和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

講座参考本⑯

2024-08-05 | 安房
「大正大震災の回顧と其の復興」上下巻(昭和8年・千葉県罹災救護会)

さきに、「安房震災誌」を紹介しましたが、
「安房震災誌」は、大正12年4月1日に郡制度廃止が決定し
郡長および郡役所は残務処理のために大正15年7月1日まで残置された
のでした。その際、安房郡長・大橋高四郎は震災の翌年に
「安房震災誌」の編纂を白鳥健氏に一任して、おりました。
その編纂が完成したのが大正15年3月30日発行の「安房震災誌」でした。
編纂兼発行者は安房郡役所となっております。
思えば、郡役所の残置までに間に合わせたのでした。

さて、それをふまえて、
「大正大震災の回顧と其の復興」上下巻をひらくならば、

この編者・安田亀一氏の「編纂を終へて」に語られておりました。

「本縣で震災誌編纂のことは震災直後に定った方針であるらしい。
 が、種々の支障から今日まで之を完成してゐなかった。

 既に県の書類なども保存期間が切れて廃棄処分をしたものもあり、
 又やがてその期間に達するものもあって、時の経つと共に、
 だんだん資料が散逸し、折角貴重な文献が喪はれて行く虞があるので、
 誰も早く記録を取纏めて置き度いとは思ひつつも知らず知らず
 時期を逸した態であった。

 尤もその間に、編纂委員が出来て、材料の取纏めに取りかかてゐたが
 中絶し、その後に又、専門に擔当する嘱託(高月頼章氏)が入って
 起稿し始めたが、編史の進行難やら一身上の都合やらで、
 折角同氏が予定した計画をも実現するに至らずして辞された。

 ・・・・・・・結局私にお鉢が廻って来た。・・・・
 それは昭和6年の9月、秋風の立ち初むる頃であった。

 ・・・・急務は先づ材料の蒐集整頓であると思った。
 これより先、市町村から材料を蒐集すべく高月氏が
 事項を定めて照会を発して呉れてあったから、
 徐々その回答も纏って来るし、岡課長その他が
 安房、君津、市原の三郡で震災地の町村吏員を集めて、
 記録の所在や当時の事情の聴取ことから、
 町村からの提出材料も漸次増加して来た。

 だが肝腎の県の記録がなかなか纏らない。
 そこで私は、先づ大震災当時応急活動に従事した人々で、
 現に在庁又は在葉する人々を日赤支部楼上へ集まって頂き、
 私の予定したプランに依って座談会を開いた。
 この座談会から私は多くものを得た。・・・・   」

 ( p978~989 「大正大震災の回顧と其の復興」上巻・昭和8年8月発行 )


はい。このようにして、編纂がならずに完成もしなかった本が外に
あることを知ることがあると側聞いたします。
まずは、これを現在、紐解けることを
そして、参考本として紹介できるのを喜びたいと思います。

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