酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「枯れ葉」~ノルタルジックなカウリスマキの世界

2023-12-31 20:24:46 | 映画、ドラマ
 無職だから金はない。映画館に足を運ぶのも月4~5回が限度で、見逃した作品も多い。年間ベストテンなんておこがましいので、スクリーンで見た作品限定で、記憶に残る10本を監督名とともに挙げてみたい。今年は邦画の傑作が多かった。「怪物」(是枝裕和)、「福田村事件」(森達也)、「月」(石井裕也)はテーマ性と衝撃度で甲乙付け難い。前々稿で紹介した「市子」(戸田彬弘)も3作に拮抗する秀作だった。

 洋画なら「パリタクシー」(クリスチャン・カリオン)、「熊は、いない」(ジャファール・パナヒ)、「アフターサン」(シャーロット・ウェルズ)、「悪い子バビー」(ロルフ・デ・ヒーア)で、「告白、あるいは完璧な弁護」(ユン・ジョンソク)もリメイクながら韓国映画の底力を示すエンターテインメントだった。あと1作を何にしようか迷っていた。「ロストケア」(前田哲)、「渇水」(高橋正弥)、「あしたの少女」(チョン・ジュリ)が候補で、昨年公開でアンコール上映だった「ケイコ 目を澄ませて」(三宅唱)は選ばないことにした。

 最後のワンピースは、映画締めで見た「枯れ葉」(アキ・カウリスマキ監督)になる。タイトルがいい。俺の現在そのものを言い表しているようだ。まあ、落ち葉の方が近い気はするが……。「希望のかなた」完成後に引退を宣言したが、6年ぶりの復帰である。カウリスマキを見たのは8作目、ブログに記すのは6作目で、スクリーンの端々に過去の精華と色彩がちりばめられていた。

 「枯れ葉」のW主人公は似たような境遇の男女だ。アンサ(アルマ・ポウスティ)はスーパーで働く非正規従業員で、賞味期限切れの総菜をホームレスに与える場面を見咎められてクビになる。ホラッパ(ユッシ・バタネン)は移民が働く工場でブラスト作業を担当しているが、仕事中の飲酒がばれてクビになった。

 そんな二人が出会うのはカラオケ店だ。互いのことが気になりながら言葉を交わせずにいたが、偶然再会し、初デートは映画館だった。上映していたのはカウリスマキの盟友であるジム・ジャームッシュのホラーコメディー「デッド・ドント・ダイ」である。ホラッパはアンサに渡された電話番号が書かれた紙をなくしてしまう。惹かれ合った二人は街を彷徨い、映画館前でようやく再会する。ネットと携帯を嫌うカウリスマキらしい設定だ。

 フィンランドは国民の幸福度が高く、貧富の差は小さい。ジェンダー問題でも世界のトップクラスだ。だが、カウリスマキの目に映る光景は異なる。1996~2006年に発表された「浮き雲」、「過去のない男」、「街のあかり」の<敗者の三部作>では非運の連続で社会から疎外された者たちに優しい眼差しが注がれていた。傷ついた男を包み込む菩薩の如き女性を演じていたのは、〝カウリスマキ組〟の姉御というべきカティ・オウティネンである。他者と折り合えない孤独な青年だった「街のあかり」の主人公は「枯れ葉」のホラッパに似ている。

 カウリスマキは小津安二郎の作品を見て映画の世界の扉を叩いた。寿司好きは有名で、「希望のかなた」の登場人物は寿司屋に転じるという設定だった。日本の曲が流れるシーンも多く、「枯れ葉」では戦争のニュースに苛立ったアンナが変えたチャンネルから「竹田の子守唄」が流れていた。本作は音楽映画の趣で、カラオケ店で歌われる曲を含め、ロックンロール、民謡、シューベルト、マンボ、チャイコフスキー、シャンソンの「枯れ葉」が、時にアンビバレンツにシーンと重なる。ハイライトといえるのは姉妹シンセポップデュオのマウステテュトットが演奏するシーンだ。聴いていたホラッパはアンサに受け入れられるため断酒を決意する。

 カウリマスキの演出は俳優たちには大きなプレッシャーのはずだ。カメラ固定のワンテイクで、暗転が多用される。感情表現は控え、簡潔な台詞と目の動きで物語を紡ぐよう指示されるのだ。だから、本作の最後でアンサがホラッパにウインクするシーンに胸が熱くなった。煙草と犬もカウリスマキのお約束で、ホラッパはヘビースモーカーだ。心優しいアンサは仕事先で殺処分寸前の犬を引き取り、チャップリンと名付ける。ここにもカウリマスキのオマージュが表れている。

 〝カウリマスキ時間〟というべきか、現在のヘルシンキが舞台なのに、どこかノスタルジックかつメランコリックなムードの中で、くたびれた中年男女の思いが繋がった。アンサとホラッパ、そしてチャップリンが歩く歩道に余韻は去らない。アンサとカラッパが聞くラジオからロシアのウクライナ侵攻に関するニュースが流れていた。カウリスマキは戦争の時代に、ささやかな愛を対置したのだ。

 最後に。今年も遺書代わり、防備録にお付き合いいただいて感謝しています。よいお年をお迎えください。
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