早起き梟のひとりごと

仕事に追われる日々を少しだけ立ち止まって見つめてみると・・・

寂光院(京都・大原)

2018-03-24 05:12:45 | お寺

写真は、寂光院山門。

今を去ること、832年前、後白河法王が建礼門院徳子をこの地に訪ねていた。

壇ノ浦の水底から引きずり出され、命ながら得て生き延びた建礼門院徳子がひたすらに平家の菩提を弔い、そのいのち終えた寺、それが寂光院だ。

御朱印。

平家物語は、あの誰でも知ってる一節から始まる。

      祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり

そして、最後の巻、灌頂巻(女院死去)はこの一節から始まる。

さる程に寂光院の鐘のこゑ、けふも暮れぬとうち知られ、夕陽(せきよう)西にかたぶけば、御名残(おんなごり)をしうはおぼしけれども、御涙おさえて還御(かんぎょ)ならせ給いけり。

 平家物語は、鐘の声で始まり、鐘のこゑで終わる。

 鐘の声は、平家物語に一貫として響いていた。

 すべては鐘の響のように儚いもの。

一陣の風が、かすかな鐘の声を、運んできた。

風は過去から吹いてくる。

つかの間を生きる。

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浄瑠璃寺

2018-01-23 06:31:39 | お寺

写真は、浄瑠璃寺。

山門を入り、池の右手が三重塔。

池の向こうが本堂。本堂の前に灯籠がある。

三重塔側の灯籠から一直線で本堂側の灯籠に線を引くことができ、その延長線上が本堂の中心つまり御本尊の阿弥陀様。冬至と夏至の日、太陽は本堂の中心に沈む。1度その日に訪れてみたい。

 

本堂には千年の時を経て今も9体の阿弥陀様が鎮座している。(パンフレットから)

寒い冬の日、本堂には私ひとりだ。

本尊の前に叩頭く。

静寂が本堂を包み、ローソクの揺らぐ音が聞こえる。

悲しみが込み上げてくる。

頭(こうべ)あげ、阿弥陀様を見あげる。

阿弥陀様が霞んで見える。

阿弥陀様は何も答えない。

ただ昨日と同じように明日もまたそこに鎮座しているだけだ。

 

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アマデウスに逢いたくて!

2016-11-08 07:24:42 | お寺

写真は京都、聖光寺。

以前このブログの御朱印で書いた聖光寺。浄土宗特別公開の10月8日、かみさんを残しひとり上洛したのにはもう一つの目的があった。それはあわよくばAmadeus に逢えるかもという想いがあった。

アマデウス?もちろんモーツアルトではありません。私がほぼ毎日チェックしているブログの作者のハンドルネームです。試みに

      アマデウス 京都

で検索してみてください。  

Amadeus の「京都のおすすめ」ブログ版(観光)

最初にヒットするはずだ。京都のお寺の情報が満載のブログだ。特別公開の情報などはいつもこのブログから得ている。じつは浄土宗特別公開の情報もこのブログで知ったものだった。

聖光寺、10月8日だけの特別公開、しかもアマデウスがブログでおすすめしていた。これはアマデウスも来るかも、そんな想いが心の片隅にあった。

でも当日、それらしき人と遭遇することは無かった。

そしたらしばらくしてアマデウスのブログにこんな記載があった。

10月8日の拝観報告

14:30に西翁院を出て丸田町通りー川端通りー五条通りー河原町通りー寺町通りと進み15:00にやって来たのが聖光寺です。

やっぱりアマデウスは来ていたんだ、聖光寺に。しかも15:00に!

iPadの写真、私が聖光寺の門を撮影した時刻を確認するとなんと15:05。入れ違い、いやすれ違っていたはずだ。

気づかなかった。残念。

今年はもう京都には行けそうにもないけど、いつかはアマデウスに遭遇してみたいものだ。

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真言宗 東福寺

2016-10-20 05:44:47 | お寺

写真は、真言宗 東福寺と刻まれた石。この日はアパホテル前橋北口7階に宿泊。窓を開けると眼下に墓場があり、その先にお寺の本堂があるのだが、それが変わっていてとても日本のお寺とは思えない意匠だったので、ホテルを出てお寺に行ってみた。それが東福寺。

寺の屋根の真ん中からまるで鬼の角のような日輪が突き出し、三層の屋根の先端がそれぞれ天に向かってニョキと伸びた様は、東南アジアのお寺のようだ。

インド神話の神鳥ガルーダを模したとされるその先端は、曇天に今すぐ羽ばたいて行きそうだ。

南無大師遍照金剛。

お寺の隣の石屋さんの軒先にいたお地蔵さん。

同じく梟。

 


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江戸六地蔵 巣鴨 眞性寺

2016-09-10 06:13:24 | お寺

写真は、江戸六地蔵 3番 眞性寺。京都六地蔵に模して建立された丈六の銅造地蔵菩薩坐像は、中山道の往来を見つめるように鎮座している。なにやら地蔵様は物憂げで悲しそうだ。

御朱印。

そんな地蔵様を拝む者がひきも切らさずで線香の煙が絶えることがない。

境内には石像群がひっそりと佇んでいる。

芭蕉の句碑もある。

白露もこほれぬ萩のうねりかな  芭蕉

萩植えてひとり見習う山路かな   杉風

実は私、生まれてすぐ暮らしたのはこのお寺の裏のアパートだったの事。もちろん私の記憶には一切なく母から聞いた話。

私の記憶にあるのは、八つ目やにしむら。もちろん改装する前、もしかしたら二代前の店舗で、当時は焼き台が店の前にあり、短尺やら肝やらカブトなどを焼いていて、けむりモクモクの中親父たちがコップ酒を呑みながら、鰻を食べていた。小学校に上がる前だったか、コップ酒をあおる父の横で短尺を1本買ってもらい食べた記憶がある。

私の鰻好きはここに始まったのかもしれない。それにしても煙が目に沁みたな。

そうだ、今夜あたり鰻鐡の焼き台の前のカウンターで、父の面影を肴にコップ酒でもやりますか。

 

 

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