車両保険金請求訴訟の審理

2023-05-27 10:52:55 | 交通・保険法

2024-08-05追記。

【例題】Xは、「自家用車甲を運転している際、脇見運転をしてガードレールに接触して甲が損壊し、自身も負傷した」と申述し、甲に付保された自動車保険の保険者Yに対して、車両保険金と人身傷害保険金を請求した。Yが各保険金の支払を拒んだため、Xは、Yに対する車両保険金等請求訴訟を提起した。

《損害保険契約における「偶然性」の多義性》《被保険者の重過失免責》

 

[保険事故]

・各保険会社が定める約款(車両条項)では、車両保険の保険事故を限定せずに「偶然な事故」と規定し(オールリスク保険)、その例示として「衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、洪水、高潮」を列挙する。□一般社団法人日本損害保険協会ウェブサイト、東京地P(下)5、坂東435

・保険事故の立証責任を負う請求者としては、まず、約款が挙げる例示のうちどの類型の事故に該当するのか(orどれにも該当しないならばいかなる類型か)、の特定が求められる。その上で、各類型毎に要求される主張の詳細度の検討を要するところ、盗難以外の類型ではいまだ定説がない(たぶん)。□吉野243、山下丈ほか編424〔秋元大介・村山琢栄〕

・盗難:「被保険者の占有する被保険自動車が当該場所に置かれていたこと」「被保険者以外の者が当該場所から自動車を持ち去ったこと」という2つから構成される(最三判平成19年4月17日民集61巻3号1026頁最一判平成19年4月23日集民224号171頁)。

・いたずら傷(蛮行):「被保険者以外の者が傷をつけたこと」の立証を要するとする裁判例(盗難判例拡張肯定説)、立証責任を負わないとする裁判例(拡張否定説)、とに分かれている。□坂東439-41、吉野227-230,234-42

・衝突:裁判例は一致していない。[a]請求原因事実として「被保険自動車が損傷したこと」のみで足りるとする立場がある(大阪高判令和元年6月20日自保ジャーナル2053号163頁)。これに対し、[b-1]「何らかの事故によって被保険自動車が損傷したこと」までの主張立証を要するが、具体的な日時場所までの特定までは要求しない(=契約期間中の事故発生が言えれば足りる)立場がある。[b-2]さらに「請求者が主張する日時場所に被保険自動車が存在したこと」「請求者の主張する事故態様によって損傷が生じたこと」まで要求する立場がある(大阪高判平成24年1月14日自保ジャーナル1879号145頁)。いずれにせよ、盗難事案と比べると、車両が損傷しているという事実から、事故の発生自体は証明しやすいか。「衝突の外形的事実の存在」が一応は肯定される場合、客観的状況に照らして請求者による事故の説明は十分か、という点が故意認定の中心となろうか(たぶん)。□横路101-7、坂東441-2、吉野231-3、山下丈ほか編423-4〔秋元大介・村山琢栄〕

・いずれの見解に立ったとしても、請求者は、訴状や準備書面で詳細かつ具体的な主張をする必要があろう。□松田吉原中島252、山下丈ほか編424〔秋元大介・村山琢栄〕

 

[故意免責にいう「故意」の対象]

・分析的には「保険事故の発生→被保険者の損害の発生」との時系列となるところ、約款や保険法(17条1項)は「故意又は重過失によって生じた損害」と規定する。車両保険において、多くのケースでは「事故招致の故意」があれば自動的に「損害発生の故意」が認められるだろう(たぶん)。ただし、事故後に異例な経緯をたどったケースでは問題となりうる。□山下丈ほか編22-3〔山野嘉朗〕

・故意を直接証明することは困難だから(請求者が自認することなど考えられない)、保険者は、後述の「間接事実4項目」を総合考慮して故意の推認を目論む。

 

[重過失免責と「重過失」の意義]→《被保険者の重過失免責》

 

[間接事実4項目(※東京地P(上)15参照)]

・[1]客観的状況:車両の損傷状況、現場の状況、これらとの整合性や合理性など。全ての間接事実の中で最重要であり、当事者には工学的・物理的な視点からの立証が求められる。請求者主張が客観的状況と食い違っていれば「外形的事実の存否」が問題となろう。一応は合致しているならば「外形的事実は一応認められる上での故意重過失の有無(←作為性など)」が主戦場となろう(たぶん)。□大阪民研22,24、東京地P(下)6、松田吉原中島255-6,261-2、山下丈ほか編423-5〔秋元大介・村山琢栄〕

・[2]事故前後の言動:事故前に修理や洗車をしていたか、衝突事案であればどこからどこへ向かっていたのか、警察への届出はいつか、事故後から現在までの供述の変遷の有無、同一事故による人身傷害保険金の請求の有無(たぶん)など。いたずら傷や転落のケースではほとんどの裁判例でも言及されている、との指摘がある。客観的事情に次ぐ重みを持つことが多いか。□大阪民研22,24、東京地P(下)8、山下丈ほか編715-6〔田中敦〕

・[3]請求者の動機や属性:同種事故の経験、経済状況、交友関係など。この意義については、傷害保険や生命保険と比べて差し迫った動機がなくても故意に及びうる、いたずら傷や転落のケースでは裁判例が故意免責を認める際に動機の有無を重視していない、反対に故意性を否定するために動機の不在(=事故の不利益性)に言及されることがある、との指摘がある。私見でも、保険会社がこだわりがちな事情(=疑義を疑う端緒ともなる)であるものの、「経済的困窮しているから保険金詐欺だ」「経済的利得があるから保険金詐欺だ」という程度の荒い主張が裁判所に理解されるはずもない(たぶん)。□東京地P(下)7ー8、大阪民研23-4、山下丈ほか編715-6〔田中敦〕

