酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ファミリア」~夢と絆が紡ぐ新しい家族

2023-01-30 20:57:37 | 映画、ドラマ
 イスラエル軍は26日、ヨルダン川西岸を急襲し、9人のパレスチナ人を殺害した。その翌日、エルサレムのシナゴーク前でパレスチナ人が銃を乱射し7人が亡くなった。ロシアのウクライナ侵攻が耳目を集めているが、現在は戦争・紛争の時代だ。世界で<正義>が角突き合わせ、多くの人々が犠牲になる悲劇が後を絶たない。
 
 アルジェリアで起きた天然ガス精製プラント襲撃(2013年)もそのひとつで、同事件と多くのブラジル人が暮らす地方都市の二つの視座で描かれた映画「ファミリア」(22年、成島出監督)を新宿ピカデリーで見た。テーマは骨太で、世界を俯瞰し、日本という国の本質を抉っていた。

 舞台はシナリオを担当したいながきよたかの出身地である愛知県の瀬戸市と近隣の豊田市だ。瀬戸といえば陶器で有名で、山あいで陶器を制作している神谷誠司(役所広司)が主人公だ。若い頃にぐれていた誠司を陶芸の世界に導いてくれた妻は亡くなっている。息子の学(吉沢亮)はアルジェリアで天然ガス合弁事業に従事しているが、難民出身のナディア(アリまらい果)と結婚し、帰郷する。

 プロジェクト終了後、仕事をやめて一緒に陶器を作りたい……。こう申し出た学だが、誠司は首を縦に振らない。陶器産業は斜陽で、多くの工場が店を畳んでいる背景があるからだ。ある日、多くのブラジル人が暮らす隣町で、ブラジル人御用達のクラブが襲撃される。命からがら誠司宅に逃げ込んだ日系のマルコス(サガエルカス)を追い詰めたのは、半グレのリーダーである榎本海斗(MIYAVI)だった。

 画面に登場した瞬間、MIYAVIの強烈な存在感に圧倒された。海斗は妻と子を酔っ払ったブラジル人のバス運転手にひき殺されたという設定で、町を支配する父の権力をカサにきてヤクザの組長(松重豊)さえ手を出せない。内外でギタリストとして評価を確立したMIYAVIは国連難民高等弁務官事務所から日本人初の親善大使に任命されている。立ち位置は演じた海斗とは真逆だったのだ。

 誠司を軸に二つのストーリーが進行する。海斗ら半グレはブラジル人が暮らす団地(モデルはロケ地になった保見団地)を闊歩し、マルコスの恋人エリカ(ワケドファジレ)、友人でラッパーのルイ(シマダアラシ)にも危機が迫る。誠司は旧知の駒田刑事(佐藤浩市)に海斗の情報を尋ねた。役所と佐藤の同世代の重厚なツーショットに画面は引き締まった。

 半グレのブラジル人襲撃、そしてもう一つの事件に誠司は直面する。学とナディアがアルジェリアで人質になったのだ。息子を解放する身代金として亡き妻の親族である金本夫妻(中原丈雄、室井滋)にも金を借り、首相官邸と外務省に乗り込んだ。最悪の結果を知らされ、誠司は深い悲しみに沈む。

 本作に違和感を覚えたのは、あまりに役所の演技に頼っているように感じたこと。寡黙な職人、誰に対しても同じ目線で接する優しさ、そして激情……。類い希な演技力を誇る役所はラスト、任侠映画のヒーローのように単身アジトに乗り込んでいく。

 日本人にとってブラジル人は切り捨て可能の道具だ。マルコスもクビになったが、リーマン・ショックの際、父が会社とブラジル人の板挟みになり、ビルから飛び降り自殺した。マルコスは誠司に父の面影を重ねていた。学が帰国していた時、「夢はある」と聞かれて困惑していたマルコスだが、ラストで夢を見つけた。学の代わりに誠司の下で修業し、エリカや家族と生きていくことだ。

