名前を聞いただけじゃ思い出せないけど、顔を見ればわかるんだろうなぁ――と、ニンジンはぽつりと言って、宙を仰いだ。
「で、どうすればいい」と、ニンジンが言うと、アマガエルは、すっくと立ち上がった。
「さぁ、それじゃ行きますか」と、アマガエルは言った。「明日は弟の10才の誕生日で、今日は、みんな家に集まっているはずなんです」
――――
玄関のドアを開けて、「ただいま」と言ったきり、先に異変に気がついたのは、恵果だった。
姉に続いて、勢いよく玄関のドアをくぐってきた真人は、そのまま進もうとして、ぎゅっと姉に腕を引っ張られ、遅れて異変に気がついた。
「――ここ、どこ」
と、真人がぽかんとして言った。
「――」と、恵果は目を見開いて、首を振るだけだった。
はっとして、恵果は玄関の外に出ようとしたが、振り返ると、ドアは跡形もなく消え去っていた。
「姉ちゃん……」と、真人が不安そうに言った。
姉弟が立っているのは、見知らぬ公園の中だった。夕暮れのような空が、互いの顔色を赤く見せるほど、淡い茜色に染まっていた。
「ここ、どこ」と、真人が言った。
「姉ちゃんも、わからないよ」と、恵果はそろりそろりと、公園の中を進んで行った。
人は、誰もいなかった。公園を囲むネットをくぐって、外に出たが、通りに出ても、左右の見える限り、人は誰もいなかった。
「どうなってるの、ここ」と、恵果は、腕をつかんで離さない真人と一緒に、人がいそうな方に向かって、進んで行った。
公園こそ、見覚えのある遊具が並び、ひょっとすると、近所の知らない場所に迷いこんだのかも、と思った。しかし、通りに出ると、はっきりと外国であることがわかった。
見慣れた住宅はなく、石を積み上げた堅牢な壁に、赤っぽいレンガ色をした屋根の家が並んでいた。足元の道路も、アスファルトの一様な路面ではなく、丸みを帯びた石を敷き詰めた、ゴツゴツと凹凸のある石畳が続いていた。
見たことのない公園の外に出ると、やはり見たことのない街が、広がってた。
がらんとした街に、人の姿は見あたらなかった。通りを走り過ぎていく車も、一台もやってこなかった。なのに、なぜか路上には、縦列駐車の車が、何台も列になっていた。
姉弟は不安のまま、互いの手を繋いで、人を探し続けた。
店らしい建物を見ても、明かりは点いているのにもかかわらず、立ち寄るどの店も、出入り口のドアは、堅く鍵が掛けられていた。
石畳を走る二人の靴音が、建物の壁に反射して、寂しく響いていた。
短い坂を登り切ると、橋のない川が流れていた。
「向こう側には、行けないね」と、真人が確かめるように言った。
「どうしよう。夜になりそうなのに、誰もいない」と、恵果は息を切らせながら言った。「戻って、反対側に行ってみよう」
真人がうなずくと、二人は、来た道を戻っていった。
「姉ちゃん。あれ、なんて書いてあるか、読める?」と、早足を止めて、真人が指をさして言った。
「――」と、恵果は指をさした方を見ると、片方が剥がれたポスターがあった。
二人は、もっと近くに寄って見ると、それは、テーマパークのポスターのようだった。
いくつものパビリオンが要所に設けられ、それぞれが違う内容のアトラクションを開催している、といった絵が描かれていた。
「何語かわからないけど、この赤い印って、今いるところじゃないの」と、真人が言った。
「いつのポスターかわからないけど、この地図って、正しいのかな?」と、恵果は言った。「これって、テーマパークの地図でしょ。この街が、テーマパークの中ってことに、なるんじゃないの」
「じゃあ、ぼく達、テーマパークの中にいるってこと?」と、真人が言った。
「うん」と、恵果はうなずいた。「もう、閉まる時間だから、誰もいないのかな」
恵果は振り返って、周囲を見回した。
「――本物の、街みたいだね」と、真人が言った。
うん――と、恵果はうなずくと、真人と手を繋いで、通りの先に歩いて行った。
ブーン――……
と、どこからか、くぐもったサイレンのような、低い音が聞こえてきた。
立ち止まった二人は、宙を見ながら、耳を澄ませた。
「――どうしたの」「なんだろ」と、二人は、繋いだ互いの手を、強くつかみ合った。
「もしかして、閉園の合図かな」と、恵果は思いついたように言った。
「まずいよ、お姉ちゃん」と、真人が強く手を引っ張った。「早く出入り口を探さなきゃ、閉じこめられちゃうよ」
「急ごう――」
と、二人は走り出した。しかし、出入り口がどこにあるのか、二人は知らなかった。出入り口があるのかすらも、もちろん二人は知らなかった。