・[4]保険契約に関する事情:契約の始期終期、契約内容(特に保険金額の多寡)、契約変更の有無や時期、車検満了時期など。重要度はそれほど高くないか。□大阪民研23ー4、山下丈ほか編715-6〔田中敦〕

 

[保険会社による独自調査結果の取扱い]

・通常、訴訟前段階で保険会社は独自調査を実施し、調査結果が記載された調査報告書を保有していることが多いと考えられる。他方で、請求者に当該調査結果の全てが開示されることはまずない。そこで、請求者は外形的事実や故意に関する詳細を主張する前に調査報告書の内容を把握したいと考え、反対に保険会社は請求者の詳細主張を先行させたいと考える。□東京地P(下)14ー15

・私見では、次のように考えるべきであろう。

[1]請求者や保険会社のいずれも、「客観的状況に基づいた主張立証で勝負する」と自覚すべきである。

[2]請求者は、自身が経験した「外形的事実や故意に関する詳細」を早期かつ自発的に主張するのが望ましい。特に保険会社から求釈明が出ているにもかかわらず、特段の理由もなくこれを拒めば、裁判官に不信を抱かれても仕方ない。□横路107

[3]保険者は、請求者の主張が不足していると考えれば早期に求釈明を行い、請求者から一応の主張が出された時点で、調査報告書の提出も踏まえた具体的反論(外形的事実の積極否認、故意重過失の本証)をすべきである。「調査報告書の後出し」にこだわって瑣末な事項の求釈明に固執すれば、やはり裁判官の心証を悪くすると考えるべきである(時機後れ却下もありうる)(※)。

※大阪民研41(岡原剛裁判官):「(探索的な対応をとる保険会社に対して)支払請求を拒絶したことが、客観的な証拠に基づいてされているのか、あるいはそういう当事者のやり取りの延長だけでやられているのかについて、多少疑念が裁判所のほうでも生じてくる場合がある…」

※東京地裁P(下):保険金請求事件一般について、調査報告書の早期提出が望ましいとしつつ(16頁)、保険者の対応にも一定の理解を示す(15頁)。大阪民研も同様か(54頁)。

※近藤昌昭「民事事実認定の基本的構造と証明度について」判例タイムズ1481号5頁[2021]:盗難事案の審理について「保険者による反対証拠の後出し」を肯定的に述べる(11頁の脚注14)。私見では保険者に甘すぎる?

 

[最終準備書面のあり方]

・多くの事案では請求者(運転者)の尋問が実施された上で、両当事者から最終準備書面が提出されることが多いか(たぶん)。セオリーどおり、次の構成が手堅いだろう(たぶん)。□日弁連ライブ研修「裁判官に聞く主張書面のアップグレード」(2023年2月28日開催)

[1]請求者側:動かしがたい事実(客観的証拠)を基本に据え、それと請求者供述との整合を論じる。請求者供述(主張)のうちに変遷や沈黙や不自然があれば、それが大したことないことを論ずる。

[2]保険者側:動かしがたい事実(客観的証拠)を基本に据え、それと請求者供述との不整合を論じる。請求者供述(主張)のうちに変遷や沈黙や不自然があれば、それが持つ意味付け(保険事故の不存在、故意、供述全体の信用性弾劾など)を論ずる。予備的に重過失主張の展開も強調する。

[3]双方共通:最終目標は「自分ストーリーが正しい」である。「相手ストーリーは間違っている」との論述のみで足りるのか、さらに「第三ストーリーもあり得ない」との論述まで要するのかを見極める。

[4]双方共通:一刀両断的な「自分供述は全て正しい」「相手供述は全て間違っている」との立論は無意味。

 

大阪民事実務研究会編著『保険金請求訴訟の研究(判例タイムズ臨時増刊1161号)』[2004] ※平成18年以前の論考なので注意が必要だが、間接事実の具体的検討は詳細で参考になる。最新の立証責任に基づいた改訂が望まれる。

東京地方裁判所プラクティス委員会第一小委員会「保険金請求訴訟をめぐる諸問題(上)(中)(下)」判例タイムズ1397号5頁[2014]、1398号5頁[2014]、1399号5頁[2014] ※まず参照されるべき文献だが、接触事故事案の記述は薄め。

吉野慶「車両保険における外形的事実の主張立証責任」保険学雑誌642号223頁[2018]

坂東司朗「車両保険」山下友信・永沢徹編著『論点体系 保険法〔第2版〕』[2022]

山下丈・山野嘉朗・田中敦編『専門訴訟講座3 保険関係訴訟〔第2版〕』[2023] ※編集方針として明言されているとおり重複する記述が複数箇所で登場し、全792頁の割には情報量が少ないのが惜しい(半分程度に圧縮できそうに感じる)。「法理、実務、主張立証責任」という三部構成にもかかわらず、各部で繰り返し立証責任の話をしているため、全体として散漫な印象。

松田真治・吉原恵太郎・中島朋宏「保険事件ー免責事由における主張立証」小賀野昌一・浦木厚利・松嶋隆弘編著『一般条項の理論・実務・判例第2巻』[2023]

横路俊一「自動車保険における保険事故及び故意免責の主張立証」中島弘雅・松嶋隆弘編著『ケース別一般条項による主張立証の手法』[2024]※2024-08-05追記。

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