 二つの壮大な物語が誠司を交差して収斂する。ブラジル人のキャストは、実際に豊田市で暮らす若者たちで、だからこそリアリティーがある。家族とは、絆とは、夢とは……。温もりと癒やしを感じる作品だった。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「東京島」~孤島を彩る女の生理と人間工学

2023-01-25 17:21:05 | 戯れ言
 政治や社会に異議を唱えて拳を上げる……。世界で当たり前の光景が日本で耳目を集めるケースは少ない。護憲、反原発、反戦を掲げる集会で目につくのは中高年だが、この傾向は右派でも同様で、ネット右翼も高齢化も進んでおり、〝嫌中・嫌韓本〟購入者の50%は60代以上という。

 左右問わず若い世代が国家論を忌避する現実を変える術は見つからないが、<闘い>が消えたわけではない。スポーツやアート全般、そして将棋界でも激しい競争が繰り広げられている。生き残りを懸けた<闘い>を描いた小説を読了した。桐野夏生著「東京島」(2008年、新潮文庫)で、桐野作品を紹介するのは7作目だ。

 桐野は「アナタハンの女王事件」にインスパイアされて「東京島」を著した。「アナタハン――」とは1945年から50年にかけ、マリアナ諸島の同島で発生した複数男性の怪死事件で、一人の女性(和子)を奪い合って7~9人の男たちが命を落としたとされる。 「東京島」でトウキョウ島と命名された孤島で〝女王〟に戴冠したのは、夫の隆と漂着したった一人の女性、清子だった。

 桐野は女性の生理、情念、憤怒、悲哀を余すところなく表現する作家で、高齢女性の欲望を生々しく描いてきた。漂着時40代半ばだった清子は、まさに桐野ワールドにうってつけで、従順だった清子が20人以上の日本人の男たち、間をおいて漂着しホンコンと呼ばれる中国人の男たちに囲まれ、女王然と振る舞うようになる。平凡な女性の変貌(≒解放もしくは爆発)は「OUT」や「魂萌え」に描かれていた通りだ。

 清子は〝白豚〟と揶揄されるような体格だ。映画では木村多江が演じたというが、それはともかく、清子がまき散らすフェロモンに若い男が殺到し、夫の隆、2番目の夫カスカベが相次いで不審死する。物語は清子の主観で進行するが時折、男たちのモノローグが挿入され、トウキョウ島の俯瞰図が見えてくる。

 欲望剥き出しの男やカップルになる者たちもいる。桐野の人物造形は巧みで丁寧だ。記憶喪失のふりをしていたユタカが抱えていた葛藤、小説家を目指していたオラガ、多重性人格障害で幼い頃に亡くした姉と会話するマンタなどの記憶と心象風景がシンクロし、相乗効果となっていく。助演男優というべきは疎外されてトウカイムラに隔離されたワタナベだ。トウカイムラとは、臨界事故を起こした東海村がヒントになっている。肉体関係を例外的に拒絶された清子への愛憎が、物語の変容の起点になっていた。

 興味深いのはトウキョウ島の日本人たちと、ホンコン(中国人)たちとの対比だ。日本人は工夫もせず食物や動物を消費するだけで、仲間同士がシブヤ、ジュク、ブクロと名付けたスペースで分散して暮らしている。一方でホンコンたちはリーダー格ヤンの下、サバイバーとして生きている。計算高い清子がホンコンに接近するのは当然の成り行きだったが、そこに日本と縁が深いフィリピン人の女性歌手グループ「GODDESS」が加わった。

 発刊時と現在を比べてみると興味深い。日本人はヤワ、中国人はタフという構図は現在と重なるし、産廃物を廃棄しにきたヤクザにフィリピン人に成りすましたワタナベが救出されるという設定も面白かった。清子は双子を出産し、紆余曲折を経て娘と帰還を果たす。島に残った息子はプリンスとして君臨する。それぞれの名前、チキとチータはGODDESSの十八番であるアバのヒット曲「チキチータ」から命名された。

