駅猫おさむ 「肩書ない」から愛された
6日にお別れ会 ひたちなか海浜鉄道
2019年7月6日(土) 毎日新聞
6月23日、推定年齢17歳で死んだひたちなか海浜鉄道(茨城県ひたちなか市)の駅猫「おさむ」。
動物を使って客寄せを行う鉄道は全国各地にある。
しかし「おさむ」は駅長でもなければ、何か特別な芸に秀でていたわけでもなく、那珂湊駅(ひたちなか市)にいるだけの猫だった。
「肩書なし」「何もしない」ただの黒猫はなぜ海外からも愛されたのだろうか。
【米田堅持】
ホームにたたずむ駅猫おさむ=茨城県ひたちなか市の那珂湊駅で2018年8月15日、米田堅持撮影
たま(和歌山電鉄貴志駅駅長)や、ばす(会津鉄道芦ノ牧温泉駅駅長)のように猫が駅長となって、その鉄道の集客を担うことは多く、山形鉄道のようにうさぎの駅長や亀の助役というケースもある。
しかし、「おさむ」は「駅猫」という称号で「指定席」こそ用意されたものの、役職はなく、制服を着ることもなかった。
「女子鉄アナウンサー」として活躍している久野知美さんは「動物駅長や駅猫は全国に数多くいて、これまで天国に旅立った動物たちにも会ってきたが、おさむはどこか『家族』のような空気感で乗客を迎えてくれた。おさむ自身が『おらが湊鉄道応援団』の一員のような感じだった。自分のペット以外の動物が旅立って、泣いたのは初めてだった」と存在感のある駅猫の死を惜しんだ。
「おさむ」に日当たりの良い「社長のいす」を奪われたことをSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)にたびたび投稿していた吉田千秋社長は「猫でいてほしかった、普通でいてほしかった」と明かす。
「おさむ」は、気ままに生きていて、それを駅員や地元の人がそっと見守るという形が続いた。吉田社長は「何もないほうがのびのびしていて良いと思ったが、それが本当に猫が好きな人たちの癒やしになったかもしれない」と振り返る。
誰かに何かをやらされるわけでもなければ、誰にも縛られない自然体な生き方こそが「おさむ」の魅力だった。
ひたちなか海浜鉄道で上演された鉄道演劇に出演した劇団シアターキューブリックの谷口礼子さんは「丸まって寝ているおさむをなでていると、都会時間から解放されるようなホッとした気持ちになりました。」と「おさむ」に癒やされた思い出を話す。
吉田社長は「猫は猫らしく、人間の手助けで健康に長生きして『鉄道の一部』みたいになって『とけこんで』くれるのが、駅猫の理想だと思う」という。
「地元の獣医師の尽力で大きな病気もせずに長生きしたことで『会いに行ける駅猫』として定着したことも大きかった」と人気となった理由を語る。
吉田社長は「(死んでから)おさむの偉大さを感じている」という。
ひたちなか海浜鉄道にとって集客の柱でもあった「おさむ」の死は、経営問題にも微妙な影を落としかねない。
しかし、地元の関係者も「おさむ」の代わりは「おさむ」しかいないと口をそろえる。
もう1匹の駅猫「ミニさむ」はドクターストップで「箱入り娘」として事務所で飼うはずが、度重なる脱走に駅員らが根負けしてしまうほどの「おてんば娘」で代わりにはならない。
駅猫には「列車の運行を邪魔しない」ことも求められるため、猫そのものの性格も大事で「おさむ」の次は見通せていない。
「おさむ」が死んだ日の夕方、那珂湊駅ホームに献花台が設けられ、今も花束などが供えられている。
「大好きなえさのテレビCMの歌を口ずさむと、おさむの目がきらっと光ってすーっと寄ってきた」とつぶやきながら、えさを献花台に供える駅員のめがねの奥はかすかに光っていた。
ひたちなか海浜鉄道として初の「社葬」となる「おさむ」のお別れ会は6日午後1時、那珂湊駅ホームで行われる。
ホームに座るおさむ=2018年10月6日、おらが湊鉄道応援団提供