俺もお前も人生の敗北者

とりあえず否定から入るネガティブ思考で常にB級嗜好なATOPのブログ

1+1が2

2007-03-31 10:35:04 | ATOP
なるようにしかならない。

基礎ができなければ応用もできない。

1+1が2でしかないのと一緒。

10出せる人間と1しかない人間が生み出す結果なんて決まっている。

自動的に奇跡や成功を収める人間は10出せる人間の方が当然確率が高い。

結論から言えば、なるべくしてなった。ただそれだけ。

自分自身の愚かさを理解できない人間は強くなれない。


PS 朝からメール来すぎです。

信頼と責任

2007-03-28 00:16:08 | 今日この頃
 長かった編集期間が終わります。春合宿前から考えると長かった。物理的にも、心理的にも長かった。

 私は任されていた役割、レイアウトや営業は比較的楽だったと思う。気持ちの余裕はびっくりするぐらいあった。

 でもこの編集期間で嬉しいことも多かったですが、殺意を抱くことも多々あった。

 学年があがったこともあり、当事者というより管理者にまわることが増えた。そのためもあってか、周りの無責任さを感じることが増えた。

 だからなんだと文句つけるわけではないが、結局信頼を得るかどうかはそこで決まってしまう。ただそれだけ。

そんなことを感じた編集期間でした。

それなりおれなり

2007-03-26 00:14:35 | ATOP
 いつもそうだった。いつもなにか問題があると「君は大丈夫かもしれないけど」「それはATOPだから」とか言われて腹が立つ。自分自身が特殊扱いされるのがいやだった。なんで、なんで自分だけがそう扱われて周りにあわせないといけないの?と子供のころから思ってた。それは今も変わらない。

 私は私自身を特殊とか特別だと思いたくはない。ごく普通の日本人だし、ごく普通の20歳の男だ。まして人より能力的に劣る人間だとさえ思う。私より俗に言うできる人なんて無限にいる。

私がいままで残してきたもの、つまりは学歴だったり経歴は運が大きく関係しているけれども、私なりの必死さや努力する姿勢があったから今結果として残っている。決して簡単に楽して手に入れたものではない。それは私もまわりも変わりはない。同じだ。

にもかかわらず、さっき書いたことを言われるとめちゃめちゃ腹が立つ。私ができるからできない人に合わせるということ自体が筋違いのお門違い。私ができてるのではなくて、私はできるように善処しただけで、できない人が何もしなかったというだけのこと。結局、日頃の行いが悪い。私からはそうとしかいえない。

 人間の器の大きさなんて本当にあるの?たまたま誰かと誰かを比べてどっちが優れてるかを無理して比較してるんじゃない?そんなに自虐的に考えることに意味があるの?
 
 でも比較しなければ仕方ないというのが人間の性。だったら自虐的に考えることなんてないじゃない。人と比較して自分が優れてると証明すればいい。それで満足するなら。

私は最初に言ったように特別な人間ではない。むしろ劣っている。ある意味で自虐的だ。だからこそもっとできる気がする。自分に足りない部分に向き合い、その部分を補える。人より劣っているからこそまだ自分に期待もできる。成長していく自分に自信がもてる。

 そう思ってここまできた…と言えば大げさだが、すくなくとも今はそう考えている。逆にそう考えていなかったらここまでにすらこれなかったと思う。人間不完全だから面白い。それを阿呆な意味で肯定して皆に無理強いするくずは己の愚かさに気づいていないのだろうか。

日頃の行い

2007-03-20 02:36:16 | ATOP
編集期間いいね。良い感じだね。そう思わない?

なんにせよ、他人の不幸は知りません。

だって日頃の行いが悪いんだから。それはお互い様です。

どうにかなんないんですかね、無計画な人たち。

自分自身をマネジメントできない人が

他人のことまでマネジメントできると思ってるんですか?

必死になってやっていかないと取り返しがつきません。

後悔先に立たず。まー私は楽しいのでいっこうに構わないです。

2倍

2007-03-16 12:08:58 | ATOP
今日は西新井まで行ってきます。本当に東京都なのか?

それはいいとして最近思うことは、人に施されたことは2倍返しです。

人に優しくされたなら2倍優しくしてあげればいいし、

人に無責任押しつけられたなら、2倍無責任押しつけてやればいい。

そんなことを思います。

うほーい

2007-03-14 12:40:16 | ATOP
どんなに世界が絶望に包まれても、

自分自身がやる気なら関係ないジャン。

知恵、ひらめき、創造…すべては燃料です。

落ちていく奴は落ちていけ。

私はジャンプでぶっ飛んでいくから。

必要なものなんてなんもねぇ。

指導に

2007-03-12 01:08:54 | ATOP
 こんばんは、ATOPです。特になにか書くことはないのですが、なんとなく新規投稿しています。

 この間、同期に「人の幸せを願ったことがあるか?」って聞いたら「ない」って言っていた。もちろんといってはなんだが、私もない。正直、人様の幸せなんて願ったり祈ったりなんかしているひとはまれなんではないだろうか。

 そもそも自分自身の幸せすら願ったことなどない…と思う。願うという域にまで達しないだけなのかもしれないが、自分自身が幸か不幸かなんてことをあまり意識しない。たいていの場合、不幸でなければいいや程度なものでは?

