クラシック好きです

交通事故でC3.C4の四肢麻痺になって
障害者施設から在宅生活に戻れた日々の出来事

現在裁判中ですが事故後失敗しないため

2011-02-16 12:10:10 | 日記
いままでの事故・裁判・施設生活等事故後の話を思い出しつつ書き、これからの話しも綴っていこうと思いますが、度々同じような話しになったとしても多目にみてあげてください。

さて本日は事故の話を

事故の内容を口だけで警察に話す(調書を取る)ときが来るのですが、わたしの場合集中治療室から一般病棟特別室に移動した頃だったと思います。
事故日が七夕で調書は9月だったのでかなり警察や加害者に気を使って事故処理を終えようと思ったらしい。今考えたらもっと体力がつくまで放置してても全く問題なかったと思います。

その当時のわたしは二ヶ月にわたって流動食と点滴だけで暮らしてましたので20キロ以上体重が減っていて首から下がボロ雑巾のように見えるくらいでしたし、両足は骨と皮状態・・こわれた熊のぬいぐるみ状態です。
調書は加害者のはすでに取ってあり、というか事故当日終わってるものですよね、それでわたしの話を聞いてくれるのですが、わたしは喉から人工呼吸器が取り付けてあるのでほぼ口パクでハイとイイエしか話せませんベッドのギャッチも30度前後しかあげられないし、それ以上あげると起立制低血圧で意識がなくなる様な体力しかありませんが、一生懸命以下の事をはなします。

①当日時間に余裕があったので交通ルールを守ってのんびり南に向かってバイパスを走っていました。
②事故現場前の信号で一台の車に追い付きましたが大人しく車の後ろに並んでいました。
③青信号で発信した後もキープレフトで車間しっかりとり先行車の流れに合わせて走りました。
④先行車が左のショッピングセンターに入るためにウインカーを出して左により減速し始めたので私はキープレフトから走行斜線の真ん中に走行ラインをずらして速度をキープしました。
⑤被告は片側一車線中央に導流体があるこのバイパスの真ん中である導流体を後続車に追いかけられる化のように走ってきました。
⑥先行左折車が駐車場入り口に減速して回るのとわたしがその場所真っ直ぐとおりすぎるタイミングがかさなるというのと加害者がわからは右折禁止だと言うことは勿論タイミングでも曲がれないことが明らかだったのに無謀にもいきなりウインカーも出さずに曲がってきたが先行左折車がいるためわたしの走行斜線で急に減速するような形になったために起きた事故です。
⑦左には先行左折車、右から加害者とさらに右に加害者を追っかけてるかのような後続車がいたためにどちらにも避けられませんでした。

等の会話を上の状態の体力で話したのにも関わらず、一週間後に再びやって来たお巡りさんが前後の車は取り上げないほうが無難ですよ!と・・・どうも加害者の調書に合わせて書き上げようとしたらしい。

被告の単なる前方不注視による事故で、わたしがぶつかるまでわたしに気がつかなかった。
などと調書に書いてありました。

そのころ被告は一般病棟に移動した私を見舞いに来て
入り口に直立して大粒の涙を流しつつ

「事故はわたしが全て悪い全て責任はとります」

と二度来て二度同じことを言い二度とも泣いてましたが、自分がいかに回復するかで頭が一杯で顔もみたくない状態だったので度々来ても困るといったきおくがあります。



さて長々かきましたが

○被告が全て自分が悪いと話しただけでは証拠にならないので、かならず書類を作るか録音しておくことです。

わたしの被告は刑事裁判を実兄1年4か月執行猶予3年と判決が出た後「保険屋さんが自分が全て悪いなど言うなって言われたので全て悪いとは言えません」と言われました。

吃驚♪

○警察の調書は証拠になってしまいますので妥協は絶対しないことです。妥協したぶんだけ自分の不利になります。くれぐれも慎重に。

○それと追加ですが自営業の方は正直に申告しましょう!逸失利益の計算に響きます。
わたしは教室運営してたのですが・・・・・がっくりです。


幸い被告は調書と刑事裁判で違う発言してたり、四回目見舞いに来たときビデオ撮ってあり調書と違う発言してたりするので是非とも0:10を狙っていこうと気合い入れてる今日この頃です。

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