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弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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業務上のミスを繰り返して,会社に損害を与える。

2012-10-09 | 日記
Q27 業務上のミスを繰り返して,会社に損害を与える。

 基本的には適正な採用,社員の適性に合った配置・人事異動,十分な注意・指導・教育,人事考課,保険加入によるリスク管理等で対処すべき問題だと思います。
 業務上のうっかりミス(過失)については,損害賠償請求はなかなか認められないし,認められたとしても損害額の一部にとどまり,実際の回収可能性も低いことが多いというのが実情です。
 事前の対策としては,業務上のミスによる損害を,当該社員に対する損害賠償請求で填補できるものとは考えるべきではありません。

 懲戒処分,解雇損害賠償請求をするためには,どのようなミスを繰り返し,会社がどのような損害を被ったのかの説明ができるようにしておく必要があります。
 その都度記録を残し,始末書を取るなどして,証拠を残しておくべきです。

 社員の故意又は重過失により会社が損害を被った場合には,社員に対して損害賠償請求をすることができます。
 社員に軽過失しかない場合に損害賠償請求できるかどうかは事案次第ですが,軽過失は免責される事例が多くなっています。
 また,そもそも,就業規則に故意又は重過失により会社に損害を与えた場合には社員が損害賠償義務を負う旨の規定がある場合は,通常は軽過失は免責される趣旨と解釈されるため,故意又は重過失の有無が問題となり,軽過失の有無は問題となりません。

 社員に損害賠償義務が認められる場合であっても,賠償義務を負う損害額は損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度にとどまるため,故意によるものでない限り,社員に対し請求できる損害額は全体の一部にとどまることが多いということをよく理解しておく必要があります。
 労働契約の不履行について違約金を定め,損害賠償額を予定する契約をすることは禁止されているため(労基法16条),社員がミスした場合に賠償すべき損害額を予め定めても無効となります。

 損害賠償額を賃金から控除するのは,賃金の全額払いの原則(労基法24条1項)に反し無効とされるリスクがあるため,賃金からの控除ではなく,振り込ませるなどして支払わせるのが無難だと思います。

 社員に対し損害賠償請求できる場合であっても,身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。
 裁判所は,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度,社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条),賠償額がさらに減額される可能性があります。

弁護士 藤田 進太郎

会社の業績が悪いのに,賃金減額に同意しない。

2012-10-09 | 日記
Q26 会社の業績が悪いのに,賃金減額に同意しない。

 賃金減額の方法としては,①労働協約,②就業規則の変更,③個別同意によることが考えられます。

 労働組合との間で賃金に関する労働協約を締結した場合,それが組合員にとって有利であるか不利であるか,当該組合員が賛成したか反対したかを問わず,労働協約で定められた賃金額が労働契約で定められた賃金額に優先して適用されるのが原則です(労組法16条)。
 したがって,労働者が賃金減額に反対していたとしても,当該労働者が加入している労働組合との間で賃金を減額することを内容とする労働協約を締結すれば,賃金を減額することができることになります。
 労働協約が締結されるに至った経緯,当時の会社の経営状態,同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らし,同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものである場合には,その規範的効力を否定され(朝日海上火災保険(石堂・本訴)事件最高裁第一小法廷平成9年3月27日判決),賃金減額の効力が生じませんが,例外的場面といえるでしょう。

 労働協約の規範的効力が及ぶ範囲は組合員との範囲と一致するため,労働協約締結後に組合員となった者にも労働協約の規範的効力が及びますが,労働組合を脱退した場合には労働協約の規範的効力が及ばなくなります。
 したがって,労働協約による賃金減額の効力が及ぶのは,原則として労働協約を締結した労働組合の労働組合員に限られることになります。

 労働協約には,労組法17条により,一の工場事業場の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは,当該工場事業場に使用されている他の同種労働者に対しても右労働協約の規範的効力が及ぶ旨の一般的拘束力が認められており,この要件を満たす場合には,賃金減額に反対する未組織の同種労働者に対しても労働協約の効力を及ぼし,賃金を減額することができます。
 労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容,労働協約が締結されるに至った経緯,当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし,当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは,労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼし,賃金を減額することはできません(朝日海上火災保険(高田)事件最高裁第三小法廷平成8年3月26日判決)が,例外的場面といえるでしょう。

 具体的に発生した賃金請求権を事後に締結された労働協約により処分又は変更することは許されません。

 少数組合に加入している組合員に対しては,労組法17条の一般的拘束力は及びませんので,少数組合に加入している組合員の賃金を減額するためには,当該少数組合と労働協約を締結するか,就業規則を変更するか,個別同意を取る必要があります。
 未組織組合員に一般的拘束力が及ばない場合に賃金を減額するためには,就業規則を変更するか,個別同意を取る必要があります。