 当たり前ではあるが、人の不幸を願う人もあまりいない(汗。もちろん、まれにいるわけだが…。私の場合は他人の不幸を願わなくても、周りの人間がどんどん不幸になっていく気配を感じるのでそんなこと考えません(ぉ。

 んで、なんでこんなことを同期に聞いたかというと、「指導」というものを考えていたから。人様を指導するって言うことはどういうことかと考えていたんです。

 よく言うじゃないですか。「あなたのためを思って注意する」とか。それって本当にそう考えているのかなぁ…と思ったわけです。たぶん私は今まで誰かを思って苦言を呈してきたことはないと思う。

 結局、苦言を呈すことは自分自身のためであった気がするんです。責任回避のためとか自己防衛のためのね。誰かのためを思って何かしてきたことなんて思い当たらない。

 開き直りではないけど、生きていく上で誰かのために何かするってことは非常にまれなことなんだと思う。せいぜいそうしてあげられるのは1人か2人くらいなものなんではないだろうか。

デザイン

2007-03-08 00:30:52 | 勉強
 なにかが足りないと思って部のHPを見てました。こんばんは、ATOPです。まー何かが足りないのはHPだけの問題じゃないんですけどね(何。トップページにもう少し動きを付けても良いんじゃないかと思う。cgiスクリプトとかgifもしくはフラッシュなんか使ってね。

 そんなことはどうでも良いんです。最近はフォトショップとイラストレーターばかり使っていたら、webソースがほとんど読めなくなっている自分がいました。まーもとからそんなに読めないわけですけど(汗。

 でも確実にそこら辺にうとくなってきている…これを良い傾向と取るか悪い傾向と取るか。うーん、最低限htmlは分かっているとして、CSSとPerlとJavaは今年ちょっとずつ勉強していこう。てかそれ以前にCもか。なんでこんなコンピューターに疎いのかしら…。

 ともかくとしてフォトショとイラレは日々実践練習の末、少しずつ上達してきた。でも肝心なのは技術ではなくセンス。デザインができなければ技術があっても意味がない…厳しい世界です。

 そんなこともあり、最近はよく広告を見るようになった。スーパーのチラシとか中吊りとか雑誌の広告とか。はっきり言って素晴らしい。よく考えられている。意識してみないと気付かないところもあるのだが、非常に広告として成り立っている。

 CD、ゲームのパッケージ、webバナー、壁紙、漫画の表紙など腐るほどデザインが溢れている。これを注意深く見ると素晴らしい。文字とイラストと写真の組み合わせが良い具合にはまっている。脱帽です。

新聞ねぇ

2007-03-07 12:00:51 | 社会問題
NHK国民生活時間調査は5年おきに国民の生活時間や様々な行動の実施率(行為者率)を調査している。
1975年と2005年の30年間に、平日、新聞を読んだ者の比率が、男女別、年齢別にどう変化したかを図録にした。(http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/images/3957.gif)

1975年当時は、20代~50代の多くが新聞を読んでいたのに対して、今は、新聞をよく読むのが60代以上という状況に大きく変化したのが印象的である。青壮年が読んでいた新聞が今は高齢者が読むメディアに大きく変化したのである。

男30代は1975年に80%が新聞を読んでいたのに対して、2005年には29%しか読んでいない。当初は活字離れ、テレビの影響、そして近年はこれに加えてインターネットの影響が背景にあると考えられる。参考のために示した中間年1990データと比較すると分かる通り新聞離れはインターネットの普及した最近だけでなく、1970年代・80年代から進行してきていたのである。

これを新聞の危機と言わずして何と言おう。高齢者数が増えているので、なお国民1人当たりの時間は減っておらず、急激な購読者数の減少には見舞われていないとしても、今後は、かなり危ういことが容易に想像される。既に新聞の広告収入は減少傾向にある。

なお、男女の比較では、一般的には、男の方が女より新聞をよく読む傾向があったが、最近では差が縮まり、2005年の40代~50代ではむしろ女の方がよく新聞を読むようになっているのが目立っている。

新聞の危機は新聞の危機に止まらない。テレビ、インターネットを含んでマスコミ報道の取材能力は新聞記者とその育成システムによるところが大と思われる。新聞記者の取材能力は社会の木鐸、不偏不党、反骨といった性格をもつ歴史的な存在であり、色々問題はあるにせよ、国民からの大きな信頼を寄せられている。この根幹が失われたとき、ポリシーをもった持続的な取材能力をその他のどこに求めたらよいのであろうか。(一部略)

ソース:社会実情データ図録:http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/3957.html

チャラ

2007-03-05 11:46:47 | ATOP
 ようやく合宿も終わり、東京に帰ってきました。お久しぶりです、ATOPです。どうもスポーツ大会のせいで未だに右肩が痛いです。

 合宿云々はどうでもいいんですよ。別に合宿は合宿で、普段は普段なんだから。そんな感想を覚えます。私はいつでも私ですし、合宿で変わるとかではなくてね。いつも以上に寝ずに、いつも以上話す程度。

 感想。決意するのは構わないけど、もっとすることあるんじゃないの?って感じ。私はそういった決意を高らかと掲げるのを良しと思わないので。目標とかを掲げるのは構わないけど、思いなど掲げるもんじゃないよ。

 決意はそれぞれで持てばいい。そんなのは当たり前。具体的にどうするかの方が重要。理想だとか希望だとかちゃんちゃらおかしんですよ。ある意味ではそれがわからなければ、もう何も変わらないんじゃないかな。私はそう思う。

 関係ないですけど、理想とか希望とか私は好きじゃないんですよね。軽い。軽く感じるんですよ。というよりも変に構えているというか、単純な思考じゃない気がする。だから、理想とか希望よりも、願望とか欲望の方が単純だし信用したい。

 要するに理想とか希望なんて他力本願なんですよ。所詮あわよくば精神だよ。

 うーん、なんか拍子抜けです。人様の顔色うかがっているだけじゃなんもできんぞ。自分のケツは自分で持つしかないんだから。全て今さらって思う。必死になれば?悪いけど私はもう待たないから。

 そう。この合宿で良かったことは関係がチャラになったこと。それだけです。