「なぁ、おまえ本当に、まことか?」と、ニンジンは言った。「知ってる“まこと”と、なんか、ぜんぜんイメージが違うんだけど」
と、ニンジンと目が合った恵果は、いやいやと首を振った。
「そうだよ。俺はマコトだ」と、真人が自分を指さして言った。「ただし、元――な。今は蘇った、大魔人様だ」
「――」と、ニンジンは、ぽかんと口を開けて聞いていた。「おい。あんまり人をからかうと、暴力は好きじゃないが、頭にゲンコツを食らわすぞ」
「なんだと」と、真人が、怒ったように言い返した。
「やめて!」
恵果が言うと、睨み合っていた二人は、気まずそうに、黙って顔をそむけた。
「早く、ここから出なきゃ」と、恵果は言った。「でしょ。お母さんだって、心配してるはずなんだから」
「そうだろうな」と、ニンジンは、ズボンの埃を払いながら言った。「さっき家に行ったときは、二人ともまだ帰っていないって、言ってたしな」
と、斜めになって止まった車の下から、ゴリゴリゴリ……と、硬い岩をこすり合わせるような、耳障りな音が聞こえてきた。
「――なんだよ。噴水でも踏んづけてたのか」
ニンジンが言うと、姉弟が首を振った。
「だめ。早く逃げなきゃ」と、恵果がニンジンの腕を引いた。「車が落ちてくる前、私達、岩の巨人に追いかけられてたの」
「ゴーレムだな」と、真人が言った。「こそこそ隠れた術者がそばにいて、バラバラになった体を、再生しやがったんだ」
「逃げるったって、どこに行けばいい」と、ニンジンは、きょろきょろしながら言った。「今来たばっかで、右も左もわからんぞ」
「――ちっ」と、真人が舌打ちをして言った。「盾が増えたのはうれしいが、足手まといはごめんだぜ」
「誰が“縦”だって」と、ニンジンが言い返した。「わかるように言えよ。なにが言いたいか、意味がわからねぇ」
“車を使って”
「は?」と、ニンジンは足を止めて、耳を澄ませた。
「どうしたの……」と、恵果がニンジンの顔を見上げた。「あっ。なんか声が聞こえる」
「誰だ?」と、ニンジンが言った。「どっから話してるんだ」
ゴゴゴゴ……と、次第に大きくなっていく音と共に、足元の地面が揺れ始めた。
“車です。車を使って”と、かすかな声が言った。“さっき、キーを渡したでしょ”
「おっと。そうだった」と、ニンジンは後ろを振り返り、自動車に飛び乗った。
「おまえ達も、車に乗るんだ」
言うより早く、姉弟は自動車に駆け寄った。
「なんだこの車。助手席のドアがないじゃないか――」と、真人が背負っていたランドセルを下ろしながら言った。
「落ちたときに引っかけたんだろ」と、ニンジンは慌てて車のキーを差しこみ、エンジンをかけた。「シートベルト巻いときゃ大丈夫だって。振り落とされなきゃな」
「――いいか、行くぞ」
と、ニンジンは姉弟が車に乗ったのを確認すると、アクセルを勢いよく踏みこんだ。
「笑えねぇぞ」と、車が急発進すると同時に、真人がシートベルトをつけ終えた。
キュルルルル――……
と、ボデーのあちらこちらを凹ませた車が、焦げた匂いと共にドリフトし、道路を走り出した。
ハンドルを握るニンジンがバックミラーを見ると、姉弟が言っていたとおり、ゴツゴツとした岩の巨人が、にょきりと立ち上がって、自動車の方を振り向いた。
「なんだあの怪物」と、ニンジンは驚いたように言った。「ほんとに生きて動いてんのか」
「俺様に天敵の姿を見せて、驚かせようって腹なんだろうが、フン。教科書どおりのやり方だね」と、真人が後ろを振り向いて言った。
「おい。あいつ、追いかけて来るぞ」と、ニンジンは、急にハンドルを切って曲がった。
“うまく逃げられたようですね”
と、車の天井から、声が聞こえてくるようだった。
「おい、坊さん」と、石畳の道路で、不規則に揺れる車を操作しながら、ニンジンが言った。「とりあえず逃げたが、どうすればいい? 妙な巨人が追いかけてきてるんだ」
――だいたい、この街に出口はあんのか。と、ニンジンは、行き止まりで車を止めると、Uターンをして、また走り始めた。
“人が作った偽物の空間だから、こちらが圧をかけてやれば、どこか出入り口が見つかるはずですよ”と、姿の見えないアマガエルが言った。“車が屋根と衝突する前に、とっさにドアをクッション代わりにして、助かりました。もしやとは思いましたが、耳を近づけたら、そっちの声が聞こえてきたんです”
