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くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

大魔人(25)

2021-07-04 19:24:50 | 「大魔人」
 ぼんやりとしたイメージでは、手を伸ばした人影が、壁に触れたまま、

「――ほう」

 と、アマガエルは思わず、感嘆の声をあげた。
 壁しかない場所に、廊下が現れた。
 廊下の両隣には、部屋に続くであろうドアが、等間隔に設えられていた。
 現実の場所であるはずがなかった。しかし、こうしてここに立っている以上、現実として、受け入れざるを得なかった。
 足音を忍ばせて、アマガエルは廊下を進んでいった。
 と、正面に見えるドアの向こうから、話し声が聞こえてきた。
 それは、耳慣れない外国語だった。
 野太い男の声は、やはり通学路で見かけた、外国人の二人組のようだった。
 扉の横の壁に背中を預け、アマガエルは、部屋の中から聞こえてくる話し声に、耳をこらしていた。

“――本当に、あの子で間違いないだろうか”

 アマガエルは、はっと息を飲んだ。それまでは、ロシア語のような言葉と、語尾が巻き舌になる英語のような外国語しか、聞こえてこなかった。
“あの子”とは、恵果ちゃんのことなのか……。

“人類の未来がかかっているからな。間違いがあって逃げられでもしてみろ。この世に地獄が現れる”

 なにを話しているのか。アマガエルには、理解できなかった。

“もう気がついただろ。なのにどうして、魔人の所在を突きとめるこの数式だけは、経典のままなんだ――”
“そんなこと、あるもんかよ。……そのためにこの半年、情報収集していたんじゃないか”

 ――半年? と、アマガエルは眉をひそめた。

“その結果どうだった――”
“……魔人の出現を予告するような現象が、間違いなく発生している”

 マジン? と、アマガエルは、じっと息をひそめた。

“――魔人に、実際にあったことがあるか?”
“……あの子を見るまでは、正直、信じちゃいなかった。数式で導かれたとおりの人間が、本当にいるなんてな”
“宣教師とは名ばかりで、実際は、転生する魔人を始末するハンターだなんて、それもおかしな話しだぜ”

「――」と、アマガエルは息を飲んだ。

“魔人に会ったことがあるヤツは、実際に手を掛ける審問官しかいないんだ。なのにおれ達が、内定をさせられている。魔人の立場になれば、一体、何度命のやり取りを経験してきていると思う? やすやすと尻尾をつかませるような、そんな簡単な存在だとしたら、人類が脅威に思うほど、大きな力なんて持っているんだろうか……”
“……審問官が来るまで、まだ時間があるんだ。本当にあの子が魔人かどうか、試すだけだよ”

 と、急に話し声が聞こえなくなった。
 アマガエルは息をひそめ、じっと部屋の中の物音に、集中していた。

「誰だ!」と、ドアが勢いよく開き、イヴァンが中から出てきた。
「――おいおい」と、ニコライが部屋の中から言った。「おまえが作った為空間に、断りもなく無断で入ってこられるヤツなんて、術の指導教官か審問官くらいのもんだろう」
「まぁ、それはそうだがな」と、イヴァンが首を傾げた。「でも確かに、誰か、おれ達以外の人間がいる気配がしたんだ」
「審問官が来る前に結果を出そうとして、焦っているだけだろう」と、ニコライは言った。
「――気のせいか」と、イヴァンは、どこか納得していない様子だった。

「ただ――」と、イヴァンはニコライに言った。

「あの子を追いかけて、知らない男が一人、あとをつけていた」
「……」と、ニコライは首をかしげた。「らしくないな。見かけはまだ“少女”の周りで、いろいろな怪現象が起こってるんだ。心配した親が少女を調べようとしても、それは普通の反応じゃないのか」
「いや、そうじゃない」と、イヴァンは首を振った。「子供の心配をするのは普通だが、あの男は、少し違う気がする」

「フフ……」と、ニコライは笑った。

「考えすぎだ。――それより早く、審問官が到着する前に、あの子の正体を暴く罠を、考えようじゃないか」

 ――――  

 まぶしそうに、まばたきをするアマガエルは、暮れかかった空を見上げていた。
 聞き耳を立てているのが見つかり、イヴァンが外に出てきた途端、あわてて移動した。
 いや、移動というよりは、無我夢中で、水溜まりに落ちようとしたところを、ジャンプして避けたような感じだった。
 やってきた場所は、ビルの屋上だった。
「――」と、アマガエルは、ほっと息をついた。
 正直、危なかった。
 人為的につくられた空間は、立ち入るのも難しかったが、外に出るのも、一か八だった。
 いつもなら、自分の知っている安全な場所に、出てくるはずだった。しかし、今回は、まるで意識しない場所だった。
 理由はわからなかったが、おそらく上側にしか、移動できなかったのだろう。
 どんな連中を相手にしているのか。一人では、どうにもやりづらい存在なのを、アマガエルは、ひしひしと感じていた。




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