パナソニック電工 汐留ミュージアム 2010年6月26日(土)-9月5日(日)
まだ記憶に新しいルーシー・リー展でその名を知った陶芸家、ハンス・コパー(1920-1981)。今度は彼が主役の展覧会が開催中です。
まずはコパーについてちょっぴりおさらい。ドイツのザクセン州に生まれたコパーは、ユダヤ人であったためにナチスの迫害を逃れロンドンに亡命。そこで、同じくウィーンからロンドンに亡命して陶芸の工房を開いていたルーシー・リーのボタン製造の助手となり、やがてはリーの元で手ほどきをうけながら、自身も陶芸家の道を志すようになる。
本展では、そんなコパーの陶芸家としての創作活動の全容を紹介。結局彼は終生イギリスで活動を続けるのだが、創作拠点を4回移しており、大まかに作品の変遷と一致しているとのことで、四つの時代区分に括った構成となっていた。
では、少し作品を挙げながら、順に追っていきたいと思います:
1. 1946-1958 アルビオン・ミューズ
ルーシー・リー展の時も魅了された、オートクチュール用の美しいボタンの並ぶケースで幕開け。このボタン制作の助手を足掛かりに、コパーはリーの工房「アルビオン・ミューズ」で、本格的な陶芸の道へ進み始める。彼が轆轤で成形し、リーが釉薬を施して装飾するなどの作業も行われた。『頭部』(1953年頃)と題された女性の頭部のブロンズ像があったが、これは紛れもなく師匠ですよね?
『ポット』 (1954)
色彩豊かな釉薬が施されたリーの作品とは対照的に、コパーの作品は陶土の風情が活かされている。そしてその形状が独創的。土を思わせつつ土臭くないのは、その軽やかで洗練されたフォルムのためなのでしょうね。この作品も、ちょっとソラマメのようなふっくら感を持ちつつ、絶妙に柔らかい窪みが作られ、ほんのりとした陰影が素敵。
『ポット』 (1950年代前半)
轆轤でひいた4つの部分から成る作品。轆轤で成形した部分同士をつなぎ合わせる「合接」という手法が取られているそうだ。ボディの丸味のある部分(球体ではない)は、二つの鉢を口縁で合わせている。この作品のみならず、コパー作品の表面の質感は、何度もスリップ(泥しょう)をかけて乾かし、研磨し、掻き取るという工程を繰り返して出来たもの。
右側の小さな黒いポットは、1973年頃の作品。
2. 1959-1963 ディグズウェル
リーの元を離れたコパーは、ロンドンから北に約30kmのハートフォードシャーにあるディグズウェル・ハウスに活動の場を移す。ディグウェル・ハウスとは、「芸術家を建築家や企業に引き合わせることで社会参画させ、若い作家を支持すること」を目的に、ディグズウェル・アーツ・トラストによって設立された、芸術家たちの住居と制作の場を提供する施設。コパーはここで他ジャンルの芸術家と交流し、工業デザインや公共建造物の壁面装飾の仕事も行った(ヒースロー空港の外壁も手掛けた、と聞くとちょっと身近に感じる)。建築空間へのアプローチを示す「建築時代」といわれるのがこの時代。
ここでは何とスィントン・コミュニティー・スクールというイギリスのヨークシャーにある学校に設えられた、壁の装飾作品『ウォール・ディスク』(1962)が展示されている。初めての試みとのことだが、300x400cmの白壁に、コパーのオリジナルの装飾を再現した形で展示。ランダムに大小の穴が開けられ、それぞれの口縁に様々な形状の陶製の装飾がされている。丸穴から覗ける壁向こうの展示作品も一興。
3. 1963-1967 ロンドン
