CHIKU-CHANの神戸・岩国情報

神戸・岩国の最新情報を紹介していきます。また、最近のキーワード についてメモを作成していきます。

諏訪山温泉 常盤楼 と兵庫津 常盤花壇

2016年02月29日 05時13分11秒 | 神戸情報
神兵豪商 湊の魁」という明治15年(1882)発行の商店紹介絵図の33-34Page
に本日紹介します諏訪山温泉 常盤楼が載っていますので簡単に紹介します。


上の写真は「神兵豪商 湊の魁」で常盤楼が載っているページです。
右と左に別れています。小さくて読みづらいと思いますので右・左を別に添付
します。


上の写真は左側で諏訪山温泉の湯元やその西側の常盤楼が描かれています。


上の写真は右側(東側)半分で常盤東店や常盤中店が描かれています。
人がたくさん描かれており諏訪山温泉の賑わいが伝わってきます。


上の写真は常盤楼他諏訪山温泉に出店している店のリストです。


上の写真は兵庫津の会席料理を営んでいた常盤花壇です。
出典:垣貫与祐著 神兵豪商 湊の魁 Page39

また常盤楼及び常盤花壇を経営していた前田又吉についても同様に紹介します

EOひかり制作の歴史ろまん紀行2014年2月7日(金)~2月20日(木)で
前田 又吉 ~侠気の常盤楼主~が放送されました。
解説は芦屋大学大学院 楠本 利夫 客員教授

放送内容はWebでも視聴できます(下記サイト)
 http://eonet.jp/eohikari-ch/rekishiroman/

前田又吉が神戸の発展に寄与した業績は数多く神戸の歴史で忘れては
ならない人物である。

まず前田又吉について彼が興した京都ホテルのグループ(現在の京都ホテルオークラ
をはじめとする京都ホテルグループのHPに詳しく解説されています。
以下そのまま引用(一部加筆)させていただきます。

http://www.kyotohotel.co.jp/100th/1st_zenshi/no17.html

前田又吉(1830~93)
前田又吉は、明治26年(1893)1月12日、ついに帰らぬ人となりました。
戒名は「大功院仁徳信常居士」、64歳でした。
大阪天王寺区の源聖寺に葬られています。

前田又吉没後まもなく、友人などにより諏訪山温泉の敷地に銅像と顕彰碑
が設置されました。銅像は戦争で供出され消滅さらに顕彰碑は京都ホテル
オークラ創業100年の1988年に京都に移されたそうです。


前田又吉の履歴については、詳しい記録が残されていません。わずかに、
「神戸開港三十年史」(明治31年刊)と「神戸市史」(大正10年刊)、
それに戦後のことになりますが、神戸新聞に連載された「海鳴りやまず 
近代史の主役たち」(昭和52年刊)などにその名が見える程度で、
あとは断片的な資料が一、二散見されるだけです。
大阪の裕福な家に生まれて、若い頃は遊興に身を持ち崩したといいます。
貧乏して兵庫の佐比江にあった米市場のあたりで、露店の煮売り屋を始めましたが、
やがて小料理屋を開くようになりました。
小料理屋はその味が評判となり明治初年、花隈で料亭「常盤花壇」に発展
していきます。花隈には旧三田藩主・九鬼隆義の別邸があり、お殿様が前田を
ヒイキにしたということです。北風正造・神田兵右衛門・藤田積中といった
地元名士と交わりが始まりました。明治6年(1873)、諏訪山に鉱泉が出るのに
目をつけ、土地を借りて「常盤花壇」をここに移し「常盤楼」と名付けました。
温泉料亭です。資金は九鬼が出したといいます。同15年ごろには「常盤花壇」
は東・中・西の三店に増え、いずれも身内の者に営業させたようです。
自分は宇治川にも「常盤」をつくり経営にあたりました。

以下略

京都ホテルオークラに下記の又吉泉記という記念碑が残されています。
上記の京都ホテルグループのサイト
http://www.kyotohotel.co.jp/100th/1st_zenshi/no17.html
より再度引用させていただきます。


