酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

真冬の雑感~NFL、米大統領選、英米仏の苦悩、王将戦

2024-01-29 21:06:55 | 独り言
 NFLチャンピオンシップが行われ、スーパーボウルの組み合わせは49ers対チーフスに決まった。ホームであるにもかかわらずペナルティーで100yd近く罰退したことがレイヴンズの第一の敗因といえる。ライオンズはフィールドゴール圏内で4thギャンブルを2度失敗し、相手にモメンタムを与えてしまった。とはいえ、随所に煌めくプレーがちりばめられており、アメフトの面白さを堪能出来た2試合だった。シーズン全般の感想はスーパーボウル直後に記したい。

 大統領選も着々と進行し、共和党ではトランプ前大統領がニューハンプシャー予備選でもヘイリー元国連大使を破り、指名に向けて前進する。だが、得票率の差は10%強だし、裁判を抱えている。ヘイリーにとって自身が知事を務めた来月下旬のサウスカロライナ州が正念場になるだろう。議会襲撃に関与したと思われる前大統領の復帰なんて狂気の沙汰で、民主主義を標榜する国とは思えないが、そこに日本人としての錯覚がある。

 スウェーデンのテレビクルーが1960年代後半、アメリカのブラックパワーを取材したフィルムを再編集した「ブラックパワー・ミックステープ」を12年前、当ブログで紹介した。深刻な差別の実態、福祉や医療の遅れを詳らかにし、<アメリカは不自由で非人道的な後進国で、ベトナム戦争はナチスに匹敵する暴虐>と断じたことで、アメリカはスウェーデンと国交を断絶する。トランプ台頭を見る限り、当時の指摘は正しかったのだ。

 一方のバイデンは1億㌦(141億円)の資金を既に調達し、全米自動車労組の支持も取り付けた。健康さえ維持出来れば指名は確実で、保守的なケンタッキー州知事選で妊娠中絶を唱える民主党候補が勝利を収めたことを考えると、トランプと一騎打ちになっても五分に戦える可能性はある。だが、イスラエル寄りの姿勢で、イスラム系団体から見限られた。若い層(18~39歳)の47%がパレスチナを支持していることを考えると、将来に向けた戦略も求められる。

 不安定なのはアメリカだけではない。欧州では英仏独が政情不安を抱えているが、背景にあるのはコロナ禍とロシアのウクライナ侵攻だ。英国では物価高止まりや財政緊縮による景気低迷を打破するため、多くの国民が減税を求めている。応えようとしない保守党政権の支持率は大幅に低下し、総選挙では労働党に大敗北を喫する見通しだ。

 フランスとドイツでは農民の反乱が起きている。エネルギーや燃料の価格は上昇しているのに販売価格を抑えられたことで、生活が成り立たなくなっているのだ。ドイツではシュルツ政権への不支持が80%を超えた。政権与党は〝財政トリック〟で公約として掲げた農家支援を反故にした。日本と景色が異なるのは大規模な抗議活動だ。数千台のトラクターが大都市に繰り出し、市民も理解を示している。民主主義は健在なのだ。

 王将戦は藤井聡太八冠が菅井竜也八段に3連勝し、防衛に王手を掛けた。才能とAIを駆使した研究の深さで〝絶対王政〟を確立した藤井を慌てさせる棋士はいるのだろうか。ストイックで気合に満ちた菅井を応援していたが、王将戦では圧倒されている。となれば、竜王戦に続いて今週末に始まる棋王戦で藤井に挑戦する伊藤匠七段、18歳の藤本渚四段に期待を寄せるしかない。10歳前後で奨励会にも入会していない少年が、いずれ藤井の牙城を崩すかもしれない。
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「ニューヨーク・オールド・アパートメント」~ツインズと母との絆の行方

2024-01-25 20:49:57 | 映画、ドラマ
 NFLチャンピオンシップはNFCが49ers対ライオンズ、AFCがレイヴンズ対チーフスの組み合わせになった。俺はデトロイトに本拠地を置くライオンズを応援している。「アナザーストーリーズ」(NHK)のテーマになっていたが、マスキー法(大気浄化法)への対応を誤ったことをきっかけに、GM、フォード、クライスラーのビッグ3は日本車にシェアを奪われ、凋落の一途を辿る。2013年、デトロイトは1兆8000億円の負債を抱え自己破産した。