 上記したように、桐野は女性の生理を描くだけでなく、政治や社会の構造を把握して登場人物を配置する。俺流の誤用だが<人間工学>を理解しており、だから毎作、読む者を納得させるのだ。現在の文学を席巻する女性作家のひとりといえる。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「東京島」~孤島を彩る女の生理と人間工学

2023-01-25 17:18:08 | 読書
 政治や社会に異議を唱えて拳を上げる……。世界で当たり前の光景が日本で耳目を集めるケースは少ない。護憲、反原発、反戦を掲げる集会で目につくのは中高年だが、この傾向は右派でも同様で、ネット右翼も高齢化も進んでおり、〝嫌中・嫌韓本〟購入者の50%は60代以上という。

 左右問わず若い世代が国家論を忌避する現実を変える術は見つからないが、<闘い>が消えたわけではない。スポーツやアート全般、そして将棋界でも激しい競争が繰り広げられている。生き残りを懸けた<闘い>を描いた小説を読了した。桐野夏生著「東京島」(2008年、新潮文庫)で、桐野作品を紹介するのは7作目だ。

 桐野は「アナタハンの女王事件」にインスパイアされて「東京島」を著した。「アナタハン――」とは1945年から50年にかけ、マリアナ諸島の同島で発生した複数男性の怪死事件で、一人の女性(和子)を奪い合って7~9人の男たちが命を落としたとされる。 「東京島」でトウキョウ島と命名された孤島で〝女王〟に戴冠したのは、夫の隆と漂着したった一人の女性、清子だった。

 桐野は女性の生理、情念、憤怒、悲哀を余すところなく表現する作家で、高齢女性の欲望を生々しく描いてきた。漂着時40代半ばだった清子は、まさに桐野ワールドにうってつけで、従順だった清子が20人以上の日本人の男たち、間をおいて漂着しホンコンと呼ばれる中国人の男たちに囲まれ、女王然と振る舞うようになる。平凡な女性の変貌(≒解放もしくは爆発)は「OUT」や「魂萌え」に描かれていた通りだ。

 清子は〝白豚〟と揶揄されるような体格だ。映画では木村多江が演じたというが、それはともかく、清子がまき散らすフェロモンに若い男が殺到し、夫の隆、2番目の夫カスカベが相次いで不審死する。物語は清子の主観で進行するが時折、男たちのモノローグが挿入され、トウキョウ島の俯瞰図が見えてくる。

 欲望剥き出しの男やカップルになる者たちもいる。桐野の人物造形は巧みで丁寧だ。記憶喪失のふりをしていたユタカが抱えていた葛藤、小説家を目指していたオラガ、多重性人格障害で幼い頃に亡くした姉と会話するマンタなどの記憶と心象風景がシンクロし、相乗効果となっていく。助演男優というべきは疎外されてトウカイムラに隔離されたワタナベだ。トウカイムラとは、臨界事故を起こした東海村がヒントになっている。肉体関係を例外的に拒絶された清子への愛憎が、物語の変容の起点になっていた。

 興味深いのはトウキョウ島の日本人たちと、ホンコン(中国人)たちとの対比だ。日本人は工夫もせず食物や動物を消費するだけで、仲間同士がシブヤ、ジュク、ブクロと名付けたスペースで分散して暮らしている。一方でホンコンたちはリーダー格ヤンの下、サバイバーとして生きている。計算高い清子がホンコンに接近するのは当然の成り行きだったが、そこに日本と縁が深いフィリピン人の女性歌手グループ「GODDESS」が加わった。

 発刊時と現在を比べてみると興味深い。日本人はヤワ、中国人はタフという構図は現在と重なるし、産廃物を廃棄しにきたヤクザにフィリピン人に成りすましたワタナベが救出されるという設定も面白かった。清子は双子を出産し、紆余曲折を経て娘と帰還を果たす。島に残った息子はプリンスとして君臨する。それぞれの名前、チキとチータはGODDESSの十八番であるアバのヒット曲「チキチータ」から命名された。