 就業規則により賃金を減額する場合は,就業規則の不利益変更に該当するため,就業規則の変更が有効となるためには,以下のいずれかの場合である必要があります。
① 労働者と合意して就業規則を変更したとき(労契法9条反対解釈)
② 変更後の就業規則を周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき(労契法10条)

 ①に関し,「就業規則の不利益変更は,それに同意した労働者には同法9条によって拘束力が及び,反対した労働者には同法10条によって拘束力が及ぶものとすることを同法は想定し,そして上記の趣旨からして,同法9条の合意があった場合,合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないと解される。」(協愛事件大阪高裁平成22年3月18日判決)との見解が妥当と思われますが,労働者の同意があれば合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないとの見解に立ったとしても,合意の認定は慎重になされるのが通常であるため,最低限,書面による同意を取る必要があります。
 労働者が就業規則の変更を提示されて異議を述べなかったといったことだけでは足りません。
 特に,合理性を欠く就業規則の変更については,書面による同意を取ったとしても,労働者の同意があったとは認定されないリスクが高いでしょう。

 ②に関し,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるとするのが最高裁判例です。
 賃金の減額には高度の必要性が必要となります。

 体的に発生した賃金請求権を事後に変更された就業規則の遡及適用により処分又は変更することは許されないとするのが最高裁判例です。

 社員から個別同意を取ることにより賃金減額をすることも考えられますが,個別合意よりも社員に有利な労働条件を定めた労働協約,就業規則が存在する場合には,それらの効力が個別合意に優先するため(労組法16条,労契法12条),個別合意により賃金を減額することはできません。
 個別合意よりも社員に有利な労働条件を定めた労働協約,就業規則が存在しない場合は,個別合意により賃金を減額することができますが,賃金減額に対する同意の認定は慎重になされることが多いので,最低限,書面での同意を取っておく必要があります。
 賃金減額に異議を述べずに勤務を続けたから黙示の同意があったと説明を受けることがありますが,賃金減額に異議を述べずに勤務を続けたという程度で,黙示の同意があったと認定してもらうのは難しいケースが多いというのが実情です。

 「既発生の」賃金債権の減額に対する同意は,既発生の賃金債権の一部を放棄することにほかなりませんから,それが有効であるというためには,それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであることが明確である必要があります(シンガーソーイングメシーン事件最高裁第二小法廷昭和48年1月19日判決)。
 「未発生の」賃金債権の減額に対する同意についても「賃金債権の放棄と同視すべきものである」とする裁判例もあるが,「未発生の」賃金債権の減額に対する同意は,労働者と使用者が合意により将来の賃金額を変更した(労契法8条参照)に過ぎず,賃金債権の放棄と同視することはできないのですから,通常の同意で足りると考えるべきです(北海道国際空港事件最高裁第一小法廷平成15年12月18日判決参照)。

 就業規則に一定額・割合以上の定期昇給を行う義務が定められている場合に定期昇給を凍結するためには,定期昇給を凍結する旨の労働協約を締結するか,定期昇給を凍結する旨就業規則の附則に定める等の就業規則の変更が必要となります。
 労働協約を締結できず,定期昇給を凍結する旨の就業規則の変更に関し同意が得られない場合は,就業変更により一方的に労働条件の変更をせざるを得ませんが,その合理性(労契法10条)の有無が問題となります。
 就業規則に一定額・割合以上の定期昇給を行う義務が定められておらず,使用者に定期昇給の努力義務が課せられているに過ぎない場合は,定期昇給をしなくても法的問題はありません。

 ベースアップは労使交渉により特段の決定がなされない限り行う必要がありません。

 個別労働契約,就業規則,労働協約で一定額・割合の賞与を支給する義務が定められていない場合には,使用者には賞与を支給する義務がないため,賞与不支給としても法的には問題がありません。
 他方,一定額・割合の賞与を支給する義務が定められている場合は,賞与を支給する義務があります。
 賞与を支給する義務がある場合に,就業規則の定めを変更して賞与不支給とする場合には,就業規則の不利益変更の問題となるため,その合理性の有無が問題となります。

 賃金規定で定められた諸手当の廃止,支給停止を行う場合は,賃金規定を変更したり,附則に支給を停止する旨定めたりする必要があり,就業規則の不利益変更の問題となります。

