l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち

2008-12-07 | アート鑑賞
2008年8月2日-12月14日 東京都美術館





2004年に東京都美術館にて開催された「ウィーン美術史美術館所蔵 栄光のオランダ・フランドル絵画展」で初めてヨハネス・フェルメール(1632-1675)の『絵画芸術』の前に立ったときの、波紋のように幾重にも広がる静かな衝撃は忘れられない。今自分の目の前で、絵の中でこちらに背を向ける画家の筆がキャンバスをこすった音がしたように思えた。モデルに視線を走らせる画家の頭がほんの少し傾げられたような気もした。

翌2005年、国立西洋美術館の「ドレスデン国立美術館展」に展示された『窓辺で手紙を読む若い女』を観たときも同様の気分に陥った。夕暮れ時だろうか、黄金色の光に包まれ、窓辺で手紙に見入る女性。何かの振動で内側に開かれた窓が微動し、そこに映る女性の顔が揺らいだように感じた。

フェルメールの作品をじっと観つめているとき、私は耳を澄ませている自分に気づく。描かれたもの全てが放つ実在感は、写実的であるとか、完璧な遠近法が使われているとか、3次元の世界を2次元の世界に再現するということを超越して、何と言おうか、まるで絵の錬金術を目の当たりにしているような心持がする。

2008年、フェルメールの作品が7点も東京に集まる、とのニュースに、興奮もし、戸惑いも覚えた。あの『絵画芸術』にまた逢える。そして、前から観たいと念じていたフェルメール作品の珠玉の1枚、『小路』に。でも、2007年に国立新美術館で展示された『牛乳を注ぐ女』を思い出して不安もよぎった。先に挙げた『窓辺で手紙を読む若い女』は、他の展示作品同様に通常の柵で囲ってあるだけだったので、そばに寄ることが可能だった。と言うより、(押し合いへし合いは目をつぶるとして)これが絵の鑑賞というものではないのだろうか?『小路』のような小さな作品を、『牛乳を注ぐ女』のように隔離されて展示されては、フェルメールの魔法に浸ることは難しい。

結局『絵画芸術』の出展は取りやめになってしまい、楽しみにしていた再会はならなかったが、結果的に展示法の心配は杞憂に終わり、そしてやはりこんなに沢山のフェルメール作品を一度に東京で観られるというのは本当に贅沢なことで、そばで『小路』にお目にかかれるだけでもありがたかった。

今回召集されたフェルメール作品は以下の通り:

『ワイングラスを持つ娘』 (1659-1660年頃) アントン・ウルリッヒ美術館所蔵
『小路』 (1658-1660年頃) アムステルダム国立美術館所蔵
『ヴァージナルの前に座る若い女』 (1670年頃) 個人蔵
『手紙を書く婦人と召使い』 (1670年頃) アイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵
『マルタとマリアの家のキリスト』 (1655年頃) スコットランド・ナショナル・ギャラリー所蔵
『ディアナとニンフたち』 (1655-1656年頃) マウリッツハイス王立美術館所蔵
『リュートを調弦する女』 (1663-1665年頃) メトロポリタン美術館所蔵

今回一番心に残ったのは、やはり『小路』だった。言ってみれば、デルフトのどこかの、住宅街の一角を切り取っただけの景観図。と思いきや解説を読むと、窓の非対称性などフェルメールは構図の調整をいろいろと行っている。雲のたなびく青空を背景に建つ赤レンガのオランダ家屋を描いた絵が、こんなにまで観る者の心を掴んで離さないのは、鑑賞者に違和感を抱かせることなく、絵画として「こう観えるべき」という観点から完璧に仕上げるフェルメールの天才的な技があってのこと。

それにしてもこの家屋のファサードのレンガの色はなんて美しいのだろう。斜めから観ると照明が当たってキラキラと輝いていて、ついさっきまで筆が入っていたかのようだ。どんなに観続けても離れがたい。53.5x43.5cmという、決して大きくはないこの絵の求心力の前に、展示室を去る時は本当に後ろ髪を引かれる思いだった。

ところで、今回は「光の天才画家とデルフトの巨匠たち」とある通り、デルフトで活躍した他の画家たちの作品もたくさん展示されていた。中でも、フェルメールとの関連で名前を頻繁に聞くことはあっても実作品を観る機会のなかった、現存作品数が少ないカレル・ファブリティウス(1622-1654)の作品が4点も並び(プラス帰属作品1点)、興味深かった。特に『自画像』はなるほどこれはレンブラント作と思われても仕方がないと思った。それから、格子状の模様の床にしつらえられた展示室に集められた、8点ものピーテル・デ・ホーホ(1629-1684)の作品に囲まれるというのも貴重な機会だった。フェルメール作品と並んでしまうとどうしても「もう一歩」と思ってしまうが、私の勉強不足もあるので、この画家の17Cデルフト絵画への貢献度、位置づけは今一度おさらいしてみようと思う。

もう一つ印象に残ったのは、第1展示室に並んだ、ヘラルト・ハウクヘースト(1600‐1661)や他の画家によって描かれた、デルフト新教会内部を描いた作品群。どの作品も、これでもかというくらいに林立する立派な白い列柱が並ぶ。もしデルフトに行ってこの教会に入ることが出来たら、きっとこの展覧会のことを思い出すだろう。

やっぱり一度はデルフトに行ってみたいな。


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