西印旛沼の畔には、次の防人の歌碑があります。
「潮船の舳越そ 白波にはしくも 負ふせ賜ほか 思はへなくに」
万葉集に収載された防人の歌の中で唯一印波郡出身の詠み人によるもので、
思いがけず突然防人として招集された驚きを表しています。
防人の制度はいずれ廃止されるのですが、その後対馬や九州北部は2度の元寇を含め何度も大陸からの侵攻を受け、
その都度撃退しています。福岡出身者としては、防人などの立場で苦労された先人に頭が下がる思いです。
「潮船の舳越そ 白波にはしくも 負ふせ賜ほか 思はへなくに」
万葉集に収載された防人の歌の中で唯一印波郡出身の詠み人によるもので、
思いがけず突然防人として招集された驚きを表しています。
防人の制度はいずれ廃止されるのですが、その後対馬や九州北部は2度の元寇を含め何度も大陸からの侵攻を受け、
その都度撃退しています。福岡出身者としては、防人などの立場で苦労された先人に頭が下がる思いです。