 年俸制を採用した場合に,年度途中で年俸額を一方的に引き下げることができるか,次年度の年俸額引下げを求めたところ合意が成立しない場合における次年度の年俸額がどうなるかは,当該労働契約の解釈の問題です。
 労働契約上明確にしておけば,原則としてそれに従うことになりますが,労働契約上明確でない場合は,年度途中で年俸額を一方的に引き下げることはできないケースが多い印象です。
 次年度の年俸額引下げを求めたところ合意が成立しない場合における次年度の年俸額については,使用者の提示額を超えては請求できないとされた裁判例,前年度実績の年俸額を支給すべきものとされた裁判例等,様々な裁判例があります。

 会社の業績が悪いことを理由とした休業がなされた場合は,通常は使用者の責めに帰すべき事由があると言わざるを得ないため,平均賃金の60%以上の休業手当(労基法26条)を支払う必要があります。
 休業手当の支給義務は,労働協約,就業規則,個別合意により排除することはできません(労基法13条)。

 平均賃金の60%の休業手当を支払う旨の労働協約が締結された場合には,当該労働組合の組合員については,平均賃金の60%の休業手当を支払えば足ります。

 少数組合の組合員など,労働協約の効力が及ばない社員に対し,平均賃金の60%の休業手当を超えて賃金を支払う必要があるかどうかについては,従来,民法536条2項の「使用者の責めに帰すべき事由」の存否の問題として争われてきました。
 使用者が労働者の正当な(労働契約上の債務の本旨に従った)労務の提供の受領を明確に拒絶した場合(受領遅滞に当たる場合)に,その危険負担による反対給付債権を免れるためには,その受領拒絶に「合理的な理由がある」など正当な事由があることを主張立証すべきであり,その合理性の有無は,具体的には,使用者による休業によって労働者が被る不利益の内容・程度,使用者側の休業の実施の必要性の内容・程度,他の労働者や同一職場の就労者との均衡の有無・程度,労働組合等との事前・事後の説明・交渉の有無・内容,交渉の経緯,他の労働組合又は他の労働者の対応等を総合考慮して判断すべきものとされる(いすゞ自動車事件宇都宮地裁栃木支部平成21年5月12日判決)。
 民法536条2項は任意規定であり,特約で排除することもできるため,就業規則において休業期間中は平均賃金の60%の休業手当のみを支払う旨明確に定めておけば,これを超える賃金を支払う義務はないはずですが,就業規則の規定が有効となるためには合理性や周知性が必要となることもあり(労契法7条),事案によっては適用が制限されるリスクがないわけではありません。

 大多数の社員の理解を得られないまま休業を行った場合,会社経営に支障が生じる可能性が高いため,休業は,少なくとも多数派の同意を得てから行うべきでしょう。

弁護士 藤田 進太郎

管理職なのに残業代を請求してくる。

2012-10-09 | 日記
Q21 管理職なのに残業代を請求してくる。

 管理職であっても,労基法上の労働者である以上,原則として労基法37条の適用があり,週40時間,1日8時間を超えて労働させた場合,法定休日に労働させた場合,深夜に労働させた場合は,時間外労働時間,休日労働,深夜労働に応じた残業代(割増賃金)を支払わなければならないのが原則です。
 当該管理職が,労基法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)に該当すれば,労働時間,休憩,時間外・休日割増賃金,休日,賃金台帳に関する規定は適用除外となりますので,その結果,労基法上,使用者は時間外・休日割増賃金の支払義務を免れることになりますが,裁判所の考えている管理監督者の要件を充足するのは,本社の幹部社員など,ごく一部と考えられますので,通常は,管理監督者扱いとすることで残業代の支払義務を免れることができると考えるべきではありません。
管理監督者としていた社員から労基法37条に基づく割増賃金の請求を受けるリスクを負いたくない場合は,管理監督者とする管理職の範囲を狭く捉えて上級管理職に限定し,その他の管理職は最初から管理監督者としては取り扱わずに残業代を満額支給し,基本給や賞与等の金額を抑えることで,総賃金額を調整したほうが無難かもしれません。

 管理監督者であっても,深夜労働に関する規定は適用されますので,管理職が管理監督者であるかどうかにかかわらず,深夜割増賃金(労基法37条3項)を支払う必要があることに変わりはありません(ことぶき事件最高裁第二小法廷平成21年12月18日判決)。
 また,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効となり,無効となった部分については労基法で定める基準が適用されますので(労基法13条),就業規則等で管理職には残業代を支給しない旨規定したり,個別労働契約で管理職であることを理由として残業代を支給しない旨規定し労働者に署名押印させるなどしてその同意を得ていたとしても,深夜割増賃金の支払義務は免れませんし,当該管理職が労基法上の管理監督者に該当しない限りは,深夜割増賃金以外の残業代(時間外・休日割増賃金)についても,支払義務を免れないことになります。

