損害保険契約における「偶然性」の多義性

2019-09-20 20:20:21 | 交通・保険法

2023-02-20追記。

2024-06-24追記

【例題】Xは、Y社(保険者)との間で、自動車甲を被保険自動車とする自動車保険を契約している。この度、Xは、Yに対して「甲を運転して堤防道路を走行中、ハンドル操作を誤って堤防下に転落し、甲が全損した」と申告し、車両保険金を請求した。

 

[契約成立要件としての「偶然性」]

・損害保険契約は「保険契約のうち、保険者が一定の偶然の事故によって生ずることのある損害をてん補することを約するもの」と定義される(保険法2条6号)。ここでいう「偶然(accidental)」とは、契約成立時に事故の発生(不発生)が未だ確定していないことを意味する(最一判平成18年6月1日民集第60巻5号1887頁[自家用自動車自動車総合保険:水没事故事案])。すなわち、すでに発生している事実(or不発生が確定している事実)を保険事故とする損害保険契約は成立しない。□江頭433、解説174、新しい5

・自動車保険(車両条項)のようなオールリスク担保型の損害保険では、保険事故を「衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、洪水、高潮その他の偶然な事故」などと定義する。この「約款が定義する<偶然>」は、「保険法が規定する<偶然>」と同趣旨だと解されている(前掲最一判平成18年6月1日)。□解説174

・保険金請求権の請求にあたり、請求者は保険事故に該当する事実の立証責任を負う。例えば、「盗難:第三者が自動車を持ち去った」「自損事故:被保険者が運転していて事故をした」となろうか。類型毎に立証が求められる事実の範囲を実務的に検討したものとして、吉野参照。□江頭464、吉野234-51

・他方、請求者は「保険契約の成立」と「保険事故の発生」の立証責任を負うものの、「偶然性」の立証までは要求されない(最二判平成16年12月13日民集第58巻9号2419頁[店舗総合保険:火災事故事案])(※)。保険料領収前免責条項との関係では、(初回)保険料支払時期と事故発生時期の前後関係も問題となろう。□江頭433、山下300-1、アルマ136-7

※請求者の主張に対しては、保険者が「保険事故が偶然でないこと=保険契約成立時に事故発生が確定していたこと」を事実上立証すべきことになるのか。もっとも、具体的にはどのような事情か?

 

[免責事由としての「偶然性」(故意、偶発性)]

・「偶然性」という用語は、被保険者の故意によらない(偶発性)という意味で用いられることもある。2つの意味の「偶然」を散漫と使用している文献もあるので、読解するときは要注意(例えば、加藤新太郎ほか『裁判官と弁護士で考える保険裁判実務重要論点』[2018]pp73-89の記述は実にわかりにくい…)。

・旧商法(641条)や約款の解釈として、請求権を障害する「被保険者の故意重過失」(保険法17条1項)は、保険者側が主張立証すべき抗弁事由となる(最一判平成18年9月14日集民221号185頁[テナント総合保険:火災事故事案])。□江頭464-5

 

[参考:傷害疾病定額保険における「偶然性」]

・傷害疾病定額保険契約は「保険契約のうち、保険者が人の傷害疾病に基づき一定の保険給付を行うことを約するもの」と定義される(保険法2条9号)。これを受けて、損害保険会社の約款では保険事故を「急激かつ偶然な外来の事故」と定義する一方、生命保険会社では「不慮の事故=急激かつ偶発的な外来の事故、かつ、昭和42年12月28日行セ管理料告示152号に定められた分類項目中●のもの」と定義されることが多い。□江頭534-5

・ここでいう「偶然」は、(損害保険契約の成立要件である「偶然=契約時に発生が未確定」ではなく)「偶然=非故意」との意味である。したがって、傷害疾病定額保険契約に基づいて保険金請求を試みるものは、「事故発生の非故意性」まで立証しなければならない(最二判平成13年4月20日民集第55巻3号682頁[生保険会社の災害割増特約における災害死亡保険金:高所からの転落事故事案]最二判平成13年4月20日集民202号161頁[損保会社の普通傷害保険契約:高所からの転落事故事案])。この理解からは、同保険の故意免責規定は独自の意味をもたない(単なる注意的規定にとどまる)。□江頭534-5

 

「自動車保険の解説」編集委員会『自動車保険の解説2017』[2017]

江頭憲治郎『商行為法〔第8版〕』[2018]

山下友信『保険法(上)』[2018]

吉野慶「車両保険における外形的事実の主張立証責任」保険学雑誌642号223頁[2018]

山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲夫『保険法〔第4版〕』(有斐閣アルマ)[2019]

中出哲・中林真理子・平澤敦監修/公益財団法人損害保険事業総合研究所編『新しい時代を拓く損害保険』[2024] ※2024-06-24追記

コメント    この記事についてブログを書く
« 2度目の有罪判決を受けるとき | トップ | 糖質制限食の再開 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

交通・保険法」カテゴリの最新記事