芸能に倫理を求めると、芸能は衰退する というのが私の思いです。
日本という国が、ヨーロッパの論理で動くのであれば、近年のSDGSや性多様性の流れをうけた芸能活動が求められるでしょう。
古今東西、昔から芸能は、飲む・打つ・買うの世界の入り口、あるいはそのものだったわけです。カジノにショウタイムは必須です。エンタテイメントとか立派なカタカナ語でごまかしていますが、よく考えてください。
喜多川氏の性癖と性嗜好は周知の事実だったはずですが、芸能リポーターもテレビ局製作スタッフも舞台のプロダクションも罪は深い。
西側諸国の哲学は、フランス人権宣言にあります。よく読むといい(高校の世界史で習ったはず)ですが、この教えに準拠すると
・この芸能事務所は解体。
・個個のタレントの罪は問いませんが、出演は中止。
・公演もアウト
ヒューマンライツを人権という漢語に置き換えてごまかしてきたつけか、もともとある日本人の長いものには巻かれる性向か、いずれにせよですね、落語家が不倫して謝罪させてきたテレビ関係の人々、どうか、ジャニーズに突撃取材してください。底辺の芸人にも倫理問うならトップタレントはもっと断罪されねばならないはずですが。