 麻薬と暴力が蔓延った市の苦難の道のりと重なるのが地区優勝したライオンズで、今季32年ぶりにプレーオフで勝利を挙げた。QB失格の烙印を押されたゴフが自らを放出したラムズを破るというドラマチックな展開だった。フォード・フィールドに詰め掛けるファンは、ライオンズに再生への希望を託している。チャンピオンシップで戦う49ersは手ごわいが、初のスーパーボウル進出の可能性は十分だ。

 ニューヨークを舞台にしたスイス映画「ニューヨーク・オールド・アパートメント」(2023年、マーク・ウィルキンス監督)を新宿シネマカリテで見た。NYの光景が効果的に挿入されていたが、ウィルキンスはスイス出身で、現在はウクライナ・キーウで暮らしている。生きることの切実さが本作にも反映していた。

 ペルーから母ラファエラ(マガリ・ソリエル)とともに不法入国した双子のポール(アドリアーノ・デュラン)とティト(マルセロ・デュラン)の兄弟が主人公で、演じているのもオーディションで選ばれたツインズだ。中華料理店で働くラファエラを助けるため、当店でデリバリーのバイトをしながら英会話学校に通っている。生徒たちの多くは戦禍から逃れた難民だった。

 学校で双子は年上のミステリアスなクリスティン(タラ・サラー)と出会う。ポールとティトは彼女に恋をし、本作は青春映画の色合いが濃くなる。真夏の公園、双子はクリスティンを挟んで芝生に寝そべった。クリスティンはその時、「コケにされたら、やり返すのよ」とナイフを振りかざす。彼女はクロアチアからの移民で、コールガールを生業にしていた。

 「透明人間のように扱われるのはもう嫌なんだ」……。ティトがクリスティンに話すシーンが印象的だった。デリバリー中、車と接触しても、ドライバーは車体の傷を気にするだけで、ツインズのことは気にもしていない。ラファエラが職場で吐いている子供を介抱しても、母親は「他人の子供に触らないで」と喧嘩腰だ。何の権利も持たない母子は、狭いアパートで身を寄せ合って生きている。ラファエラにも恋のチャンスが訪れた。金持ちで軽薄なスイス系のエドワルド(サイモン・ケザー)が接近し、ブリトー店経営を持ち掛ける。

 クリスティンの写真を渡された双子は、「怖いような、孤独のような」とそれぞれ感想を述べる。クリスティンは男にゴミ扱いされ、信じていた男に裏切られる。彼女もまた透明人間、いや不可視の存在で、絶望と怒りに駆られて暴発する。なりたい動物を聞かれ、「自由に唾を吐けるラバ」とユーモアたっぷりに答えたが、ラスト近くで面白いオチが用意されていた。

 クリスティンとの約束を守るため、ツインズは警察に出頭する羽目になり、強制送還の憂き目を見る。追われる身になったラファエラだが、培った人間関係で難を逃れる。NYには温かな人情が息づいているのだ。ポールとティトは再びアメリカを目指す。母との絆を取り戻すことは出来るのだろうか。
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「太陽諸島」~多和田葉子が問いかける国家の形

2024-01-21 21:53:32 | 読書
 王将戦第2局は藤井聡太八冠が菅井竜也八段に連勝し、防衛に大きく前進した。藤井は収録済みのNHK杯でも久保利明九段に圧勝する。振り飛車党には悪い一日だったが、最近の菅井の好調ぶりは棋界に副作用を及ぼし、A級では佐藤天彦、豊島将之の両九段に続き、稲葉陽八段が振り飛車を採用して好結果を出した。多くの将棋ファンは振り飛車の〝復興〟を喜んでいる。

 昨年11月、多和田葉子著「星に仄めかされて」を紹介した。「地球にちりばめられて」に続く3部作の第2弾で、中身を忘れないよう完結作「地球群島」(講談社)を読了した。第1部「地球にちりばめられて」、第2部「星に仄めかされて」と6人の登場人物は共通している。主人公(基点)というべきHirukoは新潟県出身という設定だが、母国は失われた。第3部「太陽群島」では5人の同行者とともに、日本探しの旅に出る。

