やおよろずの神々の棲む国でⅡ

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【中学歴史教科書8社を比べる】313  (23) 日中関係Ⅱ(第1次世界大戦以後)-1- <ⅰ 21か条の要求:基礎知識 /実物コピー1/2>

2017年10月01日 | 中学歴史教科書8社を比べる(h28-令和2年度使用)

(23) 日中関係Ⅱ (第1次世界大戦以後) -1- 

ⅰ 21か条の要求

 日・華・米・英・仏・露などが関わる状況は、とても複雑(かつ多くの陰謀が渦巻く世界)なので、まず最低限の基礎知識を引用する。

 

■基礎知識 <ウィキペディア:対華21ヶ条要求>より

・「対華21ヶ条要求(たいか21かじょうようきゅう)は、第一次世界大戦中、日本中華民国政府と行った外交交渉において提示した21か条の要求と希望のこと。二十一か条要求などとも呼ばれる(中国語版では「二十一条」)。この交渉では直接の懸案である山東ドイツ権益の善後処理だけでなく、従来からの懸案であった満蒙における日本の権益問題や在華日本人の条約上の法益保護問題についても取り扱われた。」

 

・「日本政府は袁世凱大統領と直接交渉することで事態の打開に動いた。1914年12月3日、加藤高明外相は、駐華公使日置益に対華要求を訓令し、翌1915年大正4年)1月18日大隈重信内閣(加藤高明外務大臣)は袁世凱に5号21か条の要求を行った。主に次のような内容であった。

  • 第1号 山東省について
    • ドイツ山東省に持っていた権益を日本が継承すること
    • 山東省内やその沿岸島嶼を他国に譲与・貸与しないこと
    • 芝罘または竜口膠州湾から済南に至る鉄道(膠済鉄道)を連絡する鉄道の敷設権を日本に許すこと
    • 山東省の港湾都市を外国人の居住・貿易のために新しく開放すること
  • 第2号 南満州及び東部内蒙古について
    • 旅順大連関東州)の租借期限、満鉄安奉鉄道の権益期限を99年に延長すること(旅順・大連は1997年まで、満鉄・安奉鉄道は2004年まで)
    • 日本人に対し、各種商工業上の建物の建設、耕作に必要な土地の貸借・所有権を与えること
    • 日本人が南満州・東部内蒙古において自由に居住・往来したり、各種商工業などの業務に従事することを許すこと
    • 日本人に対し、指定する鉱山の採掘権を与えること
    • 他国人に鉄道敷設権を与えるとき、鉄道敷設のために他国から資金援助を受けるとき、また諸税を担保として借款を受けるときは日本政府の同意を得ること
    • 政治・財政・軍事に関する顧問教官を必要とする場合は日本政府に協議すること
    • 吉長鉄道の管理・経営を99年間日本に委任すること
  • 第3号 漢冶萍公司(かんやひょうこんす:中華民国最大の製鉄会社)について
    • 漢冶萍公司を日中合弁化すること。また、中国政府は日本政府の同意なく同公司の権利・財産などを処分しないようにすること。
    • 漢冶萍公司に属する諸鉱山付近の鉱山について、同公司の承諾なくして他者に採掘を許可しないこと。また、同公司に直接的・間接的に影響が及ぶおそれのある措置を執る場合は、まず同公司の同意を得ること
  • 第4号 中国の領土保全について
    • 沿岸の港湾・島嶼を外国に譲与・貸与しないこと
  • 第5号 中国政府の顧問として日本人を雇用すること、その他
    • 中国政府に政治顧問、経済顧問、軍事顧問として有力な日本人を雇用すること
    • 中国内地の日本の病院・寺院・学校に対して、その土地所有権を認めること
    • これまでは日中間で警察事故が発生することが多く、不快な論争を醸したことも少なくなかったため、必要性のある地方の警察を日中合同とするか、またはその地方の中国警察に多数の日本人を雇用することとし、中国警察機関の刷新確立を図ること[10]
    • 一定の数量(中国政府所有の半数)以上の兵器の供給を日本より行い、あるいは中国国内に日中合弁の兵器廠を設立し、日本より技師・材料の供給を仰ぐこと
    • 武昌九江を連絡する鉄道、および南昌杭州間、南昌・潮州間の鉄道敷設権を日本に与えること
    • 福建省における鉄道・鉱山・港湾の設備(造船所を含む)に関して、建設に外国資本を必要とする場合はまず日本に協議すること
    • 中国において日本人の布教権を認めること」

