【例題】被害者Xは、加害者Yとの交通事故で負傷した。Xには人傷社Pから人身傷害補償保険金から給付された。Y側には対人社Qと自賠社Rがいる。
Xの主張内容;損害額400万円、Xの過失30%、受領した人傷保険金250万円
[人傷保険金の充当関係=保険代位の範囲]
・人傷保険金の給付は、被害者XにとってはYに対する損害賠償請求雨権の減少(損益相殺)、人傷社Pにとっては「XからYへの損害賠償請求権」の代位取得(保険法25条1項)、を意味する。現在の裁判実務・保険実務は次のような処理だと思われる。■三木pp411-9
→裁判基準差額説の採用(最判平成24・2・20民集66巻2号742頁参照。保険法施行前の事案だが、現行約款下でも先例性を有すると説かれる)。
→約款変更により、「人傷先行」と「賠償先行」のいずれでも結論が変わらないようにした。
→代位取得の範囲は「裁判基準損害額×被保険者の過失」と「人傷保険金」との差額となるが、この比較は損害項目ごとでなく損害総額(積算額)でおこなう。
→保険代位の対象は損害金元本のみであり、遅延損害金は含まない(前掲最判平成24・2・20)。
[自賠責保険金の奪い合い問題]
・人傷保険金を支払った人傷社Pは、直ちに自賠社Rから自賠責保険金を回収するだろう。これを加害者Y(対人社Q)から見れば「自分たちがXへの賠償をしても、自賠責保険金が奪われてしまっている」との事態になる。
→裁判実務(少なくとも現在の東京地裁民事20部)は、この場合でも被害者Xの請求額から減額(損益相殺的処理)をしない。■三木、森
→現在の自賠実務は、XYの確定判決を条件として、PQ間の自賠責保険金をめぐる問題を事後的に解決している。一方の訴外では…
[認容損害額をめぐるXPの対立]■古笛
・Xとすれば、認容額を最大にすべく損害額を最大にしたい。Xの請求がこのまま認容された場合の結論は次のとおり。
→XからYへの請求額は「400万円−250万円=150万円」。
→この場合のXの自己負担分=損害額400万円×30%=120万円。したがってPからYへの求償額は「250万円−120万円=130万円」となる。
・他方のPはどうか。人傷社の宿命として、人身傷害保険金をどれだけ支払っても、Xの自己負担分は加害者に請求できない(自賠回収は除く)。その意味で、Pとすれば「Xの自己負担分=損害額合計×過失相殺率」が小さいほど求償額が増える。すなわち、Pとすれば、「Xの過失を小さくしよう」という点ではXとの利害を同一にするが、「(Xが有過失である限り)Xの損害額合計も小さいほうがよい」ことになる。■古笛pp229-30
→損害額が350万円と減額されれば、XからYへの請求額は「350万円−250万円=100万円」となって目論見より減る。
→他方、このときのXの自己負担分=損害額合計350万円×30%=105万円。したがってPからYへの求償額は「250万円−105万円=145万円」となり、先ほどより増えてしまう。
森健二「人身傷害補償保険金と自賠責保険金の代位について」赤い本2011年版下巻p93
☆古笛恵子「人身傷害保険をめぐる実務上の問題点―裁判基準差額説のその後―」保険学雑誌618号[2012]
三木素子「人身傷害補償保険の諸問題」森冨義明・村主隆行編著『裁判実務シリーズ9交通関係訴訟の実務』[2016]p410