湯原修一の歓喜悦慶と聊かの慷慨憂愁, etc.

いつとはなしに眠りにおち微風を禿頭に感じて目が覚める。
このような生活に変わったらブログが更新されないかもしれません。

♡ 「制法犯法」(法を作って法を犯す)

2015年06月10日 22時06分00秒 | 瓶覗色の思い[歓喜悦慶]
今日数年ぶりに懐かしい方にお会いしました。
以前、職場が一緒だった方です。

職場は東京でしたが、出身地が私と同じ熊本のOさんです。

Oさんは長年単身赴任をされていましたが
定年退職で今春郷里の熊本に帰られたとのことでした。

Oさんと酒を飲むのは何年ぶりになるのでしょうか(9年ぶり(?))

  私も誰かと一緒に街で飲むのは久しぶりです。

楽しい酒が進んだせいか(*)
ついつい減煙中の煙草も進んでしまいました。

  4月26日より始めていた減煙のルールを破ってしまいました。
  計画では、今週は1日あたり4本なんですが
  今日は数本オーバーしてしまいました(正確に数えていません)。
  (減煙を始めてから昨日までの1ヵ月以上、減煙計画をキッチリ守れていました)

    * : 本当のところは、
       飲み始める前から掟破りをする覚悟(?)をきめていました。


次のような言葉もあります。   

 ・水清ければ魚棲まず ← 諺

 ・あまりに寛容な法律はほとんど守られず
   あまりに厳格な法律は励行されない  ← ベンジャミン・フランクリン

 ・厳格な判事は、寛大な判事には勝てぬ
   厳格な正義よりも寛大な慈悲のほうがよい ← セルバンテスの諺


ルールを守ることはもちろん大切なことですが、
犠牲にするものが大きい場合は少しの違反は許されるのではないでしょうか。

  今日の私の場合は、
  「せっかくのOさんとの懇親の機会の喜びを、
   煙草を我慢することによる精神の不安定で乱したくなかった」
   ということです。
  
     ※言われるまでもなく、これは屁理屈です。


ドイツの諺に
「乗りかけた船、始めたら続けなければならない」というのがありますので、
明日からは、また減煙を再開します(今週は1日あたり4本)。  

フランスの諺にも同じような
「酒を樽から出したら、飲まなければならない」というのがあるそうで

  その意味は
   「途中までやりかけたら、最後までやる必要がある」だそうです。

  ただし、この諺には別の意味もあるようで
   「自分でしたことの報いは受けなければならない」だそうです。

    今日吸った規定本数以上の煙草のせいで
    肺癌などになりませんように ・・・
                     お願い申し上げます。


法を犯しましたが、今日は楽しかったので、
この記事を"♡"(瓶覗き色の思い[歓喜悦慶])のカテゴリーに分類しています。 

コメントを投稿