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写真は「コルシカ書店の仲間たち」須賀 敦子 文藝春秋 1300円。1960年代、ミラノのコルシカ書店に集った人々の日常を写し取ったエッセイ集。
ミラノ滞在2日目、私はすこぶる機嫌が悪かった。かみさんが行きたいと言ったブランドの店を目指すも道を間違えたのか一向にたどり着かない。
「最近ダメだね、昔は何処に行くにも一発だったよね」
そうだった。昔は地図などに頼らなくても何処にだっていけた。例えば数年ぶりに訪れた四国の街の繁華街にあった寿司屋さえ地図を見ずにこの角を曲がり、1本入った路地の角と鼻歌まじりんでたどり着いたものだ。そんな方向感覚抜群の私も加齢によるものか、はたまたIパットの地図を見るようになったからか、最近はさっぱりいけなかった。旅先でも地図を睨みつけて立ち尽くす事が多くなり、次第に地図をかみさんに奪われる事が増え、こちらの主導権もかみさんに握られる事となりつつある。そんな私にとってこのミラノ旅行は起死回生の場となる筈だった。地図を片手に路地を曲がろうとする私にかみさんのひとことが飛んだ。
「そんなとこ曲がるのおかしいよ。絶対間違ってる」
その一言が私の癪に障った。私は早足となりすぐ先の角曲がり後は闇雲に歩いた。憤りの為我を忘れていた。息が上がり、我に返って立ち止まり後ろを振り返るも当然かみさんの姿はなかった。おまけに自分が今何処にいるかさっぱりわからない。石の家にかこまれた狭い路地の四つ辻に私はいた。ひと2人がやっと行き違えるぐらいの道だ。さてどちらに行ったものか、私は思案に暮れた。すると路地の奥からひとりの青年が肩に丸めた絨毯のような物を担いてやって来た。よく見るとその青年は黒人でしかもギリシャ彫刻のような端正な顔をしていた。青年は私と目が合うと軽く会釈をすると角を曲がって歩いて行った。何故かわからないがその青年に着いて行けば大丈夫なような気がして私は青年の後をついて行った。軽やかに歩き続ける青年、角を2つ曲がると青年は1軒の店に入って行った。私は慌てて店の前に立つ。店を伺うと、どうやら本屋のようだ。私は意を決してドアを開けた。インクの匂いがした。懐かしい匂いだ。造り付けの本棚に本が積まれている。高天井は私の身長のおよそ2倍はあるだろうか本のトンネルを歩くようだった。青年はどんどん奥へ進んでいく。ひとつのテーブルを囲んで3人の男達の姿が見て取れた。髭もじゃの肥った男がデカイ声で黒人青年に声をかけた。青年が返した。髭もじゃの肥った男がまるで堰を切って流れ出す水ように笑い出した。黒人青年はまあね見たいな仕草してその横を抜けてその奥にある小さなカウンターに腰掛けた。私は本を探すふりをして彼らの様子を伺った。髭もじゃの肥った男が今度は向いの男に身振り手振りデカイ声で話を始めた。向いの男は根気よく髭もじゃの肥った男の話を聞いている。髭もじゃの肥った男の話が終ると向いの男が話を始めた。髭もじゃの肥った男は話をとってまたデカイ声で話を始めた。するとこちらに背を向けた小柄の男が、たしなめるように髭もじゃの肥った男の話を制した。髭もじゃの肥った男は仕方無さそうに黙った。また向いの男が喋り始めた。私は黒人青年に視線を移した。青年はよく見るとカウンターの奥のレジ前に座る女性に話かけているようだった。こちらからは死角になっていてその女性の容姿は伺えなかった。暫くすると黒人青年が、席を立ち店を出て行った。議論に夢中な男3人は目も向けなかった。私は慌てて青年の後を追った。相変わらず軽やかに歩き続ける青年。私は少し距離を置いて青年を追い続けた。青年が角を左に曲がった、私も曲がった。そこに青年の姿はなかった。私は小走りに次の角を右に曲がった。青年の姿はなかった。踵を返し直進すると少し広めの道に出た。そこにも青年の姿はなく、代わりにウインドに見入るかみさんの姿があった。
「何処に行ってたの、心配させないで」と言うとかみさんは私から地図を奪い取った。
「次、雑貨のお店に行くから付いてきて、何ボンヤリしてるの、分かった」
それから私はかみさんの背中について行った。