『又吉泉記』

神戸の諏訪山に霊泉が涌いた。英国人某が、これを鉱泉として利用することを
すすめたが、誰も信用しなかった。ただひとり前田又吉が、資産を注ぎ込み、
荒れ地を拓いて酒楼を建て庭をつくって温泉料亭をひらいた。
おかげで、人も住まなかった地が、数年のうちに、繁華な地になった。

これみな、前田又吉の功績である。この泉を又吉泉と名付けることとした。

一六居士巌谷修撰書  明治15年10月


諏訪山にある山手大学が須磨山温泉についてまとめており下記のPDFファイル
の10ページ目に諏訪山温泉「常盤楼」の絵を掲載しています。


出典:豪商神兵ー湊の魁
http://www.kobe-yamate.ac.jp/library/suwayama/pdf/suwayama23.pdf





諏訪山温泉について
明治30年(1897)四月発行の「神戸名勝案内記」に記載があります。


「諏訪山温泉
 山元通り四丁目字諏訪山にあり浴場の構造は凡そ布曳(ぬのびき)に同じく
亦相似たり主治効能は痛風、僂麻質斯、胃病、瘰癧等に効験多し、場内二基の
碑あり一基には一六居士巖谷翁の文を刻し一基の文は長與衛生局長の撰む
ところなり居士の記中英人何某の語を載せて曰く…
… 
 茶舗割烹店軒を並べ酒を呼び飯を喫する等咄嗟にして辨ぜずということなく
わけて割烹店は旅舎を兼ぬるみより浴遊の為め宿泊するも欲るままに求に應るを
常とせり其最も名あるものを常盤といひ東中西の三店に分れ其他一力、
吉田、伊村、常盤舎支店等数軒あり各樓れのれの長ずる所あるべし客も
亦好む好まざるあり其よしあしは論うべくもあらず…

明治五・六年の頃故關戸慶治氏購ひ得て更に前田又吉氏に貸し前田氏の盡力
によりて開き成せしところなり故に巖谷翁温泉の記中には又吉泉と稱し …」


上述のEOひかりの番組では
 諏訪山温泉の開発を始めたのは明治3年(1870)
 常盤楼が開業したのは明治5年(1872)と説明されていました。

同じく上記番組より前田又吉が明治21年(1888)に創業した京都ホテル
の写真を添付しておきます。(明治23年(1890)4月完成)




明治24年(1891)5月10日ロシアのニコライ皇太子は京都ホテルの
和室に宿泊されました。下の写真京都ホテルの和室があった建物(右手)





上の写真は京都ホテルに到着のニコライ皇太子及び宿泊された和室(現存)
5月11日に大津事件(ニコライ皇太子に警官が切りつけた事件)が起きています










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阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その10 全昌寺

2016年02月28日 05時58分11秒 | 神戸市以外の兵庫県
2015年12月1日、阪神尼崎の南側の寺町及び尼崎城跡を奥様と2人で
散策してきました。

本日は散策記の第10回で全昌寺を写真紹介します。
寺町には11か寺がありますが、常楽寺に訪問できませんでした。
お寺の写真紹介は今回で終了し次回(最終回)は尼崎城跡で締めくくりたいと
思っています。

過去9回の記事については下記を参照してください。

第1回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その1専念寺

第2回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その2 如来院

第3回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その3 長遠寺

第4回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その4 大覚寺

第5回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その5 法園寺

第6回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その6 善通寺

第7回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その7 甘露寺

第8回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その8 廣徳寺

第9回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その9 本興寺

全昌寺の基本情報

住所:尼崎市開明町3丁目11 TEL:06-6411-0258
宗派:曹洞宗 山号:桃源山  御本尊:釈迦如来
開基:慶長年間(1596~1615)膳所藩主・戸田氏の菩提寺として戸田甚五郎
    膳所桃木原(現・滋賀県大津市)に建立
再建:元和3年(1617)戸田氏鉄が尼崎に移封時、随伴した僧・雪山呑秀により再建