 Hirukoはパンスカ(汎スカンジナビア語)を創出し、国境を越えながら、必要な単語を拾ったり捨てたりして熟成させていく。日本語を話せる者を探して欧州を漂流するHirukoにとって、最も大切な友人はデンマークの言語学者クヌートだ。他の同行者は〝性の越境者〟であるインド人のアカッシュ、グリーンランド出身のエスキモーのナヌーク、人権や民主主義にこだわりを持つドイツ人のノラ、福井出身で年齢不詳のSusanoだ。6人はドイツ語、フランス語、英語、日本語、デンマーク語、パンスカで会話しながら船の旅を続けていく。

 3部作は「献灯使」と設定が近い。3・11後に発表された同作で、日本は放射能汚染を恐れる諸外国の意思で遮断されている。距離を置いて日本を俯瞰したことで、「献灯使」は忌憚なきリアルな<ディストピア>になった。「太陽諸島」で多和田は国家の意味を問いかける。背景にあるのはコロナ禍とウクライナ侵攻だ。ベルリンで暮らす多和田は「自転車で通れたデンマークの国境も、歩いて行き来していたポーランドの国境も閉じられた。消えつつあったナショナリズムが、突然のように復活したのがショックでした」とインタビューで語っていた。

 Hirukoは<今は海の上にいるから、国境がない。海の旅を続ければ、国境は一つもない>と言う。読者は国、民族、国籍、領土、性別……世界は線で区別されていることに気付かされる。人々が無意識のうちに線で理解していることに、多和田は忌避感を覚えているのだ。グダニスク、カリーニングラード、リガに寄港し、6人は住民たちと言葉を交わす。<ポーランドにとっては国がなくなるという事件はそれほどめずらしくはない。だから国よりも町の方が信用できる。町というものは石やレンガでできているから、そう簡単には消滅しない。国は書類上の約束事に過ぎない、つまり紙でできている>とポーランド人はアカッシュに話していた。

 <方向まで失ってしまった。答えの出ない旅だね>と尋ねる同行者に、Hirukoは<答えは道中、すでに何度も出ているのかもしれない。それが答えだったと気がつくのは過去を振り返ってみた時のこと>と応じる。越境者、散歩者である多和田自身にとって、<旅の目的地は旅すること>なのだ。ラスト近くで<わたし自身が家になる>とHirukoは宣言する。Hirukoの目的地は自分の内側だったのか。

 多和田の作品にちりばめられている言葉遊びは、本作で複数の言語がボーダレスになって、遊びの材料になる。後半になって、多和田の詩人としての側面が拡大し、イメージの豊饒な連なりが行間で爆発する。その典型は<鳥が空を飛ぶ。その影が海面に落ちて島になる>である。時空を超えたカルチャー空間が展開し、「惑星ソラリス」、「唐人お吉」やブレヒトについて会話が弾む。

 Hirukoとクヌートは恋人同士に見えるが、性の匂いは皆無だった。だが、蜂蜜をきっかけにロマンスに発展する。<おまえは水蛭子(ひるこ)。影っぴらの、しぞこないの長女>と古事記を引用してHirukoを口撃したSusanoまで、神話に則りクシナダヒメの化身と思しき女性に求愛する。読み終えて幸せを味わえた小説だった。
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「ミステリと言う勿れ」~菅田将暉が提示する新たな探偵像

2024-01-16 21:19:24 | 映画、ドラマ
 ネット配信が普及する中、テレビでドラマを見る人は減っているが、アナログ高齢者の俺は死ぬまで〝習慣〟にしがみついていくだろう。そんな俺のゴールデンタイムは日曜午後11時(NHK総合)で、イタリア発「ドック」(シーズン2)終了後、フランス発「アストリッドとラファエル」(シーズン4)が始まった。ともに秀逸なドラマで、1週間後が待ち遠しい内容である。