再びロンドンに戻り、ウェスト・ケンジントンやハマースミスで旺盛な制作活動。あざみ型の「ティッスル・フォーム」やシャベル型の「スペード・フォーム」をシリーズ化するなど多作の時期。ロッテルダムのボイスマン美術館でのリーとの共同展などを通じ、ヨーロッパでもコパーの評価が広まる。
『スペード・フォーム』 (1978)
制作年代はもっと後だけど、これがスペード・フォームの作例。確かにシャベルのような輪郭だが、丸みのある表面を持った独特のフォルム。
4. 1967-1981 フルーム
田舎暮らしへの憧れから、今度はロンドンから西に150kmほどのサマーセット州のフルームに移住。ここが終の棲家となる。
『キクラデス・フォーム』 (1975)
順調に作品を作り続けてきたコパーに最大の不幸が襲う。1975年頃から筋肉が委縮して機能しなくなる病を発症。それでも病と闘いながら、古代のキクラデス彫刻に刺激を受けた「キクラデス」シリーズの作品を作り続ける。
キクラデス彫刻というものを知らないので、お手軽にWikiでちょこっと調べてみた。それによると、キクラデス文明とは新石器時代から青銅器時代初期(紀元前3000年頃から2000年)にエーゲ海のキクラデス諸島に栄えた文明で、最も有名なのは極度に様式化された大理石製の女性像、とのことで画像も載っている。その洗練された形にビックリ、まるで現代彫刻。
コパーの作品に話を戻すが、展示ケースに並ぶキクラデス・シリーズの作品群は、小ぶりながら細身のシルエットで、シャープな感じ。一見シンプルに見えるが、よく見ると凝った形をしていて、考え抜かれたデザイン・バランスを感じる。
以上、ざっとコパー作品を見渡してきたけれど、どんな形にせよ深淵な存在感を静かに放っているような感覚が印象的だった。「どうやって、の前になぜ」という彼の残した言葉も深い。
最後はルーシー・リーの作品約20点も観ることができます。
本展は9月5日(日)まで。残暑厳しき折(それにしても今年は暑いですねー)、コパーの静謐な世界に涼を取るのもお勧めです。入館料は500円、しかも館内にあるカフェでソフトドリンクが半額になるチケットまで頂けます。
まだ記憶に新しいルーシー・リー展でその名を知った陶芸家、ハンス・コパー(1920-1981)。今度は彼が主役の展覧会が開催中です。
まずはコパーについてちょっぴりおさらい。ドイツのザクセン州に生まれたコパーは、ユダヤ人であったためにナチスの迫害を逃れロンドンに亡命。そこで、同じくウィーンからロンドンに亡命して陶芸の工房を開いていたルーシー・リーのボタン製造の助手となり、やがてはリーの元で手ほどきをうけながら、自身も陶芸家の道を志すようになる。
本展では、そんなコパーの陶芸家としての創作活動の全容を紹介。結局彼は終生イギリスで活動を続けるのだが、創作拠点を4回移しており、大まかに作品の変遷と一致しているとのことで、四つの時代区分に括った構成となっていた。
では、少し作品を挙げながら、順に追っていきたいと思います:
1. 1946-1958 アルビオン・ミューズ
ルーシー・リー展の時も魅了された、オートクチュール用の美しいボタンの並ぶケースで幕開け。このボタン制作の助手を足掛かりに、コパーはリーの工房「アルビオン・ミューズ」で、本格的な陶芸の道へ進み始める。彼が轆轤で成形し、リーが釉薬を施して装飾するなどの作業も行われた。『頭部』(1953年頃)と題された女性の頭部のブロンズ像があったが、これは紛れもなく師匠ですよね?