 

・「5号条項は秘密・希望条項とされていたがただちにリークされ、報道は中国側が21ヶ条要求を突きつけられたと喧伝し、国際的、主にアメリカからの批判を浴びた。日本は5号条項を後に撤回した。中国国内でも反対運動が起こったが、中国側に日本軍を実力で排除する力は無く、日本側は5月7日に最終通告を行い、同9日に袁政権は要求を受け入れた。袁世凱は自己の地位を強固にするために、日本の横暴を内外に宣伝して中国国民の団結を訴えた。中国国民はこれを非難し、要求を受諾した日(5月9日)を「国恥記念日」と呼んだ。

 アメリカは、満洲における租借地と鉄道の租借期限延長に対しては、特別の反対はなかったが、山東省を満洲と同様な日本の勢力範囲とすることに対しては絶対反対であった。イギリスも、満洲における租借地と鉄道の租借期限の延長には賛成協力したが、長城以南においては最大の競争相手と考える日本を強く警戒し、第5号案を同盟国にも秘密にしたことで不信感を強くし、武昌・九江間の鉄道、南昌・潮州間の鉄道に関する要求に対しては、イギリスの利益を侵害するものとして、3月10日に日本政府に考慮を求めた。」

 

・「特徴[編集] この要求の草案は非常に短時間で作られたものであり、要求は希望条項を除いて、現在から、過去に起こった事項に関する事へと順に遡って記述されるという特徴的な構成となっている。
 
交渉の結果、第5号希望条項は棚上げされ最終的には十六ヶ条が5月25日、2条約および13交換公文として結ばれた。

 

・「その後の展開[編集]  締結直後の6月22日に中華民国は懲弁国賊条例を公布した。これは日本人に土地を貸したものは公開裁判なしに死刑に処すもので、土地商租権は調印と同時に早くも空文と化し、中国は条約に違反した。中国の門戸開放(Open door)を唱えるアメリカは、日本の対中政策との妥協点を求め、1917年石井・ランシング協定を結んだ。1919年、大戦後のパリ講和会議でも日本の要求が認められたが、中国国内では学生デモを発端に各地でストライキが起こり、軍閥政権は屈服しヴェルサイユ条約の調印を拒絶した(五四運動)。日本の中国政策を批判する国際(特にアメリカの)世論が高まり、ワシントン海軍軍縮条約の場を借りた二国間協議で山東懸案解決に関する条約が締結され、日本は守備兵を撤兵し、膠州湾租借地、膠済鉄道などを返還したが、膠済鉄道は日本の借款鉄道となり、同鉄道沿線の鉱山は日中合弁会社の経営となるなど、山東省において名義のうえで一定の権益を確保した(中国官憲による権益侵害や民衆を動員した抗日運動により実施されなかった)。

 孫文は、「21ヶ条要求は、袁世凱自身によって起草され、要求された策略であり、皇帝であることを認めてもらうために、袁が日本に支払った代償である」、と断言した。また、加藤高明外相は、最後通牒は、譲歩する際に中国国民に対して袁の顔を立てるために、袁に懇願されたものである、と公然と認めた。さらに、アメリカ公使ポール・ラインシュ(Paul S. Reinsch)の国務省への報告書には、「中国側は、譲歩すると約束したよりも要求がはるかに少なかったので、最後通牒の寛大さに驚いた」とある。最後通牒の手交を必要としない状況において最後通牒を強行したことは、中国国民の民族主義を軽視した日本外交の失敗であった。

 この外交交渉により、2条約13交換公文にまとめられたもののうち南満洲及東部内蒙古に関する条約など満蒙問題に関する重要な取り決めがなされ、満州善後条約満州協約北京議定書日清追加通商航海条約などを含め日本の中国特殊権益が条約上固定された。日本と中華民国によるこれら条約の継続有効(日本)と破棄無効(中国)をめぐる争いが宣戦布告なき戦争へ導くこととなる。」

 

※これだけでも頭が痛くなるような複雑さ!  とにかく、まずは、《各国の権謀術数・陰謀が渦巻いていたきわめて複雑な状況》ということを理解しておかねばならないようだ。では、その状況を各社はどう描いているのか?

 

■実物コピー 1/2

【育鵬社】

 

【自由社】

 

【東京書籍】

 

~次回2/2~

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《著者:松永正紀  教育評論家 /h22年度 唐津市・玄海町:小中学校校長会長》