 国内ドラマでいえば「相棒」だが、劣化を憂えている。原作がないからシナリオライターの力に頼らざるをえないが、犯人の心情を描き切っていないからしっくりこない。充実したドラマはないかと昨年末、日本映画専門チャンネルで一挙放送された「ミステリと言う勿れ」(2022年、全12話)をまとめて録画した。半分ほど見たが、刺激的で面白い。映画版があるのを思い出してチェックすると、公開後3カ月経っていたがシネマート新宿で上映していたので足を運んだ。舞台は広島である。

 原作は田村由美によるベストセラー漫画で、監督はテレビドラマの演出も担当していた松山博昭だ。主演も菅田将暉だから、基本的なトーンはドラマと変わらない。菅田演じる久能整(くのう・ととのう)は20前後の天然パーマの大学生だ。実年齢より10歳ほど若い設定だから、菅田もそれなりに苦労があったに違いない。似たようなコートを着てマフラーを巻いている。美術に造詣が深く、印象派を好んでいる。カレーが好物だが、映画で食べているシーンがあったか判然としない。

 童顔で無表情な整の口癖は「僕は常々思うんですが」で、ツボにはまると延々と話し続ける。周りから「うざい」とか「めんどくさい」と言われるが、例外が一人いた。ドラマ版第2話で整の言葉に耳を傾けてくれた犬堂我路(永山瑛太)だが、逃亡中なので表立って行動出来ない。映画版の冒頭、女子校生の狩集汐路(原菜乃華)に頼まれた事件の解決を整に託すことになる。

 汐路の父(遠藤賢一)は8年前、交通事故死していた。運転ミスで兄妹3人と転落死したというのが警察発表だったが、疑問を抱いている汐路に連れられ、整は莫大な資産を所有する狩集家の遺産相続の会議に参加することになる。ゆら(柴咲コウ)、理紀之助(町田啓太)、新音(萩原利久)の3人のいとことともに、汐路にも蔵の鍵が渡された。与えられたお題は<それぞれの蔵において、あるべきものをあるべき所へ過不足なくせよ>だった。闇に葬られた一族の血塗られた歴史が明らかになっていく。

 ……と書けば、まるで「犬神家の一族」だが、ドラマ、映画を問わず「ミステリと言う勿れ」の楽しみ方は整の特異なキャラクターと言葉に触れることだと思う。記憶力と直感的な分析力はモンクを彷彿させるし、神経質で潔癖な点も同様だ。<子供って渇く前のセメントみたいなんですって。落としたものの形が、そのまま痕になって残るんですよ>という台詞には、整自身が少年期に受けた傷が反映されている。ゆらの義父に反論するシーンでも、父性への生理的反感や常識への抜き差しならぬ不信が表れていた。

 鈴木保奈美、でんでん、松坂慶子、松嶋菜々子、角野卓造らアナログ高齢者に馴染みがある豪華キャストが脇を固め、ラストには大隣警察署トリオを演じる伊藤沙莉、尾上松也、筒井道隆も登場する。だが、俺の目に眩しく映ったのはヒロイン役の原菜乃華だった。ドラマ版はあと数話残っているので、楽しむことにする。
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「すべての見えない光」~読書する喜びに浸る

2024-01-12 21:52:23 | 読書
 年頭の誓いを今年は記していなかったが、読書と映画をベースに生き長らえていければいいかなと考えている。自分の殻に閉じこもりがちだが、昨年11月からノーレートの雀荘に月3、4回足を運ぶようになった。数年ぶりの実戦で、熟年の常連さんたちは手ごわいが、ボケ防止にもなるし楽しみたいと思う。

 読書初めは「すべての見えない光」(2014年、アンソニー・ドーア著、藤井光訳/ハヤカワepi文庫)だった。新潮クレスト・ブックス版は在庫がなかったが、1000円以上安い文庫版があったのは幸いだった。帯を見てピュリッツアー賞作であることを知る。冒頭(第0章)は1944年8月、ドイツ軍と連合軍が激戦を展開したサン・マロだ。2人の主人公、16歳のフランス人の盲目の少女マリー=ロールと、18歳のドイツ人の白髪の少年ヴェルナーが、運命の糸に手繰り寄せられたように同じ街にいた。

