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法隆寺 on 2015-12-20 その10 (最終回) 法隆寺大宝蔵院の百済観音

2016年02月03日 05時17分56秒 | 奈良情報
法隆寺訪問記シリーズの第10回です。今回は法隆寺大宝蔵院の百済観音を紹介します。
百済観音は教科書でもよく掲載されている有名な仏像ですが謎に包まれた不明な
事項が多い仏像でもあります。

このシリーズまだまだ書き足りない部分が多くありますが今回で区切りをつけ
終了します。

このシリーズで中宮寺を入れていますが法隆寺とは別の独立した寺ですので
誤解のないようにお願いします。

過去の訪問記
 第1回 法隆寺 on 2015-12-20 その1 西院伽藍

 第2回 法隆寺 on 2015-12-20 その2 西円堂

  第3回 法隆寺 on 2015-12-20 その3 東院伽藍

  第4回 法隆寺 on 2015-12-20 その4 中宮寺

  第5回 法隆寺 on 2015-12-20 その5 若草伽藍跡
  
  第6回 法隆寺 on 2015-12-20 その6 法隆寺の七不思議

  第7回 法隆寺 on 2015-12-20 その7 法隆寺金堂の仏像

  第8回 法隆寺 on 2015-12-20 その8  法隆寺金堂の外陣壁画

  第9回 法隆寺 on 2015-12-20 その9 法隆寺大宝蔵院の玉虫厨子と橘夫人厨子


上の写真が百済観音です。8頭身のスレンダーな仏像です。
像の高さは210.9cm『特別展百済観音』図録等による。「209.4cm」とする資料もあり

 出典:法隆寺図説 朝日新聞社 (1942)著作権失効


制作されたのは1350年ほど前すなわち飛鳥時代、7世紀前半〜中頃とされて
いますが、江戸時代まで法隆寺の記録に残っていません。
元禄11年(1698年の『法隆寺諸堂仏躰数量記』に「虚空蔵立像 長七尺五分」と
記載されているのが初出の文献です。

百済観音という名前について、明治時代まで法隆寺ではこの像を観音ではなく
「虚空蔵菩薩」と呼んでいた明治44年(1911年)になって、寺内の土蔵から
百済観音像の宝冠が新たに発見され、その宝冠の正面に阿弥陀如来の化仏(
けぶつ、小型の仏像)が刻まれていることから、寺側でもこの像を「観音菩薩」
と認めざるをえなくなったそうである。










上の写真は2016年1月3日(8:15~10:15)にNHKテレビで「究極ガイドTV 
2時間でまわる法隆寺」を放送されていた百済観音像です。

同じく2016年1月3日(8:15~10:15)にNHKテレビで「究極ガイドTV 
2時間でまわる法隆寺」からですが百済観音が1997年6月にフランスの
ルーブル美術館に出展されたことお返しとして仏からはドラクロワの絵画
「民衆を導く自由の女神」が日本で展示されました。
 (下の2枚)





百済観音の安置場所も金堂、講堂、京都及び東京の帝宝博物館(現国立博物館)
宝蔵殿と転々とした平成10年(1998)大宝蔵院が完成してようやく安住の地
を得た。





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