 上記したように、桐野は女性の生理を描くだけでなく、政治や社会の構造を把握して登場人物を配置する。俺流の誤用だが<人間工学>を理解しており、だから毎作、読む者を納得させるのだ。現在の文学を席巻する女性作家のひとりといえる。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「キャバレー」~頽廃と狂気の狭間に咲く花

2023-01-20 19:11:29 | 映画、ドラマ
 岸田政権を巡って、菅前首相と二階元幹事長が蠢いている。情報操作に長けた前者、利権に聡い後者の最悪コンビが企む〝汚れたコップの中の嵐〟は、政界の腐敗度を高めるだけだ。島田雅彦が「パンとサーカス」で描いた叛乱が現実になる日は来るだろうか。

 この国の閉塞感と対照的に、〝激動の10年〟などと評される時代がある。誰しも思い浮かべるのは1960年代で、遡れば1920年代半ばからの10年間が該当する。第1次大戦後の混乱と恐慌で、世界は坩堝の中で煮えたぎっていた。今回紹介する「キャバレー」(1972年、ボブ・フォッシー監督)は震源地というべきベルリンが舞台だ。名画座で見てから約40年ぶりの再会になる。

 当時の日本はというと、1925年に制定された治安維持法によって抑圧の時代と位置付けられている。だが、労働者、農民だけでなく、ショーガールやマネキンガールまで抗議の声を上げる反体制運動の黄金期だった。生活実感に表現主義やシュルレアリズムが結びつき、カラフルな抵抗運動が展開した。川柳歌人の鶴彬も潮流を支えた一人で、解放と叛乱が吹き荒れた。

 さて、本題……。主人公のサリー(ライザ・ミネリ)はスターを夢見ながらキャバレーで働いている。ライザは撮影時は24歳だったが、10代の頃からブロードウェイで脚光を浴びていた。さすがジュディ・ガーランドの娘である。主演女優賞に輝いたライザとともにオスカー(助演男優賞)を手にしたのが、MC役のジョエル・グレイだ。ライザの歌には切ない女心が、ジョエルの吐く言葉には忍び寄るナチズムが反映され、ステージと街頭の暴力がカットバックする。

 サリーを取り巻く3人の男たちもナチズムとの距離が鮮明だった。サリーの下宿にブライアン(マイケル・ヨーク)が引っ越してくる。2人は恋仲になった。ブライアンが始めた英語教室にユダヤ人で大富豪の娘ナタリア(マリサ・ベレンソン)が通うようになる。ブライアンの友人フリッツ(フリッツ・ウェッパー)が打算で彼女に接近する。

 サリーとブライアンの間に割り込んできたのが男爵のマックス(ヘルムート・グリーム)だった。ルックス、富、名誉に恵まれたマックスはサリーとブライアン両方の恋人になる。ナチス支持者で共産党を憎むマックスへの対抗心からか、ブライアンは街頭でナチス親衛隊と喧嘩をして負傷する。大きな変化が起きたのはフリッツの恋だった。身を守るためユダヤ人であることを隠していたフリッツだが、真剣な愛に目覚め、ナタリアに告白し結婚する。
 
 ヒトラーユーゲントの少年が自然を賛美する歌を歌い、老若男女が唱和するシーンが印象的だった。やがて、暴力的な軍歌になり、人々は大合唱する。石川淳の「マルスの歌」を思い出した。街角で唱和される「マルスの歌」に耳を覆う主人公は、<私が狂っているのか、それとも社会が狂っているのか>と自問する。そう、狂っていたのは社会だった。

 最初は叩き出されていたナチス親衛隊だが、やがてキャバレーを闊歩するようになる。MCの言葉にもユダヤ人への偏見が滲むようになった。ナチズムがなぜあれほど受け入れられたのかを正しく理解するのは難しい。自然美や健康を前面に掲げながら、性的倒錯やフェチズムを内包し、頽廃と狂気に根差していたのだ。