上の2枚の写真は山門


上の写真は本堂


上の写真は鐘楼


上の写真は現地の説明板

基本情報で記載した以外の事項について説明書きに書かれた内容を記します
曹洞宗の本山である総持寺(神奈川県)の輪番地寺院としてたびたび禅師を
送り出した名刹です。文政5年(1822)出火の際に貴重な記録類をはじめ
多くの品々が焼失しましたが、山門、鐘楼堂、本尊釈迦如来像、月舟宗湖筆の
観音堂扁額、十六羅漢、魚籃観音像、涅槃図は焼失を免れました。
檀家には尼崎藩旧松平家の家臣も多く、漢学者の豊島成温、内田頼重らの墓所
としても知られています。鐘楼堂は阪神・淡路大震災で被災し、再建されました。
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阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その9 本興寺

2016年02月27日 06時25分54秒 | 神戸市以外の兵庫県
2015年12月1日、阪神尼崎の南側の寺町及び尼崎城跡を奥様と2人で
散策してきました。

本日は散策記の第9回で本興寺を写真紹介します。
本興寺は京都府の本能寺、千葉県の鷲山寺、静岡県の光長寺と並ぶ法華宗
四大本山の1つです。

過去8回の記事については下記を参照してください。

第1回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その1専念寺

第2回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その2 如来院

第3回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その3 長遠寺

第4回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その4 大覚寺

第5回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その5 法園寺

第6回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その6 善通寺

第7回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その7 甘露寺

第8回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その8 廣徳寺

本興寺の基本情報

住所:尼崎市開明町3丁目13 TEL:06-6411-3217
宗派:法華宗本門流 山号:なし 御本尊:三宝尊
開基:応永27年(1420)日隆聖人に帰依した細川満元(摂津守護)

公式HP:http://www.hokkeshu.or.jp/honzan/honkoji.html


上の写真は本興寺の山門。


山門をくぐって北の方向に進むと本堂になります。本堂の右手は祖師堂。


本堂の左手の日隆聖人像。日隆聖人は、法華宗の宗祖日蓮上人の教義を正しく
教育し伝えるために三千余帖(約300巻)の御聖教を書き残しています。
また、本興寺を教学の拠点と定め、勧学院を創設し学僧の指導にあたりました。
その後も勧学院は続き興隆学林専門学校と名を改めた現在も法華宗の僧侶希望者
が集まり、日々修行と学問に励んでいます。


上の写真は祖師堂。


上の写真は現地の説明板。以下要約して記す
細川満元(摂津守護)が寄進した若宮八幡社に本興寺は建立され1430年に竣工
寺内に勧学院がつくられ法華宗門の根本道場として後継者の育成が実施された
元和3年(1617)に尼崎城築城に伴い現在地に移転

寺宝の「数珠丸(国指定重文)」は日蓮大聖人が信者から献じられ守護刀と
していた。
建造物では「開山堂(国指定重文)」は室町時代の唐様建築様式を持ち内陣には
日隆上人自ら開眼した御木像「木造日隆上人坐像」が安置。
「三光堂(国指定重文)」には三光天子(日・月・星の神)鬼子母神、三十番神
などの法華経守護の諸神が祀られている桃山時代様式の建造物。
元和3年に移築の「大方丈」も国の重要文化財に指定されています。






上の3枚の写真は開山堂と開山堂の説明書き


上の写真は鼓楼


上の写真は鐘楼。
本興寺では開山堂・三光堂・大方丈に次いで古い建物


上の写真は御霊水井戸。1420年の創建から市制上水道完備の大正5年(1916)
まで、市民の飲料として使用されていたそうです。


上の写真は開基の日隆聖人に井戸提供に対して感謝の意を書いた石碑で
大正7年(1918)に建立されたものです


上の写真は開基の日隆聖人荼毘所のお堂 荼毘塚と書かれた石碑あり




上の2枚の写真は三重塔。


上の写真は道を挟んで右手に塔頭の本成院 興隆学院 左手は大方丈、庫裏



上の写真は庫裏と大方丈


上の写真は十二世 伏見宮日承王御墓
日承王は後伏見天皇6世の皇孫伏見宮邦高親王の王子で幼少にして本能寺に入り、
天文12年(1543)43歳のとき貫主になった人物


上の写真は笠塔婆群の遠景 15世紀の造立



上の写真は子安浄行(お地蔵さん)


上の写真は境内塔頭寺院の一乗院?

