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自動車保険の酒気帯び免責条項

2018-07-15 23:28:19 | 交通・保険法

2024-12-6追記。

【例題】Xは自家用車を運転して単独事故を起こして傷害を負い、自家用車も損傷した。Xは、自動車保険契約に基づいてP損保に対して人身傷害保険金と車両保険金を請求した。Pは、Xが事故直前に飲酒していたのではないかと考えている。

 

[保険約款の酒気帯び免責条項]

・従前の自動車保険約款では、車両保険や人身傷害補償保険等の免責事由として「酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態」との条項を定めてきた。この免責事由は、道路交通法117条の2第1号の「酒に酔つた状態=アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」を意味すると解されてきた。すなわち「道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図るため運転者に課せられている注意義務を十分に果たすことのできない心身の状態」をいうことになろう。□松居377、坂東390、田中大部124、小川268-269

・ところが、損保各社は平成16年に約款を改定し、免責事由を「道路交通法65条1項に定める酒気帯び運転又はこれに相当する状態」と改めた。これは「状態免責」であり、保険事故との因果関係を問わずに免責される。□松居377-8、坂東390-1、田中大部124、清水77

・この改定後の免責事由の意義につき、下級審裁判例が割れている状況にある。□松居377-8、坂東390-1、田中大部124

 

[裁判例の現状]

・非制限説;約款改定の経緯と改定後約款の文言に忠実な立場は、「酒気帯び免責条項=道路交通法65条1項の酒気帯び(※1)=人が身体に通常保有する程度以上のアルコールをその身体に保有していることが外観上から認知できる状態にあること」とシンプルに理解する。名古屋高判平成26・1・23金判1442号10頁〔人傷保険/結論として保険者有責〕、東京地判平成23・3・16金判1377号49頁〔自損傷害特約・搭傷保険〕などが非制限説の立場を採用した。さらに前掲名古屋高判平成26・1・23は、「酒気帯び」の程度を特に限定しないことを明らかにし、「呼気アルコール濃度0.15ミリグラム未満は非免責」との請求者側主張を退けた(それでも有責の結論とされたのは、「運転者の血液から検出されたエタノールは死後に産出された可能性が否定できない」「直前に飲酒していた事実が認められない」との事案の性質による)。□松居379-80、坂東391-2、田中大部126-7、小川267、清水77-8

※1;現行法は「酒気帯び」の程度によって効果を細分化している。[1]呼気1リットル中0.15ミリグラム未満(血液1ミリリットル中0.3ミリグラム未満);不可罰(道路交通法117条の2の2第3号、道路交通法施行令44条の3)、[2]呼気1リットル中0.15ミリグラム以上0.25ミリグラム未満(血液1ミリリットル中0.3ミリグラム以上0.5ミリグラム未満);刑事罰(道路交通法117条の2の2第3号、道路交通法施行令44条の3)かつ一般違反行為13点(道路交通法施行令別表第2の1の表、同備考2の9)、[3]呼気1リットル中0.25ミリグラム以上(血液1ミリリットル中0.5ミリグラム以上);刑事罰(道路交通法117条の2の2第3号、道路交通法施行令44条の3)かつ一般違反行為25点(道路交通法施行令別表第2の1の表、同備考2の2)。□高山81,83 →《交通通違反に対するサンクション(その1):点数制度》,《交通違反に対するサンクション(その2):交通反則通告制度》

・制限説;改定後約款の文言にかかわらず、「酒気帯び免責条項=道路交通法117条の2第1号の酒に酔つた状態=アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」と限定的に捉える。大阪地判平成21・5・18判タ1321号188頁などが制限説を採る。

・裁判例の傾向としては、「裁判例もこの立場(=非制限説)をとるものが多いように思われます」(松居)・「この立場(=非制限説)に立つ裁判例が多い」(田中大部)と評される。その一方で、「下級審判決の結論は定まっておらず…最上級審の判断が待たれるところである」(坂東)・「今後の裁判例の動向を注意する必要があります」(松居)とも留保される(※2)。□松居381-2、坂東393、田中大部126-7