 第1章は1934年に遡る。時間はカットバックしながら、少女と少年の主観を交互に繋いでいく。映画でいえばクロスカッティングの手法だ。マリー=ロールは父親が鍵の管理を担当する博物館で「炎の海」という名の宝石の存在を知る。1カ月後、マリー=ロールは視力を失った。同じ頃、ドイツ・エッセン地方フォルフェアアインの孤児院でヴェルナーは妹ユッタが暮らしていた。

 マリー=ロールとヴェルナーは傑出した才能に恵まれていた。マリー=ロールは触覚で貝殻の標本を識別し、父の作った街の詳細な模型を把握し、杖を手に街を散策する。「海底二万里」(ジュール・ヴェルヌ)を点字で読んで、広大な世界を旅する。一方のヴェルナーはラジオの修理が得意で、数式の理解にも長けていた。2人の人生は10年以上前、フランスからの放送で交錯していた。

 ヴェルナーはフランスからの海賊放送で科学への憧れを抱く。ユッタは普遍的、人道的な価値観に共鳴し、ヒトラーを礼賛する孤児院の少年たちだけでなく、国家政治教育学校に推薦入学した兄にも違和感を覚えるようになる。戦争の影が忍び寄る中、学校での教育は狂気に満ち、教師と生徒が一体になって弱者排除を推し進める。被害者になったのは鳥好きのフレデリックだ。小柄なヴェルナーがいじめから逃れたのは、数学や物理の才能に加え、巨漢フォルクハイマーが庇護者役だったからだ。日を追うごと戦況は悪化し、否応なく戦場へ駆り出されたヴェルナーは対ソ戦線に送られ、退却して連合軍と対峙するためサン・マロに駐留する。

 マリー=ロールは貝殻の専門家であるジェファール博士に導かれて科学に魅了されていたが、ドイツ軍の侵攻で、父とともに大叔父エティエンヌが暮らすサン・マロに疎開する。そこでも詳細な街の模型を作った父はパリに向かい、マリー=ロールもレジスタンスに加わった。通信を巡るレジスタンスのチェックを担当していたのはヴェルナーだから、少女と少年は〝敵対関係〟になる。

 マリー=ロールとヴェルナーの間に介在するのは<炎の海>だ。〝エッフェル塔が5本買えるほどとされるダイヤモンドの原石の伝説に取り憑かれたナチスの上級曹長、そして少年時代に親しんだ放送の発信地であることを知ったヴェルナー……。両者の目的地はマリー=ロールが暮らす大叔父宅だった。既に彼女を見かけていたヴェルナーは恋をしており、放送の経緯を語る。送信機についての報告をせず、マリー=ロールの命を3度救った。

 「さようなら、ヴェルナー」
 「さようなら、マリー=ロール」
 奇跡的な邂逅を終え、2人は逆の方向へ歩き出す。そして読者は気付くのだ。確かに<炎の海>は存在したが、本当に価値のあるものは真実に向き合うことであり、他者を思いやる心だ。そして、形にならなくても貴い愛も。少女と少年はダイヤモンド以上のものを手にした。

 本作はマジカルで叙情的、想像力を刺激する豊かな描写に彩られている。作者自身、「自分にとって、文学と科学は遠く離れたものではない。ともに『我々はなぜここに存在するのか』という問題を扱っているのだから」とインタビューで答えていた。

 <目に見える光のことを、我々はなんと呼んでいるかな? 色と呼んでいるね。だが、電磁のスペクトルはある方向にはまったく走らず、反対方向には無限に走るから、数学的に言えば、光はすべて目に見えないのだよ>……。フランスの放送局が伝え、ヴェルナーが心に刻んだ言葉が本作の主題になっていた。

 67歳になって、読書する喜びを再認識させられた。本作に出合えたことに感謝している。
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「PERFECT DAYS」~光と影のコントラストがあやなす再生と希望

2024-01-08 21:50:49 | 映画、ドラマ
 王将戦第1局は後手の藤井聡太八冠が菅井竜也八段を破り、防衛に向けて幸先いいスタートを切った。俺が応援している菅井は気合十分に対局に臨んだが、優勢になってからの藤井の壁を崩せなかった。第2局以降の巻き返しに期待したい。