境内の詳細については下記サイトが詳しい。

 http://www.mediacom-21.net/teramachi/honkoji/

 http://blog.goo.ne.jp/05100625/e/38a22de5fa50675eebe967fa2d43b2b3





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阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その8 廣徳寺

2016年02月26日 04時15分22秒 | 神戸市以外の兵庫県
2015年12月1日、阪神尼崎の南側の寺町及び尼崎城跡を奥様と2人で
散策してきました。

本日は散策記の第8回で廣徳寺を写真紹介します。

過去7回の記事については下記を参照してください。

第1回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その1専念寺

第2回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その2 如来院

第3回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その3 長遠寺

第4回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その4 大覚寺

第5回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その5 法園寺

第6回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その6 善通寺

第7回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その7 甘露寺


廣徳寺の基本情報

住所:尼崎市寺町8 TEL:06-6411-2424
宗派:臨済宗大徳寺派 山号:瑞雲山 
御本尊:釈迦牟尼仏(明徳年間(1390-94)の作) 脇仏 文殊・普賢菩薩
開基:明徳元年(1390)大徳寺の第7世の言外宗忠和尚により大物にて開創
中興:永禄年間(1558~70)、隣の栖賢寺と共に4代目住職笑嶺宗訴が再興



当日は客殿と大玄関の工事中の状態でした。


上の写真は廣徳寺の現地説明板です。

廣徳寺に関連する逸話としては

 享禄4年(1531)6月8日、細川家の後継者争いからはじまった合戦で、
 大敗し、細川晴元の武将の三善康之に捕らえられた管領細川高国は
 廣徳寺で自害しています。
  (大物くずれの戦いと呼ばれる合戦)

 天正10年(1582)中国攻めをしていた豊臣秀吉が中国大返しの途中、禅寺を
 求めて廣徳寺で休息を取った話や、明智光秀の軍勢に襲われた豊臣秀吉が、
 廣徳寺に逃げ込み、髪をそり落として僧と一緒に台所で味噌をすって追っ手の
 目を欺いた「味噌すり坊主」の逸話が伝えられています。
 その時のすり鉢とすりこ木は廣徳寺に残されています。また、歌舞伎の演目
 「絵本太功記 尼崎の段」の舞台や、豊臣秀吉公画像、朱印状、寺領目録など
 が残されるなど、豊臣秀吉ゆかりの寺としても有名です。

 徳川2代将軍秀忠の朱印状には寺領30石が安堵されていたようです。


上の写真は豊臣秀吉所縁の寺であることを示す石碑






上の写真は境内で撮ったものです。昔、使用されていた鬼瓦など・・・・




 


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須磨寺 本堂 御本尊の秘仏(聖観世音菩薩像) 特別御開帳

2016年02月25日 05時37分55秒 | 神戸情報
神戸市須磨区の須磨寺本堂 御本尊の秘仏(聖観世音菩薩像)が2月18日(木)
~2月24日(水)の期間、特別御開帳で公開され拝観してきました。

拝観日:2016年2月23日(火)

今回の御本尊御開帳は神戸市立博物館で開催(2/6~3/21)の特別展
須磨の歴史と文化展-受け継がれる記憶」に併せて実施されました。



本堂右側から中に入ります。まず、塗香(ずこう)で身を清めてから中に入ると、

中央に御本尊の聖観世音菩薩像、向かって右に不動明王像、左に毘沙門天像が
御本尊の脇侍として祀られていました。
上記の仏像を収容しているのは宮殿をかたどった仏壇で須磨寺に歴代住職が
綴った記録「当山歴代」(嘉応元年(1169)以降の記録によれば、応安元年
(1368)式部法橋長賢によって宮殿が製作されたとなっている。




