松江市のゼロ磁場

役行者の山伏です。千日行をして松江の西方の陣賀山に新しくゼロ磁場を発見しました。
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ゼロ磁場 修験道 なぜ私だけが

2008年07月26日 | Weblog

 ゼロ磁場は役行者(えんのぎょうじゃ)が示された聖地です。大日如来の化身です。その教えは「この世で、悩んでいる方で、私を信じる人を救う為また豊かな生活ができるようにする為遣わされた」です。<o:p></o:p>

 私たちが生活しているとき、自分に悪いことが起こった場合、他人と比較して、「世の中には、私より悪いことをして、他人に嫌がられ、迷惑だけかけている人が、楽しそうに生活して、私はなにも悪いことをしないで、正しいことだけしてきたのに、なぜ私だけが不幸になっているのか、なぜ私だけが病気になっているのか」 と時々思うことがあるでしょう。<o:p></o:p>

この考え方は、修験道では、恨み 呪いの類と同じと見ます。マイナスの思考です。良くなるはずがありません。 「ほかに私より、もっと悪いことをしている人がたくさんいるのに、その人たちには、何もおこらなくて、何も悪いことをしないで、正しく生きてきた私にだけ、なぜこんな事がおきるのか」とよく考えますが、このことは、自分で自分の運命を「恨み」 「呪う」って受け入れなかったことです。 昨日も書きましたが「正義感」が強すぎたためです。<o:p></o:p>

自分は正しいほかの人は間違っていると、裁く気持ちがあるためです。裁く気持ちは、マイナスの思考です。体に良いことがありません。<o:p></o:p>

自分が正しいと思いながら、気持ちとは反対に、いつでも正義を振りかざす為疲れるのです。ストレスの固まりになります。「がんばらなくて良い」という本が爆発的に売れたのもこの現象の現れです。一つ例を挙げれば。人は勤勉にはたらかなけねばならない。という正義感がありますね、しかし時には休みたいときもありますね、心は休みたいが、正義感では休んではいけない。ここで葛藤が生じますね。之がストレスになり、人を恨む、 呪うことになります。<o:p></o:p>

働くことが「楽しい」と思う人は、休む人は休みなさい。私は働くことが「楽しい」と思う人はストレスがありません。このような人は なぜ私だけに?という発想はありません。自分の人生を楽しんでいるからです。<o:p></o:p>

このような考えになるために、修験道では「修行」をします。しかし「恨み」「呪い」 「憎しみ」はなかなか消えません。最期まで残ります。悟りが必要です。その悟りを得る為、ゼロ磁場で護摩を焚き、祈りをするのです。<o:p></o:p>

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