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l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

アンドリュー・ワイエス展―オルソン・ハウスの物語―

2011-01-16 | アート鑑賞
埼玉県立近代美術館 2010年9月25日(土)-12月12日(日)



もう1ヶ月以上も前に終わってしまった展覧会だけれど、自分用の記録に感想を残しておくことにします。2008年の暮れにBunkamuraで観たこの画家の個展も師走のドタバタで結局ブログに残せなかったこともあるし、何より本展は冬の一日に心に沁みる、とても良い展覧会でした。

アンドリュー・ワイエス(1917-2009)の代表作、というよりチラシの言葉を借りれば「アメリカ芸術を代表する」傑作として知られる『クリスティーナの世界』(1948年)のモデルとなったクリスティーナ・オルソン、そして弟のアルヴァロの住む「オルソン・ハウス」を舞台に、ワイエスが22歳(1939年)の時から実に30年間も描き続けた「オルソン・シリーズ」。

本展で紹介されるのは、埼玉県朝霞市にある「丸沼芸術の森」が所有するその「オルソン・シリーズ」の、水彩・素描による作品約200点。

左『クリスティーナの世界』 習作 (1948年) 右『オイルランプ』 習作 (1945年)



クリスティーナは、3歳の頃から足に障害を認めながらも学校まで何キロも歩いて通い、長じてからは家事も他人に頼らずしっかりこなした。アルヴァロは、母亡き後、父親と姉の世話をするために大好きだった漁師の仕事を辞めて畑仕事で家族を支えた。

『オルソンの家』 (1966年)



オルソン家が住んでいたオルソン・ハウスは北米最北東部のメイン州にある。家の模型も展示されていたが、母屋の切り妻屋根と煙突、白い壁が印象的な大きな農家。地理的に農作物の生育期間が短く、6月にやっと植え付け作業が始まり、9月には初霜が降りると言う。

左『青い計量器』 (1959年) 右『カモメの案山子』(1954年)

 

展示室の壁には、ひたすらオルソン家の生活をにじませる物や日常の情景が展開していく。ブルーベリーの実をそぎ取る、いかにも重そうな金属製のくま手のような農具。ブルーベリーをついばむカモメを追い払うために、カモメの死骸を逆さに棒に括りつけただけの案山子。

ワイエスは過剰なセンチメンタリズムを介入させることなく、オルソン家の日々に寄り添って目の前の事象を淡々と描いて行く。この青い計量器を描くために、風に揺れるカモメの死骸を描くために、何度も何度も習作を繰り返す。

『パイ用のブルーベリー』 習作 (1967年)

ほとんど色彩のない画面の中、木のバケツに収穫されたブルーベリーの放つ鮮やかな青色に、私は何だか泣きたいような気持に襲われた。

『表戸の階段に座るアルヴァロ』 (1942年)

通常の畑仕事以外にも、屋根の葺き替えや薪割りなどアルヴァロの重労働は1年中続く。水も雨か雪解け水でまかない、日照りが続いて水不足になれば、湧水をバケツに汲みあげて石舟と呼ばれる木のそりに載せて運ぶ。私のような都市部で生活する人間には実感を持って共鳴できる事物は何もない。文句一つ言わずに黙々と働いたというアルヴァロの、ピューリタン的な忍耐強さを想像することしかできないが、家の玄関口に腰をかけ、パイプをくわえて何やらじっと考え事をしているようなアルヴァロは、一体何を想っていたのだろう?

『オルソン家の納屋の内部』 (1957年)

暗い納屋の中、小さな窓から差し込むいくばかりかの光が、1頭の牛の、ほとんど四角い体を白く浮かび上がらせる。下に敷かれた干し草の匂い、牛の体温が伝わってくるような情景。この作品に限らず、素人目にも感動するそのずば抜けたデッサン力や対象物の質感を写し取る繊細な線に、上手いなぁ、と何度つぶやいたことだろう。

『クリスティーナの世界』 習作 (1948年)

あの名作の習作がいくつか並ぶ。体を支えるために下についた右手、骨ばった肘、首から下の下半身、と部分ごとにスケッチを繰り返している。風になびくクリスティーナのほつれ毛は何と柔らかそうなことだろう。

この作品に限らず、画面に登場するモティーフを単体でスケッチしている習作作品が沢山並んでいたが、大きな紙面の端っこにランプがちょこっと描かれているだけだったりするのは、単にその対象物を描いているだけではなく、画家の視線が画面構成上の位置関係も見据えていることに気づかされる。

『クリスティーナの墓』 (1968年)

Jan 29 1968 Day before Christina’s funeralと書き込まれた鉛筆画。手前に翌日クリスティーナの棺が納められるお墓があり、遠方にオルソン・ハウスが見える。ワイエスはお葬式の前日にそこに立ち、この絵を残した。オルソン・ハウスはクリスティーナの魂の器。この地に生まれて、この地で土に還っていくという生命の環を思わせられた。

アルヴァロは1967年に亡くなっており、姉弟亡きあとも『オルソン家の終焉』と題してオルソン・ハウスを幾度となく描きとどめたワイエスに、画家の、主題に対する忠誠心のようなものを感じずにはいられなかった。


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