上の写真は当日(2016-2-23)の本堂、大師堂、経木供養所。

上述の「当山歴代」他に書かれている御開帳の仏像と御開帳に関連する事項を
ピックアップしてみました。

淳和天皇の天長年間(824-834) 兵庫和田岬海中で発見された聖観世音菩薩
を北峰(会下山)に安置 恵偈山北峰寺が建立される

仁和2年(886)4月光孝天皇の枕元に観音様が立たれ「この地は
不浄であるから上野の地に私を遷してお祀りしなさい」とお告げになりました。
光孝天皇は直ちに聞鏡上人に勅命され上野山福祥寺(須磨寺)が草創されました。

嘉応元年(1169)源頼政が須磨寺を再興

貞応元年(1222)僧行忍が須磨寺の復興につとめ住持となる。

延文5年(1360)3月大火 本尊観音像、毘沙門天像は持ち出される

応安元年(1368)本尊安置の宮殿が造立(式部法橋長賢の作)

貞治元年(1362)須磨寺が比叡山曼殊院門跡竹の内僧正に寄付される
         僧正が須磨寺の住持となる。のち寺務職が須磨寺に返還

応安2年(1369)9月不動明王像が造立(法印康俊の作)
  上記のようにこの時代須磨寺が天台宗となった為、本尊の脇侍として
  右に不動明王像、左に毘沙門天像の天台宗方式となった。


正保5年(1648) 須磨寺本尊120年廻りの御開帳(2月-4月)
        併せて敦盛像、青葉の笛なども公開され賑わう

延宝8年(1680)正保の開帳から33年目の御開帳
   この時の御開帳の様子については「当山歴代」に詳細記録

天和3年(1683)平敦盛500回忌のため御本尊御開帳

元禄8年(1695)大覚寺で出張御開帳

正徳2年(1712)本尊、寺宝の御開帳 延宝8年以来33年目

享保18年(1733)平敦盛550年忌 追善の本尊御開帳

延享2年(1745)2月正徳2年以来33年目の本尊御開帳

寛延3年(1750)4月大雨で山崩れ 宮殿は大破 本尊や脇侍も損傷

現存の「当山歴代」は宝暦2年(1752)10月25日まででこれ以降の御開帳の
詳細は不明。33年毎には実施されていたとは思われる。




上の写真は御開帳のポスター。


上の写真は現地の看板。


須磨寺の御開帳で忘れてならないのは「福原鬢鏡」と「太夫桜」である。

福原鬢鏡(びんかがみ)は延宝8年(1680)の御開帳に際し参拝者のために
兵庫や大坂の俳人によって編集されたもので尼崎から須磨に到る道中の名所が
絵とともに紹介されています。

太夫桜には御開帳関連の俳人の句が掲載されています。


最近の本尊の開帳記録としては

開創1100年、平敦盛卿800年遠忌を記念して昭和59年(1984)

須磨寺塔頭の桜寿院、蓮生院の震災からの再建落慶時に開帳 
     平成13年(2001)or 平成18年(2006)?







 
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ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その8 カプリチョーザ 神戸モザイク店

2016年02月24日 05時46分28秒 | 神戸情報
ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ シリーズの
8回目で神戸ビアバル食堂73でのランチを写真紹介します。

訪問日:2016年2月15日(金)
ランパス有効期間:2015年11月21日~2016年2月19日

過去の訪問記

第1回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その1 海老元&Gram

第2回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その2 +medi on 2015-12-4

第3回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その3 Mosrite Cafe

第4回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その4 アールティー三宮店

第5回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その5 ボウルズキッチン

第6回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その6 神戸ビアバル食堂73

第7回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その7 サリーズキッチン

カプリチョーザ 神戸モザイク店の基本情報

住所:神戸市中央区東川崎町1丁目6−1 神戸ハーバーランドUmie モザイク1F
TEL:078-382-3056
営業時間:11:00~23:00(LO22:30)
定休日:なし


公式HP:http://capricciosa.com/


まずスープが出てきます


奥様はパスタを選択


私はピザを選択


上の写真はお店の外観

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ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その7 サリーズキッチン