 昨年の映画締めは「枯れ葉」(アキ・カウリスマキ監督)で、今回紹介するのは映画初めの「PERFECT DAYS」(2023年、ヴィム・ヴェンダース監督)だ。両作には共通点がある。監督が小津安二郎に絶大なオマージュを抱いていることだ。ちなみにヴェンダースには、小津の墓を訪ねる旅、東京の情景、小津ゆかりの人々へのインタビューを絡めて構成した「東京画」というドキュメンタリーがある。

 「PERFECT DAYS」の主人公は渋谷区の公衆トイレ清掃に従事する平山(役所広司)で、カンヌで主演男優賞を受賞した。冒頭で東京スカイツリー近くのアパートで暮らす平山の日常が映し出される。起床し、布団を畳み、窓の外の景色に目を細め、歯を磨き、髭を剃る。部屋を出て、施錠はせず、自販機で買った缶コーヒーを手にワゴンで向かう先は、トップレベルのクリエーターが設計した高品質のトイレだ。平山が車内でセットしたカセットから、アニマルズの「朝日のあたる家」が流れていた。

 ストーリーとは関係がないが、従来の〝汚く臭い〟からこそ人間的な公衆トイレのイメージとは対極にある。洒落た作業着を纏い、テキパキ作業を進める平山にはタカシ(柄本時生)という相棒がいる。平山は遅刻したりサボったりするタカシにだけでなく、周りの人々に優しい視線を注ぐ。カンヌでキリスト教関係者が選考するエキュメニュカル審査員賞に輝いたのは、平山の佇まいが達観した僧侶のように映ったからだろう。

 神社の境内で昼食のサンドイッチを食べ、毎日顔を合わせる女性と挨拶を交わし、フィルムカメラで木々の隙間から木洩れ日を撮る。仕事が終わると浅草駅地下の飲み屋を訪れ、主人(甲本雅裕)と言葉を交わす。帰宅すると銭湯で老人たちと交流し、「野生の棕櫚」(W・フォークナー)、「木」(幸田文)、「11の物語」(P・ハイスミス)を読んで、眠くなったら灯を消す。休日も生活は決まっていて、コインランドリーで作業着を洗い、写真屋でネガとプリントを交換し、古本屋のおばさんの蘊蓄に耳を傾けながら100円コーナーで文庫本を物色する。

 小津ファンはカメラアングルや緻密な構図への影響を感じ、平山が「東京物語」の主人公の名であることに気付くはずだ。本作を貫くイメージは<光と影>で、木々が平山ともに主役になっているのは、平山が「木」を手にしたことからも明らかだ。俺にとって、音楽映画の趣がある。

 平山が行き着けの居酒屋の女将(石川さゆり)が常連客(あがた森魚)の伴奏で「朝日のあたる家」の和訳バージョンを歌うシーンも印象的だったし、ワゴン車ではタイトルのもとになった「PERFECT DAY」(ルー・リード)や「ドッグ・オブ・ベイ」など70年代の名曲が流れる。タカシに連れられて訪れた下北沢のカセットテープ店で、平山はルー・リードやパティ・スミスの作品を手にしていた。読書傾向やお気に入りの音楽から、平山がかなりのインテリであることは窺える。

 穏やかな日常にさざ波が起きる。姪のニコ(中野有紗)の登場だ。家出して平山宅に居候するが、2人の会話や迎えにきた妹(麻生祐未)とのやりとりから、平山と家族との断絶が浮かび上がってくる。平山の見る夢、もしくは心象風景が描かれる。光と影が織り成す抽象的なモノクロームで、テーマは木洩れ日だ。平山はどんな風に生きてきたのだろう。謎に迫るため「野生の棕櫚」を読むことにした。

 ニコはルー・リードが結成したヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1stアルバムに参加したアーティストから採ったのか。「今度は今度、今は今」といった平山とニコの会話も面白いし、別れの際に手渡した「11の物語」についてのエピソードも暗示的だ。ニコが気に入った「すっぽん」は少年が母親を殺す物語だ。ニコは既に平山の側に近づいているのだろうか。

 平山が居酒屋の扉を開けた時、ある男が女将と抱き合っていた。隅田川沿いで再会した男は友山(三浦友和)で、がんに全身を蝕まれているという。女将と心を寄せ合っている平山、前夫で別れの挨拶にきた友山……。2人は影踏みに興じる。「影が重なれば、濃くなるだろうか」と平山は問い掛け、「そんな気がした」と友山は答えた。本作を象徴するシーンだった。