「前」
「次」
と、ニンジンと目が合った恵果は、いやいやと首を振った。
「そうだよ。俺はマコトだ」と、真人が自分を指さして言った。「ただし、元――な。今は蘇った、大魔人様だ」
「――」と、ニンジンは、ぽかんと口を開けて聞いていた。「おい。あんまり人をからかうと、暴力は好きじゃないが、頭にゲンコツを食らわすぞ」
「なんだと」と、真人が、怒ったように言い返した。
「やめて!」
恵果が言うと、睨み合っていた二人は、気まずそうに、黙って顔をそむけた。
「早く、ここから出なきゃ」と、恵果は言った。「でしょ。お母さんだって、心配してるはずなんだから」
「そうだろうな」と、ニンジンは、ズボンの埃を払いながら言った。「さっき家に行ったときは、二人ともまだ帰っていないって、言ってたしな」
と、斜めになって止まった車の下から、ゴリゴリゴリ……と、硬い岩をこすり合わせるような、耳障りな音が聞こえてきた。
「――なんだよ。噴水でも踏んづけてたのか」
ニンジンが言うと、姉弟が首を振った。
「だめ。早く逃げなきゃ」と、恵果がニンジンの腕を引いた。「車が落ちてくる前、私達、岩の巨人に追いかけられてたの」
「ゴーレムだな」と、真人が言った。「こそこそ隠れた術者がそばにいて、バラバラになった体を、再生しやがったんだ」
「逃げるったって、どこに行けばいい」と、ニンジンは、きょろきょろしながら言った。「今来たばっかで、右も左もわからんぞ」
「――ちっ」と、真人が舌打ちをして言った。「盾が増えたのはうれしいが、足手まといはごめんだぜ」
「誰が“縦”だって」と、ニンジンが言い返した。「わかるように言えよ。なにが言いたいか、意味がわからねぇ」
“車を使って”
「は?」と、ニンジンは足を止めて、耳を澄ませた。
「どうしたの……」と、恵果がニンジンの顔を見上げた。「あっ。なんか声が聞こえる」
「誰だ?」と、ニンジンが言った。「どっから話してるんだ」
ゴゴゴゴ……と、次第に大きくなっていく音と共に、足元の地面が揺れ始めた。
“車です。車を使って”と、かすかな声が言った。“さっき、キーを渡したでしょ”
「おっと。そうだった」と、ニンジンは後ろを振り返り、自動車に飛び乗った。
「おまえ達も、車に乗るんだ」
言うより早く、姉弟は自動車に駆け寄った。
「なんだこの車。助手席のドアがないじゃないか――」と、真人が背負っていたランドセルを下ろしながら言った。
「落ちたときに引っかけたんだろ」と、ニンジンは慌てて車のキーを差しこみ、エンジンをかけた。「シートベルト巻いときゃ大丈夫だって。振り落とされなきゃな」
「――いいか、行くぞ」
と、ニンジンは姉弟が車に乗ったのを確認すると、アクセルを勢いよく踏みこんだ。
「笑えねぇぞ」と、車が急発進すると同時に、真人がシートベルトをつけ終えた。
キュルルルル――……
と、ボデーのあちらこちらを凹ませた車が、焦げた匂いと共にドリフトし、道路を走り出した。
ハンドルを握るニンジンがバックミラーを見ると、姉弟が言っていたとおり、ゴツゴツとした岩の巨人が、にょきりと立ち上がって、自動車の方を振り向いた。
「なんだあの怪物」と、ニンジンは驚いたように言った。「ほんとに生きて動いてんのか」
「俺様に天敵の姿を見せて、驚かせようって腹なんだろうが、フン。教科書どおりのやり方だね」と、真人が後ろを振り向いて言った。
「おい。あいつ、追いかけて来るぞ」と、ニンジンは、急にハンドルを切って曲がった。
“うまく逃げられたようですね”
と、車の天井から、声が聞こえてくるようだった。
「おい、坊さん」と、石畳の道路で、不規則に揺れる車を操作しながら、ニンジンが言った。「とりあえず逃げたが、どうすればいい? 妙な巨人が追いかけてきてるんだ」
――だいたい、この街に出口はあんのか。と、ニンジンは、行き止まりで車を止めると、Uターンをして、また走り始めた。
“人が作った偽物の空間だから、こちらが圧をかけてやれば、どこか出入り口が見つかるはずですよ”と、姿の見えないアマガエルが言った。“車が屋根と衝突する前に、とっさにドアをクッション代わりにして、助かりました。もしやとは思いましたが、耳を近づけたら、そっちの声が聞こえてきたんです”
「前」
「次」