写真は、私が生まれて初めて買った腕時計。
故あって、腕時計が必要となった。時間が分かれば良いだけだから何でもよしと、地元の大山ハッピーロード商店街の時計屋に赴いた。ウインドー越しに時計を見つめる。店のおばちゃんと目があった。するすると私の横に忍び寄るおばちゃん。まずい私はこの手の接客にからっきし弱い。
「何かお探しですか」
「腕時計を、何しろこの歳で初めて腕時計を買う気で、これは」指さす私。
「こちらは、女性用ですね」
「そうなんですか、ではこれは」指さす私。
「そちら、文字盤が黒ですと少し見ずらいですから、初めてなさるなら文字盤が白の方がよろしいかと」
「そうなんですか、ではこれは」文字盤が白の物を指さす私。
「そちら、文字がアラビア数字ですと少し見ずらいですから、初めてなさるなら文字は普通の方がよろしいかと」
「そうなんですか、ではこれは」文字盤が白で、文字が普通で、ゴールドが基調の物を指さす私。
「そちらですか、初めてでしたらやはり、シルバーが無難かと、こちらなど如何でしょうか」
てな訳で、購入したのがこの時計。
結局、私の意思は何1つ反映されなかったけど、時間が分かりさえすれば良いのだから、まっいっか。
数日後、この時計をして颯爽と助手席に乗り込む私。運転手はゾエ。
さりげなく腕時計に眼をやる私。
「時計、買ったんですか」
「わかった」
「分かりますよ、そんだけちらつかせれば」
これ見よがしに、時計をゾエにかざす私。なにやら意味深な笑みを浮かべていたゾエが笑い出した。
「何だよ、なにが可笑しい」
「自分で、選んだんですか、その時計」
「まあな」
また、意味深な笑みを浮かべてハンドルを握るゾエ。
「何だよ、そんなに可笑しいかこの時計」
「可笑しくはないですよ。ただ」
「ただ、なんだ」
「クリケットに誘われたオヤジが小学生の上履きをはいて登場。みたいな感がありますね」
「なるほどね」
数日後、この時計をして普通に助手席に乗り込む私。運転手は元請けのE氏。
「あれ、八木さん、腕時計なんかしてた」
「この前、買いました」
「どこの」
「...........」
「どこのメーカー」
「SEIKOみたいです」
「SEIKOか、」と言って腕時計をちらつかせる、E氏。
「どこのメーカーですか」
「見てわからない。ローレックス、でも知る人ぞ知る地味なローレックス」
それからE氏の腕時計の蘊蓄が続いた。
私はその時決めた。
鼻白むことも、鼻で笑われることもない腕時計を買ってやると
この話の続はまたいつか。