【例題】YはP株式会社の代表取締役を務めている。P社が発行する写真週刊誌「アルファ」では、タレントXの自宅の所在地が特定できる記事を掲載した。なお、P社は経営難がうわさされている。
[まとめ:会社側が加害者となる損害賠償請求の名宛人]
・行為者個人への請求:不法行為責任を追及する。□吉原407
・代表者個人への請求:不法行為責任を追及する、or会社法429条1項責任を追及する。□吉原407
・株式会社への請求:被用者の個人責任を前提とした使用者責任を追及する、or代表者の個人責任を前提とした会社法350条責任を追及する、or法人自体の不法行為責任を追及する。□吉原406-7
[代表者個人の不法行為責任]
・代表者は会社の機関であるが、個人責任を負う余地がある。□中原187
・代表者による加害行為:請求にあたっては「代表者が被害者(第三者)に向けた具体的行為をしたこと(作為or不作為)」を特定する必要がある(※)。□野上274-5
※これに対し、会社法429条責任では「会社に対する任務懈怠」の主張立証で足りる。□野上275,39
・特に「加害行為=不作為」と設定する場合、伝統的理解では作為義務を要する(裁判例の分析としても過失要件に解消できるという整理もある)。作為義務の発生根拠として、伝統的には「行為規制となる法令や通達」「契約」「条理」が挙げられてきたが、より実質的に「先行行為」「支配領域」を基準とする見解もある。□野上275,483,488-9.492-3,494-5、橋本304-7
・危機時期の商品購入事例:代表者が、当該株式会社(買主)において代金を支払う資力がないものである事情を知りながら、被用者をして第三者(売主)から物品を買い受けさせ、第三者(売主)にその代金相当額の損害を与えた事例において、代表者は第三者(売主)に対して不法行為責任を負う(最一判昭和47年9月21日集民第106号721頁)。□野上275-6
・労働問題事例:会社と従業員との間の労使トラブルにおいて、代表者の個人責任が問題となる例がある(賃金仮払仮処分命令の不履行、解雇の判断、ハラスメントの放置など)。□野上276-7,488-90,496-7
・消費者被害事例:会社と顧客との間の消費者事件において、代表者の個人責任が問題となる例がある。□野上276,496
[代表者個人の会社法429条1項責任]
・代表者個人は、不法行為責任の成否とは別に、会社法429条1項が規定する「会社への任務懈怠を理由とした第三者に対する責任」を負う場合がある。この責任は、不法行為責任ではない特別の法定責任である(最大判昭和44年11月26日民集第23巻11号2150頁)。□吉原344、江頭539-40、青野25-7
・会社に対する任務懈怠(客観的要件):法文では「職務を行うについて悪意又は重大な過失」とされているが、要するに、「代表者が会社との関係で善管注意義務や忠実義務に違反したこと=任務懈怠行為をしたこと」を意味する(最大判昭和44年11月26日民集第23巻11号2150頁)。□江頭539-40、野上38-9
・任務懈怠への悪意重過失(主観的要件):
・第三者の損害(その1)-間接損害:取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当因果関係が認められれば、「会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて第三者に損害を生じた場合(間接損害)」「直接第三者が損害を被つた場合(直接損害)」のいずれも賠償の対象となる(最大判昭和44年11月26日民集第23巻11号2150頁)。間接損害の典型例が、代表者の放漫経営等により会社が倒産して第三者=会社債権者が回収不能を被る例である。□吉原344,348-9,352-7、江頭540
・第三者の損害(その2)-直接損害:直接損害の典型例が、会社の危機時期の商品購入事例である。同時に代表者の不法行為責任も問題となりうるが(最一判昭和47年9月21日集民第106号721頁)、429条の場合は第三者への故意過失を要件としない。□吉原349-51,357-66、江頭541-2
・履行期:会社法429条1項に基づく損害賠償請求権は、期限の定めのない債務となるので、請求時に履行遅滞に陥る(民法412条3項)。訴状により請求する場合は、訴状送達の日の翌日から遅延損害金が発生する(最一判平成元年9月21日集民第157号635頁)。□野上267
・遅延損害金の利率:民法所定の法定利率(現在は3%)となる(最一判平成元年9月21日集民第157号635頁)。□野上267
[両請求に基づく訴訟提起]
・代表取締役の住所は登記事項であるため、送達場所は当該住所となるのが原則である。□野上282
・不法行為責任と会社法429条1項責任は、発生要件が異なるため両立する。2本とも定立させる場合は、選択的併合か、それとも予備的併合かを明記する。私見では「代表者から第三者に向けられた作為or不作為」が観念できるならば、シンプルに不法行為責任を選択すれば足りるか。□野上284
・「代表者個人の不法行為責任と、会社の350条責任(※)」は、連帯責任となる。□吉原407、野上519,533-4
※行為者が平取締役の場合は、文言にしたがえば会社法350条は適用できない。会社の責任追及は使用者責任による。□野上469-72
・「代表者個人の429条1項責任と、会社の350条責任」も、損害が共通する限り連帯責任となる(※)。□吉原407、野上265,519,533-4
※請求の趣旨の記載例:
1_被告Yは、原告に対し、被告P株式会社と連帯して、1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済まで年3パーセントの割合による金員を支払え。
2_被告P株式会社は、原告に対し、被告Yと前項の限度で連帯して、800万円及びこれに対する令和⚪︎年⚪︎月⚪︎日から支払済まで年3パーセントの割合による金員を支払え。
吉原和志「第429条」岩原紳作編『会社法コンメンタール9-機関(3)』[2014]
野上誠一『判例法理から読み解く裁判実務_取締役の責任』[2022]
中原太郎「第715条」大塚直編『新注釈民法(16)債権(9)』[2022]
橋本佳幸「第709条B」窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)〔第2版〕』[2024]
江頭憲治郎『株式会社法〔第9版〕』[2024]