 ダンサーの田中珉が演じるホームレスにも平山は優しい視線を注いでいた。全てを受け入れる寛容さこそ、平山の美徳だと思う。ラスト3分間、フロントガラスに写る平山の泣き笑いが心に迫る。流れていたのは「フィーリング・グッド」だ。

 ♪夜が明けて 新しい一日が始まる 私は私の人生を生きる最高の気分だ そしてこの古かった世界は 今や新しく生まれ変わった 私にとって自由な世界に

 肝となる台詞「この世界には、たくさんの世界がある。つながっているように見えても、つながっていない世界がある」と通底する歌詞である。本作は光と影のコントラストがあやなす再生と希望の物語だった。
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紅白、能登半島地震、鈴本、箱根、将棋~年末年始の雑感あれこれ

2024-01-03 22:49:00 | 独り言
 大晦日から元日にかけ、知人とともに過ごした。基本的に紅白は見ないが、客の希望に応じチャンネルを合わせた。フルタイムで見た紅白は、俺にとって驚きだった。現役ロックファンは引退したが、情報はロッキン・オン&ジャパンのHPから得ている。国内勢の比重が大きいのだが、そこでプッシュされているアーティストの多くが紅白に出演していた。

 洋楽ロック派だった俺は1980年前後からロッキン・オンを毎号購入していた。〝同誌がプッシュするアーティスト〟を信頼してきたが、最近は〝どうして〟、〝何がいい〟、〝歌謡曲〟ってな感じだ。同誌が迎合して商業主義に漬かっているのか、それとも俺が尖り歪んだままなのか……。<ロック>にこだわりがない知人は華やかなショーを楽しんでいた。

 元日夕方、自宅でも揺れを感じた。はるか彼方、能登半島を震央とする令和6年能登半島地震は2日経っても余震が続き、甚大な被害をもたらした。元日の団欒は瞬時に失われ、現在まで60人以上が亡くなり、半数は火災が起きた輪島市だ。冥福を祈ると同時に、行方不明者の救出と、崩壊したライフラインの復旧を願っている。福島の悲劇を繰り返さないためにも、まずは福井県内の原発5基の稼働を停止してほしい。

 「相棒元日スペシャル」は釈然としない内容だったが、翌日に足を運んだ鈴本演芸場「新春爆笑特別興行」第3部は、地震被災者に思いを馳せながらの初笑いの場となった。富山市出身の柳家さん生は5時間立ちっぱなしで辛うじて間に合ったという。顔見世興行で演者たちは短い時間で下がったが、その中でも日頃鍛えた芸を濃縮して披露していた。楽しく充実した時間だった。

 箱根駅伝を見ながら、養護施設で暮らす母に思いを馳せていた。母は駅伝、とりわけ箱根駅伝に夢中になっていた。下馬評は〝駒沢1強〟で、青学の原監督は「駒沢は史上最強。2位を狙う」と公言していた。ところが青学圧勝で、自身の大会記録を2分以上も更新する。策士の原監督が計算ずくで泣いていたのか、望外の結果なのかわからないが、他の駅伝と箱根とは距離が大きく異なる。青学チームが箱根仕様で走り込んできたことは間違いない。

 俺が応援している将棋棋士は7日から始まる王将戦で藤井聡太八冠に挑戦する菅井竜也八段だ。女流なら磯谷祐維1級で、王将挑戦者決定リーグで記録係の席に座っていた目力の強い金髪ギャルである。LPSA(日本女子プロ将棋協会)所属で、師匠は独創的な棋風で知られる山崎隆之八段だ。その磯谷がニコニコ動画で放送されたYAMADA杯女流チャレンジ杯決勝(3日)で野原未蘭初段を破り、公式戦を初制覇して初段に昇段した。

 本局は野原が序盤から優位を築き、ニコ動にはAI評価値は表示されないものの野原圧勝で進んでいた。ところが30秒将棋で磯谷の捨て身の攻めが決まり、大逆転した。同年生まれの二人が切磋琢磨し、女流2強時代に割って入ってほしい。
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