とりあえず走って、姉弟は大きな道路に出たが、どこを見ても、人の姿はなかった。
「前」
「次」
「で、どうすればいい」と、ニンジンが言うと、アマガエルは、すっくと立ち上がった。
「さぁ、それじゃ行きますか」と、アマガエルは言った。「明日は弟の10才の誕生日で、今日は、みんな家に集まっているはずなんです」
――――
玄関のドアを開けて、「ただいま」と言ったきり、先に異変に気がついたのは、恵果だった。
姉に続いて、勢いよく玄関のドアをくぐってきた真人は、そのまま進もうとして、ぎゅっと姉に腕を引っ張られ、遅れて異変に気がついた。
「――ここ、どこ」
と、真人がぽかんとして言った。
「――」と、恵果は目を見開いて、首を振るだけだった。
はっとして、恵果は玄関の外に出ようとしたが、振り返ると、ドアは跡形もなく消え去っていた。
「姉ちゃん……」と、真人が不安そうに言った。
姉弟が立っているのは、見知らぬ公園の中だった。夕暮れのような空が、互いの顔色を赤く見せるほど、淡い茜色に染まっていた。
「ここ、どこ」と、真人が言った。
「姉ちゃんも、わからないよ」と、恵果はそろりそろりと、公園の中を進んで行った。
人は、誰もいなかった。公園を囲むネットをくぐって、外に出たが、通りに出ても、左右の見える限り、人は誰もいなかった。
「どうなってるの、ここ」と、恵果は、腕をつかんで離さない真人と一緒に、人がいそうな方に向かって、進んで行った。
公園こそ、見覚えのある遊具が並び、ひょっとすると、近所の知らない場所に迷いこんだのかも、と思った。しかし、通りに出ると、はっきりと外国であることがわかった。
見慣れた住宅はなく、石を積み上げた堅牢な壁に、赤っぽいレンガ色をした屋根の家が並んでいた。足元の道路も、アスファルトの一様な路面ではなく、丸みを帯びた石を敷き詰めた、ゴツゴツと凹凸のある石畳が続いていた。
見たことのない公園の外に出ると、やはり見たことのない街が、広がってた。
がらんとした街に、人の姿は見あたらなかった。通りを走り過ぎていく車も、一台もやってこなかった。なのに、なぜか路上には、縦列駐車の車が、何台も列になっていた。
姉弟は不安のまま、互いの手を繋いで、人を探し続けた。
店らしい建物を見ても、明かりは点いているのにもかかわらず、立ち寄るどの店も、出入り口のドアは、堅く鍵が掛けられていた。
石畳を走る二人の靴音が、建物の壁に反射して、寂しく響いていた。
短い坂を登り切ると、橋のない川が流れていた。
「向こう側には、行けないね」と、真人が確かめるように言った。
「どうしよう。夜になりそうなのに、誰もいない」と、恵果は息を切らせながら言った。「戻って、反対側に行ってみよう」
真人がうなずくと、二人は、来た道を戻っていった。
「姉ちゃん。あれ、なんて書いてあるか、読める?」と、早足を止めて、真人が指をさして言った。
「――」と、恵果は指をさした方を見ると、片方が剥がれたポスターがあった。
二人は、もっと近くに寄って見ると、それは、テーマパークのポスターのようだった。
いくつものパビリオンが要所に設けられ、それぞれが違う内容のアトラクションを開催している、といった絵が描かれていた。
「何語かわからないけど、この赤い印って、今いるところじゃないの」と、真人が言った。
「いつのポスターかわからないけど、この地図って、正しいのかな?」と、恵果は言った。「これって、テーマパークの地図でしょ。この街が、テーマパークの中ってことに、なるんじゃないの」
「じゃあ、ぼく達、テーマパークの中にいるってこと?」と、真人が言った。
「うん」と、恵果はうなずいた。「もう、閉まる時間だから、誰もいないのかな」
恵果は振り返って、周囲を見回した。
「――本物の、街みたいだね」と、真人が言った。
うん――と、恵果はうなずくと、真人と手を繋いで、通りの先に歩いて行った。
ブーン――……
と、どこからか、くぐもったサイレンのような、低い音が聞こえてきた。
立ち止まった二人は、宙を見ながら、耳を澄ませた。
「――どうしたの」「なんだろ」と、二人は、繋いだ互いの手を、強くつかみ合った。
「もしかして、閉園の合図かな」と、恵果は思いついたように言った。
「まずいよ、お姉ちゃん」と、真人が強く手を引っ張った。「早く出入り口を探さなきゃ、閉じこめられちゃうよ」
「急ごう――」
と、二人は走り出した。しかし、出入り口がどこにあるのか、二人は知らなかった。出入り口があるのかすらも、もちろん二人は知らなかった。
とりあえず走って、姉弟は大きな道路に出たが、どこを見ても、人の姿はなかった。
「前」
「次」