 管理監督者は,一般に,「労働条件の決定その他労務管理について,経営者と一体的な立場にある者」をいうとされ,管理監督者であるかどうかは,
① 職務の内容,権限及び責任の程度
② 実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度
③ 待遇の内容,程度
等の要素を総合的に考慮して,判断されることになります。

 ①職務の内容,権限及び責任の程度を検討するにあたっては,労務管理を含む事業経営上重要な事項にかかわっているか,事業経営に関する決定過程にどの程度関与しているか,現場業務(管理監督以外の仕事)にどの程度従事していたか,他の従業員の職務遂行・労務管理に対する関与の程度,管理監督者として扱われている社員の割合等が考慮されるます。
 ②実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度を検討するにあたっては,タイムカード等による始業終業時刻管理の有無,欠勤控除の有無等が考慮されます。
 ③待遇の内容,程度を検討するにあたっては,役職手当や賃金の額が役職に見合っているか,社内における賃金額の順位,管理職になった後の賃金総額と管理職になる前の賃金総額との比較等が考慮されます。

弁護士 藤田 進太郎

残業代込みの給料であることに納得して入社したにもかかわらず,残業代の請求をしてくる。

2012-10-09 | 日記
Q19 残業代込みの給料であることに納得して入社したにもかかわらず,残業代の請求をしてくる。

 残業代割増賃金)の支払は労基法37条で義務付けられているものですが,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める部分についてのみ無効となり,無効となった部分は労基法で定める労働基準となりますので(労基法13条),労基法37条に定める残業代を支払わないとする合意は無効となるため,残業代を支払わなくても異存はない旨の誓約書に署名押印させてから残業させた場合であっても,使用者は残業代の支払義務を免れることはできないことになります。

 割増部分(残業代に相当する金額)を特定せずに,基本給に残業代全額が含まれる旨合意し,合意書に署名押印させていたとしても,これを有効と認めてしまうと,残業代を支払わずに時間外労働等をさせるのと変わらない結果になってしまうため,残業代の支払があったとは認められません。
 この結論は,年俸制社員であっても,変わりません。
 モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件東京地裁平成17年10月19日判決では,割増部分(残業代に相当する金額)が特定されていないにもかかわらず,基本給に残業代が含まれているとする会社側の主張が認められていますが,基本給だけで月額183万円超えている(別途,多額のボーナス支給等もある。)等,追加の残業代の請求を認めるのが相当でない特殊事情があった事案であり,通常の事例にまで同様の判断がなされると考えることはできません。

 残業代
が賃金に含まれている旨の合意が有効であるというためには,通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを判別することができる必要があります。
 割増部分(残業代に相当する金額)が特定されていない場合は,残業代が全く支払われていない前提で残業代が算定され,その支払義務を負うことになります。
 一般的には,支給した残業代の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算できる定め方であれば,通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを判別することができると評価することができるものと思われます。
 労基法上の計算方法で残業代の金額を計算した結果,残業手当等の金額で不足する場合は,不足額を当該賃金の支払期(当該賃金計算期間に対応する給料日)に支払う法的義務が生じることになります。

 小里機材事件東京地裁昭和62年1月30日判決が「傍論」で,「仮に,月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても,その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区別されて合意がされ,かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ,その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができるものと解すべき」判断し,控訴審判決である東京高裁昭和62年11月30日判決はこの地裁判決の判決理由を引用して控訴を棄却し,上告審の最高裁第一小法廷昭和63年7月14日判決も高裁の認定判断は正当として是認することができるとして上告を棄却していることから,労働者側から,割増部分が「明確に」区別されていないから残業代の支払がなされていると評価することはできないとか,労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていないから固定残業代部分を残業代の弁済と評価することはできないとかいった主張がなされることがあります。
 この論争を回避するためには,固定残業代の「金額」を明示して給与明細書・賃金台帳の時間外手当欄等にもその金額を明確に記載しておくとともに,賃金規定に労基法所定の計算方法による額が固定残業代の額を上回る場合にはその不足額を支払う旨規定し,周知させておくとよいでしょう。
 もっとも,労基法所定の計算方法による額が固定残業代の額を上回る場合にはその不足額を支払わなければならないことは労基法上当然のことであり,裁判実務上,この点を独立の要件とは考えないのが一般的です。