 サリーとブライアンが公園で横たわるシーンが記憶に残った。ブライアンが倦んでいることを悟ったサリーは堕胎し、ブライアンは帰国する。別れのシーンが秀逸だった。ブライアンに脊を向け、手を振ったサリーは、自分の居場所に気付く。ラストで歌う「キャバレー」は哀しい恋と諦念に満ちていた。ピエロ風のメイクをしたライザに魅せられた。

 ルー・リードの「ベルリン」(1973年)は、本人は明言していないが、「キャバレー」に影響されたと考えている。ゲイであることを公言していたルーは、サリーとブライアン、そしてマックスとの三角関係にインスパイアされたルーは、畢竟の名作を創り上げた。両作に出合えた俺は幸せだったと思う。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「麦ふみクーツェ」~20年先を見据えたメルヘン

2023-01-16 20:56:29 | 読書
 藤井聡太5冠が鬼門というべきNHK杯将棋トーナメントで佐藤天彦九段を下し、準々決勝に進出した。AI評価値が乱高下する手に汗握る大接戦だった。NHK杯は録画だが、藤井はライブ中継された朝日杯で阿久津主税八段、増田康宏六段を連破し、ベスト4入りする。逆転の連続だったが、とりわけ増田戦は絶体絶命から這い上がり、プロ棋士やファンを絶句させた。

 同日のベスト逆転劇はNFLワイルドカード・プレーオフのジャガーズ対チャージャーズだ。ジャガーズQBローレンスは前半4ターンオーバーを食らい、0対27と決定的な大差をつけられる。ところが後半、3タッチダウンで猛追し31対30で逆転した。NFLではハリウッドのシナリオライターでも書けない夢が現出する。

 今年の読書初めはいしいしんじ著「麦ふみクーツェ」(2002年、新潮文庫)だった。「悪声」(15年)、「ぶらんこ乗り」(00年)、「トリツカレ男」(01年)に次いで4作目になる。共通点を挙げれば、自然への畏れと共生への祈りを込めたメルヘンであること。登場人物は欠落の痛みと喪失の哀しみを纏っている。

 本作は15年、つながる音楽劇「麦ふみクーツェ」として東京・大阪で上演された。「悪声」のハイライトは方舟教会でのライブだったが、「麦ふみクーツェ」もラストの演奏会だけでなく、常に音楽が行間で鳴り響いている。主人公はねこと呼ばれる少年で、飛び抜けて身長が高く、「ニャア」と猫の鳴きまねがうまい。

 ねこは子供の頃、♪とん たたん とんという不思議な音が脳内で響いているのに気付いた。音の主に尋ねると「麦ふみクーツェ」と答えた。本作はクーツェの真実を巡る旅といっていいだろう。父さんは素数に取り憑かれた数学教師で、おじいちゃんは吹奏楽団の元締でティンパニを叩いている。いしいの小説では時空を超えて絆が集束する。父さんが毎朝作るオムレツも、亡き母の記憶に根差していた。

 いしいワールドの特徴は動物たちが重要な役割を果たすこと。ねずみたちは島に災禍をもたらすが、父の研究を助ける友にもなる。7匹の犬たちはちょうちょおじさん、チェロの先生、みどり色とねこを紡いでくれた。島の人々や楽団メンバーたち、そして詐欺師のセールスマンまで、魅力的に描かれている。

 2023年現在、小説の評価は<多様性>と<共生>という物差しで測られる。だが、いしいは20年前、時代の空気を既に先取りしていた。自然描写の精緻さにスピリチュアルな志向は環境へのオマージュが窺えるし、挿入されるエピソードは価値観の多様さを示している。チェロの先生がねこに<へんてこさに誇りを持てる唯一の方法>を教えてくれた。先生も、ねこも、ちょうちょおじさんも、みどり色も、「ねずみ男」と呼ばれていた父も……。へんてこたちが集まって支え合っている。

