写真は「戦争をしない国」文 矢部宏治 写真 須田慎太郎 小学館 1000円+税。
明仁天皇の言葉を引いてみよう。
「80年の道のりを振り返って、(略)やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した(=小学生になった)ときには中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。
この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言はれています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。
戦後、連合軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持を抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力もわすれてはならないことと思います」
平成25年12月18日/80歳の誕生日会見
「ここに皇位を継承するに当たり(略)みなさんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすこと」を誓います。
平成元年1月9日即位後の朝見の儀
美智子様の言葉も引いてみよう。
「私は、人はひとりひとり自分の人生を生きているので、他人がそれを十分に解したり、手助けしたりできない部分を芯にもって生活していると思うのでございますね。ですからそうした部分に立ち入るというのではなくて、そうやって皆が生きているのだという、そういう事実をいつも心にとめて人にお会いするようにしています。
だれもが弱い自分というものを恥ずかしく思いながら、それでも絶望しないで生きている。そうした姿をお互いに認めあいながら、なつかしみあい、励ましあっていくことができればと、そのように考えて人とお会いしてます」
昭和55年10月18日 46歳の誕生日会見
「とりわけみずからが深い悲しみや苦しみを経験し、むしろそれゆえに、弱く、悲しむ人びとのかたわらに終生寄りそった何人かの人びとを知る機会をもったことは、私がその後の人生を生きる上の指針のひとつになったと思います」
平成16年/70歳の誕生日会見
何度も、熱いものがこみあげてくる。一読をお勧めする。そして平和について考えてみよう。