和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

関東大震災と西條八十

2023-06-19 | 地震
今日になって、関東大震災について、思い浮かんだのは、
筒井清忠著「西條八十」(中公叢書・2005年)でした。
その箇所を引用。

「・・(西條)八十は月島にいる兄英治夫婦の許に向かった。
 件の兄は例の芸者と月島に住んでいたのだが、
 
 月島が海底に沈んだという流言が流れ案じられたのである。

 しかし、大混乱の中容易に前へ進めず結局、
 夜を上野の山で過ごすこととなった。深夜、疲労と不安と飢えで、
 人々は化石のように押しだまってしゃがみ、横たわっていた。

 しゃがんでいた八十の隣の少年がポケットから
 ハーモニカをとり出し吹き出そうとした。

 八十は一瞬、周囲の人々が怒り出すのではないかと案じ、
 止めようとしたが少年は吹きはじめた。

『 それは誰も知る平凡なメロディーであった。
  だが吹きかたはなかなか巧者であった。
  と、次いで起った現象。―― これが意外だった。

  ハーモニカのメロディーが晩夏の夜の風にはこばれて
  美しく流れ出すと、群集はわたしの危惧したように怒らなかった。
  おとなしく、ジッとそれに耳を澄ませている如くであった。 』

  人々は、ささやき出し、あくびをし、手足をのばし、
  ある者は立ち上がって塵を払ったり歩き廻ったりした。 」(p102)


これについては、注釈の箇所も引用しておかなきゃ。

「 すぐれた八十研究者上村直己は『西條八十とその周辺』において
 『 これはにわかい信じがたい 』としている。・・・・・

  筆者には、大地震後人々が音楽でいやされる映画
 『桑港(サンフランシスコ)』(w・s・ヴァン・ダイク監督 1936年)
  との共通性の方が印象的である。 」(p128)


うん。つぎに思うのは、震災直後の不安のなかで
私なら、どんな平凡な曲が聴こえてくればよいだろう?
それとも、曲は聴きたくないのだろうか?

ダメだ。広報が繰り返し鳴り響いている場面しか思い浮かばない。

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1 コメント

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Unknown (1948219suisen)
2023-06-20 11:41:33
あれ程の災害の後ではわれわれ人間は言葉を失うと思います。が、音楽は、人の心に直接沁みますから受け入れられたのでしょうね。右脳では受け入れられなくても左脳では受け入れられたのかもしれません。
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