 労働条件通知書等において基本給と時間外手当を明確に分けて「基本給○○円,残業手当○○円」と定め,給与明細書や賃金台帳でも項目を分けて金額を明示しているものについては,支給した残業代の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうかを容易に計算できるのが通常のため,通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを判別することができるものといえ,有効性が否定されるリスクは低いと思われます。
 ただし,「基本給15万円,残業手当15万円」といったように,残業手当の比率が極端に高い場合は,合意内容があまりにも労働者に不利益なため,合意の有効性が否定されるリスクが高くなりますので,避けるべきです。
 やり過ぎはよくありません。

 「基本給には,45時間分の残業手当を含む。」といった規定の仕方も広く行われており,一応,通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを判別することができるといえなくもありませんので,一般には有効と考えられています。
 しかし,給与明細書・賃金台帳の時間外手当欄が空欄となっていたり,0円と記載されていたりすることが多く,一見して残業代が支払われているようには見えないため,紛争となりやすくなっています。
 また,「45時間分の残業手当」が何円で,残業手当以外の金額が何円なのかが一見して分からず,方程式を解くようなやり方をしないと,残業代に相当する金額と通常の賃金に相当する金額を算定できなかったり,45時間を超えて残業した場合にどのように計算して追加の残業代を計算すればいいのか分かりにくかったりすることがあるため,有効性が否定されるリスクが残ります。
 労基法上,深夜の時間外労働(50%増し以上),法定休日労働の割増賃金額(35%増し以上)等は,通常の時間外労働の割増賃金額(25%増し以上)と単価が異なりますが,どれも等しく「45時間分」の時間に含まれるのか,あるいは時間外勤務分だけが含まれており,深夜割増賃金や法定休日割増賃金は別途支払う趣旨なのか,その文言だけからでは明らかではないこともあります。
 支給した固定残業代の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を容易に計算できるような定め方にしておくべきでしょう。

 営業手当,役職手当,特殊手当等,一見して残業代の支払のための手当であるとは読み取れない手当を残業代の趣旨で支給する場合は,賃金規定等にその全部又は一部が残業代の支払の趣旨である旨明記して周知させておく必要があります。
 労働条件通知書や賃金規定等に残業代の趣旨で支給する旨明記されていないと,裁判所に残業代の支払であると認定してもらうのが難しくなります。
 これに対し,「残業手当」「時間外勤務手当」等,一見して残業代(割増賃金)の支払のための手当であることが分かる名目で支給し,給与明細書にその金額の記載がある場合は,リスクが小さくなります。
 営業手当,役職手当,特殊手当等,一見して残業代の支払のための手当であるとは読み取れない手当の「一部」を残業代の趣旨で支給する場合にも,割増部分(残業代に相当する金額)を特定して支給しないと,残業代の支払とは認められません。
 例えば,役職手当として5万円を支給し,残業代が含まれているという扱いにしている場合,役職者としての責任等に対する対価が何円で,残業代が何円なのか分からないと,残業代の支払が全くなされていないことを前提として残業代額が算定され,支払義務を負うことになります。
 管理監督者についても,深夜割増賃金の算定,支払が必要となるため,同様の問題が生じ得ます。

 固定残業代の比率が高い会社は,長時間労働が予定されていることが多く,1月あたりの残業時間が80時間とか,100時間に及ぶことも珍しくありません。
 長時間労働を予定した給与体系を採用し,長時間労働により社員が死亡する等した場合は,会社が多額の損害賠償義務を負うことになるだけでなく,代表取締役社長その他の会社役員も高額の損害賠償義務を負うことになるリスクもあります。
 固定残業代の金額は,1月当たり45時間分程度の金額に抑えることが望ましく,月80時間分の残業代を超えるような金額にすべきではありません。
 固定残業代の比率が高い会社は,賃金単価が低いことが多く(極端な場合は時給1000円を下回り,賞与を考慮しないとパート・アルバイトよりも時給単価が低いことさえあります。),優秀な社員が集まりにくく,社員の離職率も高くなりがちで,有能な社員ほど,すぐに退職してしまう傾向にあります。
 固定残業代の比率が高い会社は,体裁が悪いせいか,採用募集広告では,固定残業代の比率が高いことを隠そうとする傾向にあります。
 その結果,入社した社員は騙されたような気分になり,すぐに退職したり,トラブルに発展したりすることになりがちです。
 採用募集広告に明示できないような給与体系は採用しないようにする必要があります。

弁護士 藤田 進太郎