 ねこが指揮者としてデビューするコンサートには決め事があった。客たちも音が鳴るものを持参すること。第2幕が終わった後、照明が落ち、客たちは持参した〝楽器〟を鳴らす。合奏は楽しい。音楽は聴くだけでなく、参加することで喜びは増す。ねこはおじいちゃんの楽団によって音楽の本質を体で知っていた。

 ねことみどり色のラストの旅に心が潤んだ。偶然とはいえ、読書初めに本作を選んでよかったと思っている。心身とも衰えた俺だが、生活のベースに読書を据えていきたい。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ドリーム・ホース」~夢と希望を紡ぐ奇跡のお伽話

2023-01-11 20:00:54 | 映画、ドラマ
 王将戦第1局は藤井聡太王将が羽生善治九段を91手で破った。柔らかい空気を感じたのは、両対局者の互いへの敬意ゆえかもしれない。勝負手が連発される一進一退の攻防も、藤井がジワジワ優勢を拡大する……。といっても、表示されるAIの数値に頼っているだけだから、偉そうなことはいえない。解説の森内俊之九段が感嘆していた藤井の6六桂~7七桂あたりから、形勢は傾いたようだ。

 独創的かつ最速の指し手で〝レジェンド〟を破った藤井の進歩のスピードに驚かされる。トップクラスの棋士の殆どはAIを導入して研究しているが、なぜ藤井だけが他を圧倒しているのだろう。<自身の絶対的な強さに壊されるとしたら、悲劇的な結末>と悪い予感を前稿に記したが、藤井の壁を揺るがす若者の出現を心待ちしている。

 東山は決勝で敗れたが、京都の高校サッカー界はレベルが上がっているらしい。来年度以降も代表チームの上位進出は可能だろう。正月スポーツは一段落したが、競馬は初夢から遠かった。そもそも、66歳の年金生活者なんて、東京ぼん太風にいえば、「夢もチボウもない」存在だ。夢の欠片でも見たいとタイトルにつられ、映画始めに「ドリーム・ホース」(2020年、ユーロス・リン監督)を選んだ。封切り直後なので、ストーリーの紹介は最小限にとどめたい。

 炭鉱で栄えたが、今は寂れたウェールズの小さな村が舞台だ。主人公は40代後半のジャン・ヴォークス(トニ・コレット)で、昼はスーパーのレジ、夜はパブのバーテンダーと仕事を掛け持ちしている。夫のブライアン(オーウェン・ティール)はリストラされ、関節症を患い家でゴロゴロしている。介護している両親とも口論は絶えない。

 「自分は何のために生きているのだろう」……。そう自問自答するジャンはかつて、鳩のトレーナーとして活躍していた。パブの客で馬主経験のある会計士のハワード(ダミアン・ルイス)にインスパイアされ、ジャンは競走馬の生産を思いつく。活躍馬を出していない牝馬を購入し、種付けしてドリームアライアンス(夢の同盟)が生まれた。ちなみに、ハワードの妻アンジェラはかつての失敗を理由に、再び競馬に関わろうとする夫と距離を置く。

 近所で20人を集め、週20ポンドで馬主組合をつくる。求めるのは儲けではなく<胸の高鳴り(ホウィル)>が決め事だった。預託先も決まり04年、デビューを果たす。大出遅れで4着だったが、少しずつ実績を重ねていく。冴えない日々を送っていた組合の仲間たちも生きる意味を実感するようになる。

 彼我の競馬文化の差に驚くしかない。ドリームアライアンスが出走した障害レースは、平地を凌ぐほど人気がある。〝農園の馬〟ドリームアライアンスが富裕層の持ち馬を大レースで破るなんて、現実に起きた奇跡のお伽話だった。翻って日本の競馬界は、社台系が調教師、騎手まで支配する極端な格差社会である。本作の肝というべきは緊迫感あるスリリングなレース映像だ。
 
 興味深かったのはウェールズの文化と精神だ。ウェールズ語に誇りを持ち、イングランドへの対抗心が強い。サントラにはマニック・ストリート・プリーチャーズ(マニックス)、スーパー・ファーリー・アニマルズらウェールズのバンドの曲が収録されている。エンドタイトルでは出演者たちがリレー形式でトム・ジョーズの「デライラ」を歌っていた。彼もウェールズ出身である。

