー家に迎えられるきっかけだった。マイヤーは寛容な人物として尊敬を集めていただけに、コリーニの動機は謎めいていた。
本作に「ダイ・ハード」第1作が重なった。頼りなく見えたマクレーン刑事(ブルース・ウィリス)を心配していたが、ストーリーが進むにつれて真価を発揮していく。本作のライネンも〝慣習〟を知らないがゆえの自由さで壁を突破し、ドイツ法制史上の闇を炙り出す。マッティンガーをKOしたライネンのタフさの根源はボクシングだった。
育ての親マイヤーと実父ベルンハルト(ペーター・ブラガ―)、型にはまったヨハンナと奔放なニーナ(ピア・シュトゥッツェシュタイン)……。ライネンを取り巻く登場人物が、時系列をカットバックしながら描かれていたが、肝はライネンとコリーニの面会シーンだ。父親についてのコリーニ言葉に触発されたライネンは、疎遠だったベルンハルトをニーナとともに訪ねる。複数の言語に精通したベルンハルトの協力で、真実の扉が開かれた。
<戦争がもたらす痛みと贖罪>が根底に流れている。前稿で紹介した「逃亡者」には南方戦線における日本軍の蛮行が描かれていた。中村文則が本作を見たら、いかなる感想を抱くだろう。原作発表(11年)の翌年、ドイツの法曹界に激震が走る。本作のメインテーマになった、謀殺罪と故殺罪の差異を定めたドレーアー法について、法務省に調査委員会が立ち上げられたのだ。法を超えた正義を追求した本作の成果といえる。
緊張が途切れぬスタイリッシュなカメラワークが見事だった。奥深いエンターテインメントを締めくくったのは時空を繋ぐサッカーボールだ。カタルシスに溢れたラストに余韻が去らない。
都知事選では宇都宮建児候補の勝利を願っている。同氏が原告側弁護団長を務める供託金違憲訴訟裁判を何度も傍聴してきた。常に弱者の側に立って活動し、都政について提言してきた宇都宮氏こそ、都知事に最も相応しい。国政選挙であれ自治体選挙であれ、当選の見込みは低くてもグリーンズジャパンが推す候補に寄り添ってくれた宇都宮氏に、尊敬と感謝の念を抱いている。
宇都宮氏が日本の代表格なら、ドイツ屈指の弁護士はフェルディナント・フォン・シーラッハだ。この10年は世界的ベストセラー作家で、ドラマ化された「犯罪」、「罪悪」、「テロ」も完成度は高かった。「コリーニ事件」(19年、マルコ・クロイツバイントナー監督)を新宿武蔵野館で観賞した。差別、家族の絆、愛の貌を背景に据えた法廷劇で、シーラッハの祖父がナチス幹部であったことも作品に反映している
「コリーニ事件」は2018年度ベストワンに挙げた「判決」(17年、ジアド・ドゥエイリ監督)、別稿(4月4日)に紹介した「黒い司法」(19年、デスティン・ダニエル・クレットン監督)に匹敵するリーガルサスペンスだった。2001年のドイツが舞台で、冒頭でいきなり殺人事件が起きる。
67歳のイタリア人ファビリツィオ・コリーニ(フランコ・ネロ)による84歳の大物実業家ハンス・マイヤー(マンフレート・ツァバトカ)暗殺は国中にセンセーションを巻き起こす。黙秘を続けるコリーニの国選弁護人に任命されたのが、資格を得て3カ月のルーキー弁護士カスパー・ライネン(エリアス・ムバレク)だ。
ライネンはトルコ系という設定だが、演じるムバレクはチュニジア系だ。父が失踪した後、目をかけてくれたのがマイヤーで、祖父を殺した犯人を弁護することになるライネンに事業を受け継ぐ旧知のヨハンナ(アレクサンドラ・マリア・ララ)が接近する。マイヤー家を支えるのが、ライネンの恩師で法曹界の重鎮リヒャルト・マッティンガー(ハイナー・ラウダーバッハ)だ。
後景にはドイツ国内における差別が横たわっている。ヨハンナの弟フィリップのライネンに対する差別発言をマイヤーが叱責したことが、ライネンがマイヤー家に迎えられるきっかけだった。マイヤーは寛容な人物として尊敬を集めていただけに、コリーニの動機は謎めいていた。
本作に「ダイ・ハード」第1作が重なった。頼りなく見えたマクレーン刑事(ブルース・ウィリス)を心配していたが、ストーリーが進むにつれて真価を発揮していく。本作のライネンも〝慣習〟を知らないがゆえの自由さで壁を突破し、ドイツ法制史上の闇を炙り出す。マッティンガーをKOしたライネンのタフさの根源はボクシングだった。
育ての親マイヤーと実父ベルンハルト(ペーター・ブラガ―)、型にはまったヨハンナと奔放なニーナ(ピア・シュトゥッツェシュタイン)……。ライネンを取り巻く登場人物が、時系列をカットバックしながら描かれていたが、肝はライネンとコリーニの面会シーンだ。父親についてのコリーニ言葉に触発されたライネンは、疎遠だったベルンハルトをニーナとともに訪ねる。複数の言語に精通したベルンハルトの協力で、真実の扉が開かれた。
<戦争がもたらす痛みと贖罪>が根底に流れている。前稿で紹介した「逃亡者」には南方戦線における日本軍の蛮行が描かれていた。中村文則が本作を見たら、いかなる感想を抱くだろう。原作発表(11年)の翌年、ドイツの法曹界に激震が走る。本作のメインテーマになった、謀殺罪と故殺罪の差異を定めたドレーアー法について、法務省に調査委員会が立ち上げられたのだ。法を超えた正義を追求した本作の成果といえる。
緊張が途切れぬスタイリッシュなカメラワークが見事だった。奥深いエンターテインメントを締めくくったのは時空を繋ぐサッカーボールだ。カタルシスに溢れたラストに余韻が去らない。