心に刻まれた裏切られた過去
◇豊かな国の不要犬、哀れ
約10年前、山梨県東部の犬の多頭飼育現場をメディアが取り上げた。
市街地のビルや山林に放し飼いにされ、周辺には汚物が放置されたまま。
不衛生な環境下、十分な餌も与えられず、ピーク時には400頭を超える犬がいたとされる。
当時を知る「動物愛護支援の会」代表のマルコ・ブルーノさん(64)は「この豊かな国でなぜ不要犬ができるのか。この国の豊かさとは何なのか。本当に不思議な国だと思った」と振り返る。
「捨て犬を救っている」と語っていたオーナーの男性は3年前に亡くなった。
現在、残された78頭は地元の小林昭夫さん(67)と暮らしている。
小林さんは20年以上前から、日を追うごとに増えていく犬たちの存在を知っていた。
悲惨な状況を改善しようと手伝いを続け、4年前から住み込みで世話をしている。
そして、毎週土、日曜には帝京科学大学の学生たちがボランティアとして集まる。
犬舎の掃除や支援物資の整理など朝から晩までの活動は9年目を迎える。
人を見て、寄ってくるでもなくほえるでもなく、小屋に隠れる犬を見かける。
人に救われたはずなのに人に裏切られた過去は犬たちの心に深く刻みこまれているのだろう。
同大アニマルサイエンス学科3年の橘百合子さん(21)は「過去から学ぶことがあるからこそ若い自分たちが変えられる」と語る。
「もう二度と起こしちゃいけない」という誓いを胸に、少しずつ犬たちとの距離が近づいている。
【写真・文 佐々木順一】
◇ほとんどの犬が10歳以上
15年前から山梨に通い、これまで200頭以上の犬を一般家庭に譲渡してきたマルコさん。
現在も譲渡だけでなく、病気の犬を動物病院に運んだり、物資の調達などで小林さんらを支援している。
学生たちは譲渡に適した犬を自宅に連れて帰り、室内の暮らしに慣れさせながら、人とうまく生活できるように訓練している。
同大3年の秋森来美子さん(21)はこれまでに4頭の世話をしてきた。
「人に興味を持たない犬たちが心を開いてくれた時が何よりの喜び」と話す。
ほとんどの犬が10歳を超え、以前と比べて譲渡する犬の数は減少している。
「犬にとっては、ここで暮らした方が幸せではないのかと迷う時もある」と語る小林さんだが、今も学生らと協力して譲渡活動を続ける。
犬への餌や現地の運営費はすべて寄付で賄っており、学生たちが運営するホームページでは活動報告とともに支援物資なども募集している。
アドレスはhttp://www.animalweb.jp/bokuiki/tatou_hp/tatou_top.html
犬に声をかける学生たち。時間をかけて少しずつ、人と犬との距離が近づいている。
譲渡を目指す犬は学生たちが預かっている。
屋内飼育に慣れさせ、家庭での生活に順応できるようにしている。
寂しそうに遠くを見つめる犬。暗い過去を消すことは簡単なことではない。
かつて多数の犬が放し飼いにされていたビル。当時の劣悪な飼育環境がうかがえる。
プレハブ小屋で支援者からの贈り物すべてをノートに書き留める小林さん。
小林昭夫さんや学生たちと生活する犬。今はのんびりと山奥で暮らしている。