※2;上記論者の慎重な言い回しにかかわらず(逃げてる?)、私見では、仮に適当な事案が最高裁に係属した場合、非制限説が採用されることは間違いないと思われる。[1]平成16年約款改正が、「酒酔いに至らない程度の飲酒」を有責とする現状を改め、飲酒運転に対してヨリ厳しい態度を採ったのは明らか。その改正意図を無視して文言から逸脱した解釈をするだけの理由がない。[2]非制限説を採ることで、飲酒運転への抑止になる(特別予防・一般予防)。[3]対人対物賠償と異なり、「悪質ドライバーとは無関係の被害者救済」を考える必要がない。→後に、私見と同旨の山下12-3に触れた。明示的に契約者保護(政令基準説)を主張するのは土岐49-58(+そこで引用される竹濵修)。なお、三宅128-30に近時の下級審裁判例が複数紹介されている。

 

[酒気帯びの認定方法]

・警察官には、アルコール保有量調査のため、飲酒検知器を用いた呼気検査(任意捜査の一つ)が認められており(道路交通法67条3項)、これを拒めば罰則の対象となる(道路交通法118条の2;最一判平成9・1・30刑集51巻1号335頁〔憲法38条1項に反しない〕参照)。被疑者が負傷して病院に収容された場合、医師等から、被疑者の血液を任意提出してもらう手法もある(強制捜査としては、鑑定処分許可状による強制採血がある)。□小川270-1、高山83

・なお、酒酔い運転罪におけるアルコール保有量の認定には「必ずしも検知器その他特別のいわゆる科学的判定法によることを要せず、事故前の飲酒量および飲酒状況等の資料を総合してこれを認定し得る」とされる(最三決昭和41・9・20集刑160号773頁)。交通捜査では「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」が使用されており、「化学判定」のみならず、「外観による判定・質問応答状況・見分の状況」から酒酔い状況が判断されている。□小川270-1、高山83、清水岡本64-6,69-70

・酒気帯び免責事由の認定においても、客観的検査結果や目撃供述があれば重要な資料となろう。客観的資料が存在しない場合、事故態様、事故後の行動、弁解の合理性、カルテの記載等といった間接事実の積み上げによって認定されることになろう。□松居382-4

・アルコールの影響は個人差が大きい。一応の目安として、上野正吉博士の提唱した上野式判定法(→詳しくはイタルダ3-7、松本博志「アルコールの基礎知識」報告書ss12)がある。例えば、体重55kgの場合「ビール2本飲酒後2時間後の呼気アルコール濃度は、0.14から0.25ミリグラム」と概算されている。□清水岡本66,383

 

小川賢一『新実務道路交通法』[2008]

清水勇男・岡本弘『全訂新版〔改訂2版〕交通事故捜査の基礎と要点』[2008]

財団法人交通事故総合分析センター・『イタルダ・インフォメーションNo.72』[2008]

『アルコール・薬物関連3学会合同飲酒運転対策プロジェクト報告書』[2011]

山下典孝「酒気帯び免責条項に関する一考察」保険学雑誌第618号1頁[2012]

土岐孝宏「酒気帯び運転免責条項の解釈」中京法学第47巻1・2合併号23頁[2012]

坂東司朗「車両保険」山下友信・永沢徹編著『論点体系 保険法1』[2014]

松居英二「酒気帯び運転免責の意義」伊藤文夫ほか編著『損害保険の法律相談1<自動車保険>』[2016]

高山俊吉『入門 交通行政処分への対処法』[2017]

田中良・大部実奈「飲酒運転事故による損害については保険金を受け取れないのですか?」加藤新太郎ほか編『裁判官と弁護士で考える 保険裁判実務の重要論点』[2018]

三宅新「酒気帯び運転免責条項の解釈と行為規範性」損害保険研究第80巻3号113頁[2018]

清水太郎「自動車保険における酒気帯び運転」保険法の実務と理論研究会編『保険法の実務と理論Q&A』[2023]


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