2016年02月24日 05時35分07秒 | 神戸情報
ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ シリーズの
7回目でサリーズキッチンでのランチを写真紹介します。

サリーズキッチン=SALLY’S kitchen

訪問日:2015年12月15日(火)
ランパス有効期間:2015年11月21日~2016年2月19日

過去の訪問記

第1回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その1 海老元&Gram

第2回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その2 +medi on 2015-12-4

第3回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その3 Mosrite Cafe

第4回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その4 アールティー三宮店

第5回  ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その5 ボウルズキッチン

第6回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その6 神戸ビアバル食堂73



サリーズキッチン 六甲道店の基本情報

住所:神戸市灘区深田町4丁目1−39 メイン六甲Aビル 1F TEL:078-200-6690
営業時間:11:30~21:00
定休日:日曜日


ランパスメニューはハーフかつカレーオムレツ(上の写真)


上の写真はお店の外観です。


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ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その6 神戸ビアバル食堂73

2016年02月24日 05時19分49秒 | 神戸情報
ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ シリーズの
6回目で神戸ビアバル食堂73でのランチを写真紹介します。

訪問日:2016年1月15日(金)
ランパス有効期間:2015年11月21日~2016年2月19日

過去の訪問記

第1回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その1 海老元&Gram

第2回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その2 +medi on 2015-12-4

第3回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その3 Mosrite Cafe

第4回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その4 アールティー三宮店

第5回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その5 ボウルズキッチン

神戸ビアバル食堂73の基本情報

住所:神戸市 中央区北長狭通り1-1-1-B1F  TEL:078-331-3154
営業時間:12:00~23:00


阪急三宮駅高架下にあります


上の写真がランパスメニューのふわとろ玉子のオムハヤシライス。


上の写真はお店の入り口で地下に入っていきます。



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ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その5 ボウルズキッチン

2016年02月24日 05時14分32秒 | 神戸情報
ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ シリーズの
5回目でボウルズキッチンでのランチを写真紹介します。

訪問日:2015年12月18日(金)
ランパス有効期間:2015年11月21日~2016年2月19日

過去の訪問記

第1回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その1 海老元&Gram

第2回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その2 +medi on 2015-12-4

第3回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その3 Mosrite Cafe

第4回 ランチパスポート神戸三宮版(第6弾)を利用した500円ランチ  その4 アールティー三宮店


ボウルズキッチンの基本情報

住所:神戸市中央区北長狭通1-31-14 TEL:078-391-5388
営業時間:11:30~14:30 17:00~
料理ジャンル:お好み焼き、鉄板焼き、焼鳥


阪急三宮駅近くの阪急高架下にお店はあります


まずサラダとスープが出てきます。


上の写真はメインのステーキです。

柔らかくて美味しい。

最後にコーヒーもついています。

ランパスのお客様は多く並んでいる場合が多い。

 2016年2月12日(金)にもいただきました。

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pisola(ピソラ)垂水学園南町店でのランチ on 2016-2-22

2016年02月23日 04時56分51秒 | 神戸情報
2015年10月26日に開店して間もないパスタ、ピザ、リゾットのチェーン店
pisola(ピソラ)垂水学園南町店でランチをいただきましたので写真紹介します。
ピソラは大阪を中心として9店舗を展開するチェーン店です。
訪問日:2016-2-22(月)

PISOLA(ピソラ)垂水学園南町店の基本情報
住所:神戸市垂水区多聞町868-790  TEL:078-647-8582
営業時間:11:00〜24:00
料理ジャンル:パスタ、ピザ、リゾット
定休日:なし

公式HP:http://pisola.jp/
公式FB:https://www.facebook.com/pisola2010

今回で3回目の訪問です。
平日のランチ(税抜き1,100円)を注文するのは2回目


まずサラダが出てきます。


上の写真は私がチョイスした鶏と茸、野菜トマトのパスタ


上の写真は奥様が注文したリゾットでペスカトーレトマト味です

奥様は自分が選択したものに納得がいかず、また次回違うものを食べてみたいと
言っていました。

11:00の開店と同時にほぼ満席に近い状態になる人気店です。
女性客が圧倒的に多い。







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