 大けがを乗り越えてドリームアライアンスがウェルシュナショナルに挑むラストに加え、俺にとって本作のハイライトは初レース後、平均年齢が50歳超の組合の連中がチャーターしたバスの中で、マニックスの「デザイン・フォー・ライフ」を合唱するシーンだ。ウェールズに限らずUKで〝労働者階級のアンセム〟と評されている同曲は直訳通りの〝人生の設計〟とは内容が異なるが、マニックスがいかに愛されているのかを実感出来て、胸が熱くなった。

 本作はくすんだ俺に初夢をくれた。トニ・コレットの繊細な表情も作品を際立たせていたし、ジャン夫妻、ハワード夫妻の絆の再生も描かれていた。夢、希望、セカンドチャンスの意味を問いかけてくる、年初に相応しい作品だった。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

王将戦開幕~〝レジェンド〟VS〝人間超え〟の彼方に見える景色は

2023-01-07 17:14:53 | カルチャー
 高校ラグビー、サッカーで郷里のチームを応援してきたが、京都成章は東福岡に圧倒され決勝進出はならなかった。早い時間帯にチャンスを生かしていたら、展開は少し変わっただろう。東山はPK戦を制し決勝で岡山学芸館と戦う。日々PKを練習してきた成果が出たようだ。ちなみに東山は春高バレー男子でも準決勝に進出していたが、鎮西に敗れた。OBたちは盛り上がっているだろう。

 あす8日、ドリームマッチの火蓋が切られる。〝レジェンド〟羽生善治九段が〝人間超え〟藤井聡太王将(5冠)に挑むのだ。タイトル通算100期にあと1に迫った羽生だが、夢は叶わないだろう。結果はどうあれ、2人が見せてくれる景色は神々しく煌めいているはずだ。

 1985年にプロデビューした羽生を筆頭に、森内俊之、佐藤康光、郷田真隆、難病と闘って夭折した村山聖ら〝チャイルドブランド〟が将棋界を席巻した。将棋の凄さが鮮やかに表現されたのは、88年度NHK杯トーナメント準々決勝である。加藤一二三九段相手に指した▲5二銀で、羽生五段(当時18歳)は〝神の子〟になった。

 とはいえ、道のりは険しかった。知人は公園のベンチでひとりうなだれている羽生を目撃している。「将棋はゲーム」と広言し、「将棋は人生」と考える先輩棋士のバッシングを受けたのだ。94年度のA級順位戦で羽生が起こした3連続上座奪取事件は、ルール違反として棋界を騒然とさせた。

 当時の羽生像は、「自分は勝負師」と評していた通り、盤外作戦も辞さず勝利に邁進する青年だった。だが、現在はイメージが大きく変わっている。柔らかく穏やかな〝孤高の求道者〟といった雰囲気で、インタビューでも笑みを絶やさない。羽生は研究会や感想戦でも自身の研究や指し手について、余すところなく伝えてきた。<ともに真理を追究していこう>という第一人者の姿勢が、棋界を発展させていった。羽生が地均しした棋界の土壌に降臨したのが、もう一人の〝神の子〟藤井である。

 羽生と藤井を結ぶキーワードはAIだ。右脳と左脳をフル稼働させ、文化人や科学者らと対談してきた羽生は、<人間にしかできないことは何か>をモチーフにAIの取材を進める。<AIを知ることは、人間の脳の働きに迫るため>をテーマに据え、「人工知能の核心」(HNK出版新書)を著した。羽生は<AIの親和力によって良心や倫理観を備えることが出来たら、人類の未来はバラ色になるかもしれない>と綴っていたが、現実は真逆に進んでいる。

