yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

遠いいこえ 12

2007-07-09 12:13:26 | 創作の小部屋
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遠いいこえ
12

 房江は後部シートにもたれて大きな寝息を発てていた。
 電話はO駅の駅長からだった。
「逢沢さんのお宅でしょうか。私はO駅の駅長の木村と申しますが、加藤房江さんはお宅のお母さんでしょうか」
 ゆっくりとした丁寧な言葉使いであった。
「はい。左様でございます。もしかして母がそちらに・・・」
 育子は途中から気づいたのか声がうわずった。
「迷子と言うのもなんなんですが、迷われまして構内をうろつかれて、いいえ、歩いておられまして、階段に躓かれまして。怪我のほうはただ脛を擦りむいたと言う程度でして。今、私の部屋で休んで頂いておるのでございますが、このままずぅとお預かりしておくと言うのも何でございますから」
 受話器を持って育子はいらいらしていた。
「ご迷惑をお掛けしております。そちらにすぐに伺いますのでどうか宜しくお願いいたします」
 育子は受話器を置き深々と頭を垂れた。が、
「JRも親切になったものだわ。だけどもっと迅速に言葉を発車出来ないものかしら」
 と言って逢沢に同意を求めてきたのだった。
 駆け付けると房江は駅長室のソファに横になり眠っていた。
「今日のところは何も聞かないでそーとして置いてあげてください。よくあることですよ。生まれ育った所へ帰りたいと言う願望があって、こうして駅までは辿り着くのですけれど、どのように行っていいのか分からなくなってしまって。故郷を捨てて子供達と一緒に町に出てきたのはいいのですけれど、年を取って参りますとなじんだ生まれ故郷の空気が恋しくなりまして、ついふらふらと自分でも分からなくなって足がその方向へ向くらしいのですね。つまり子供の家出のようなものかも知れません。癖が付くのです。こうして駅長をやらせて頂いておりますと、何十人と言う御老人とお友達関係になりましてね。総て、このおばあちゃんのようにして最初は巡り合うのですけれど、何度も、いいえ何十回と言う巡り合いを重ねている御老人もおられましてね。なにか、なにかが、間違っているんでしょうか。昔はこれほどでもありませんでしたが・・・」
 駅長の穏やかな言葉が逢沢の胸を打った。


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皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・。

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。

作者のブログです・・・出版したあとも精力的に書き進めています・・・一度覗いてみてはと・・・。
恵 香乙さん

山口小夜子さん

環境問題・環境保護を考えよう~このサイトについて~
別の角度から環境問題を・・・。
らくちんランプ
K.t1579の雑記帳さん
ちぎれ雲さん

遠いいこえ 11

2007-07-09 00:05:07 | 創作の小部屋
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遠いいこえ
11

 帰ってから、退職教職員連絡協議会に入って反戦反核憲法護権の運動、環境問題、教育の改革へと生きている証として動き回っていたのよ。たけど、あんな気性だから妥協が出来なくて意見の対立が・・・。それからのことは、あなたも知っているわよね。自室に閉じ籠もり考えてばかりいた。苛立ち焦っていた。周囲の何もかもに腹を立てしゃべりまくっていた・・・。思うように進展しない運動に・・・。何時の間にか身の置き場がなくなってしまったのね。政治の駆け引きに我慢がならなかったのね、きっと。それから、心を閉ざし、貝殻のように唇を結んだの。・・・あなたの言っていることは本当のことよ。民話だって、誰に語るのでもなく自分自身に言い聞かせるために語ったんだと思うの。かあさんも心の中で繰り返し繰り返し自分が犯した過ちを・・・」
 いつしか育子は頬に幾つもの流れを作っていた。
「その運動を辞めさせてはいけなかったんだよ。なにがあっても今おまえさんが言ったように語り部として、聞いてくれようがくれまいが思いを言葉に変えて叫ぶことだったんだょ。たとえ会を辞めたにせよ、一人でもいい、辻に立ってでもいい、生きている証として語ることだったのだょ。義母さんには、義母さんには体験に基づいた行動が取れる、それを語れる唯一の言ってみれば生き証人なんだから」
「かあさんを見ていると・・・だって、いつまでいつまでも過去の足枷に縛られているようで・・・」
「わかるよ。だけど・・・」
「可愛そうだった。もうこれ以上苦しんで欲しくなかった。穏やかな老後を迎えさせてあげたかった。かあさんの苦しみを私が受け継いであげたかったのよ」
 育子は泣いていた。声が膝に落ちて畳に広がっていた。
「それは、おまえさんだけでなく生きているみんなが考えなくてはならない事なんだ。そのためにも・・・」
「かあさんに、語り部として・・・」
「いや、そうは言っていない。考える切っ掛けを作る立場にあって欲しいと言うことなんだ」
 逢沢と育子は房江の失踪のことを忘れたかのように議論に熱中していた。
 風が出たのか庭の木立が揺れ微かに泣いていた。開け放たれた硝子窓にルート2を行く車のヘッドライトの明かりが大きな星の流れのように映っていた。その明りの中に落葉がまるで花びらのように舞っていた。
 湿っぽい空気の中に乾いたベルの音が鳴り響いた。
 育子は我に返って玄関へ急いだ。


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皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・。

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。

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