『ポット』 (1954)
色彩豊かな釉薬が施されたリーの作品とは対照的に、コパーの作品は陶土の風情が活かされている。そしてその形状が独創的。土を思わせつつ土臭くないのは、その軽やかで洗練されたフォルムのためなのでしょうね。この作品も、ちょっとソラマメのようなふっくら感を持ちつつ、絶妙に柔らかい窪みが作られ、ほんのりとした陰影が素敵。
『ポット』 (1950年代前半)
轆轤でひいた4つの部分から成る作品。轆轤で成形した部分同士をつなぎ合わせる「合接」という手法が取られているそうだ。ボディの丸味のある部分(球体ではない)は、二つの鉢を口縁で合わせている。この作品のみならず、コパー作品の表面の質感は、何度もスリップ(泥しょう)をかけて乾かし、研磨し、掻き取るという工程を繰り返して出来たもの。
右側の小さな黒いポットは、1973年頃の作品。
2. 1959-1963 ディグズウェル
リーの元を離れたコパーは、ロンドンから北に約30kmのハートフォードシャーにあるディグズウェル・ハウスに活動の場を移す。ディグウェル・ハウスとは、「芸術家を建築家や企業に引き合わせることで社会参画させ、若い作家を支持すること」を目的に、ディグズウェル・アーツ・トラストによって設立された、芸術家たちの住居と制作の場を提供する施設。コパーはここで他ジャンルの芸術家と交流し、工業デザインや公共建造物の壁面装飾の仕事も行った(ヒースロー空港の外壁も手掛けた、と聞くとちょっと身近に感じる)。建築空間へのアプローチを示す「建築時代」といわれるのがこの時代。
ここでは何とスィントン・コミュニティー・スクールというイギリスのヨークシャーにある学校に設えられた、壁の装飾作品『ウォール・ディスク』(1962)が展示されている。初めての試みとのことだが、300x400cmの白壁に、コパーのオリジナルの装飾を再現した形で展示。ランダムに大小の穴が開けられ、それぞれの口縁に様々な形状の陶製の装飾がされている。丸穴から覗ける壁向こうの展示作品も一興。
3. 1963-1967 ロンドン
再びロンドンに戻り、ウェスト・ケンジントンやハマースミスで旺盛な制作活動。あざみ型の「ティッスル・フォーム」やシャベル型の「スペード・フォーム」をシリーズ化するなど多作の時期。ロッテルダムのボイスマン美術館でのリーとの共同展などを通じ、ヨーロッパでもコパーの評価が広まる。
『スペード・フォーム』 (1978)
制作年代はもっと後だけど、これがスペード・フォームの作例。確かにシャベルのような輪郭だが、丸みのある表面を持った独特のフォルム。
4. 1967-1981 フルーム
田舎暮らしへの憧れから、今度はロンドンから西に150kmほどのサマーセット州のフルームに移住。ここが終の棲家となる。
『キクラデス・フォーム』 (1975)
順調に作品を作り続けてきたコパーに最大の不幸が襲う。1975年頃から筋肉が委縮して機能しなくなる病を発症。それでも病と闘いながら、古代のキクラデス彫刻に刺激を受けた「キクラデス」シリーズの作品を作り続ける。
キクラデス彫刻というものを知らないので、お手軽にWikiでちょこっと調べてみた。それによると、キクラデス文明とは新石器時代から青銅器時代初期(紀元前3000年頃から2000年)にエーゲ海のキクラデス諸島に栄えた文明で、最も有名なのは極度に様式化された大理石製の女性像、とのことで画像も載っている。その洗練された形にビックリ、まるで現代彫刻。
コパーの作品に話を戻すが、展示ケースに並ぶキクラデス・シリーズの作品群は、小ぶりながら細身のシルエットで、シャープな感じ。一見シンプルに見えるが、よく見ると凝った形をしていて、考え抜かれたデザイン・バランスを感じる。
以上、ざっとコパー作品を見渡してきたけれど、どんな形にせよ深淵な存在感を静かに放っているような感覚が印象的だった。「どうやって、の前になぜ」という彼の残した言葉も深い。
最後はルーシー・リーの作品約20点も観ることができます。
本展は9月5日(日)まで。残暑厳しき折(それにしても今年は暑いですねー)、コパーの静謐な世界に涼を取るのもお勧めです。入館料は500円、しかも館内にあるカフェでソフトドリンクが半額になるチケットまで頂けます。
ブログにYCさんの感想、引用させていただきました。
何も知らずに一村雨さんの記事を拝見したときは、
本当にビックリしました。有り難くもお恥ずかしい限りです。
私も日曜美術館で、改めてコパーの深さを知りました。
その後に観に行けば良かったです。
明日はやっと少し雨が降りそうですね。