 藤井はAIの使い手として知られている。高性能のパソコンを2台保有しているが、そのうちの一台は200万円前後とされるAMD製だ。藤井は2台のパソコンがつくる巨大なAIの海で抜き手を切っている。最近目立つのは終盤の切れならぬ安全策で、〝激辛流〟森内九段が絶句するほど万全の受けを見せる。

 人跡未踏の高みへと猛スピードで上っている藤井だが、強過ぎることを危惧している。羽生には同世代で追いかける棋士がいたが、藤井にはいない。全てのタイトルを奪取し、全トーナメントで優勝する……なんて話も夢物語ではない。自身の絶対的な強さに壊されるとしたら、悲劇的な結末だろう。才能に溢れる棋士には、多彩な趣味を楽しんでいる者も多い。藤井には自分だけのシェルター、サンクチュアリが必要だと思う。

 ともあれ、〝神の子〟同士の想像力、創造力に満ちた指し手の連続が楽しみだ。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

謹賀新年~今年の抱負は生き延びること

2023-01-03 19:36:15 | 独り言
 無職ゆえ、年末年始も普段と変わらないが、いつもにましてゴロゴロ惰眠を貪っている。ドキュメンタリーを何本か見たが、「映像の世紀 バタフライエフェクト~ロックが壊した冷戦の壁」(NHKBS1)が出色だった。ニナ・ハーゲン、ルー・リード、デビッド・ボウイの3人に照準を定め、彼らの音楽がベルリンの壁崩壊、チェコスロバキアの無血革命にいかに影響を与えたかを伝えている。ロックファン必見のドキュメンタリーだ。

 東欧を巻き込んだビートルズ革命、そしてジョン・レノン暗殺の衝撃も背景に描かれていた。東ドイツ時代にニナが歌った「カラーフィルムを忘れたのね」は人々の心に深く刻まれ、メルケル前首相は自らの退任式での演奏曲に選んだ。ルー・リードが率いたヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1stアルバムを持ち帰ったハヴェルによってバンドは自由化のシンボルになる。ハヴェルはチェコ共和国の初代大統領だ。

 同アルバム収録の「アイム・ウエーティング・フォー・ザ・マン」にインスパイアされたボウイはベルリン在住時、「ヒーローズ」を発表する。同番組では紹介されていなかったが、ボウイは窮地にあったリードを支え続けていた。廃人の如きリードがボウイのツアーの楽屋で横たわる姿が目撃されている。ちなみにボウイが「ヒーローズ」を発表する4年前(1973年)、ソロになっていたリードは、傑作「ベルリン」を発表している。

 ボウイは87年、西ベルリンで野外コンサートを開催した。壁の向こうに4本のスピーカーが設置され、数千人の東ドイツ市民が集まり、「壁を壊せ」と声を上げた。壁崩壊の魁と評され2年後、メルケル、そしてKGBのエージェントだったプーチンも現場にいた。ハヴェルの残した<音楽だけで世界は変わらない。しかし、人々の魂を呼び覚ますものとして、音楽は世界を変えることに大きく貢献できる>の言葉に感銘を覚えた。

 年始は布団に寝転びながら〝酔生夢死〟状態で箱根駅伝を眺めていた。今更ながら箱根の肝が山の上り下りであることに思い至る。高校スポーツは郷里のチームを応援するのが常だが、ラグビーの京都成章は準決勝、サッカーの東山は準々決勝に進出と楽しみが増えた。

 最高の時間潰しになっているのは「名探偵モンク」だ。AXNの再放送に気付いたのは先月で、シーズン5以降を少しずつ見ているが、実に面白い。元刑事で妻トゥルーディーを亡くしたことで引きこもりになったモンク、ストットルマイヤー警部、ディッシャー警部補、アシスタントのナタリー(シーズン1~4はシャローナ)の4人が主な登場人物だ。初めて見るように楽しんでいる。健忘症も悪くない。

 今年も地味に、備忘録、存在証明、遺書代わりとしてブログを綴っていくつもりです。たまには訪れてください。目標も何もないが無事に生き延び、少しは世界と関われたらと考えています。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする