和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

ボクモツイテル オヅヤスジロウ』

2023-12-29 | 絵・言葉
蛮友社の「小津安二郎 人と仕事」(昭和47年)。
この本は、弔辞などをふくむ追悼文集のようです。
いろいろな方の、追悼文が掲載されておりました。
せっかくひらいたのでパラリパラリとめくります。

笠智衆の名があるので、読んでみました。

「・・自他共に認められる『不器用』な俳優の私で、
 ・・それでも他の俳優さんのすることは、脇にいて見ていて、
 先生が『 もう一度 』と言うか、OKにするかがわかりました。
 しかし自分のこととなると、丸きりわからなくなるのでした。

 ・・・・・
 小津演出は、ハプニングは一切のぞまず、すべて先生の考えてある
 ものに従うわけで、完全な小津作品でした。そのかわり責任も
 先生が持ちました。
 ・・・小津先生の前だと、どうしても私は固くなってしまいました。
 手がふるえて、お銚子でお酌などするシバイの時、相手役の持つ盃
 にあたってカチャカチャと鳴って困りました。・・・ 」(p179)


うん。杉村春子も書いておりました。そちらも引用。

「・・一度先生に私をどうして使って下さったのですかと
 どうしてもききたくなって伺ってみました。そしたら
 稲垣先生の『手をつなぐ子等』をみて自然な芝居をする人
 だなと思ったからだとおっしゃいました。
 『晩春』『麦秋』『東京物語』とお仕事はつづいて、
 私は小津一家の一人のように言われて嬉しゅうございました。

 先生は私の生涯のいちばんつら時期、
 文学座再度の分裂があった頃お亡くなりになりました。

 その年のお正月、文学座に分裂があって約半数の退座が出た時、
 電報をいただきました。その電報には
『 オレガツイテル サトミトン ボクモツイテル オヅヤスジロウ 』
 とございました。・・それから間もなく御入院と、あとでききました。
 ・・・・     」(p229~230)

里見弴の弔辞(昭和38年12月16日)も載っています(p415)。

うん。ここには、今日出海の一回忌のスピーチの方が、内々の
気楽な親密さを語ってくれていて印象深いので引用してみます。

「佐田君の結婚式の日の話ですが、この仲人は小津君がやった。
 
 式後、私は赤坂の某所におりましたら、・・12時過ぎに
 別の座敷から『すぐ来て欲しい』と佐田君が電話をかけて来た。
 何事だろうと思ったら『小津さんが酔っぱらっている』という。

 ・・・行ってみますと、もうベロベロに酔っぱらってる。
 それをお酌しているのが佐田の新郎新婦だった。
 さっき結婚して、もう新婚旅行にでも行ったのかと思ったら、
 仲人のお酌をしている。そして仲人は
『 まあいいじゃねえか、いいじゃあねいか 』
 といいながら飲んでいる。

 ああいう独身の半端ものを仲人にすると、
 その間の事情がよく解らないものでこういう残酷なことをやるんだ。
 それで私が呼ばれた訳も解りまして、新郎新婦を無事にホテルに帰した。

 こういう風に、小津君は一筋の道を歩んだようですが、
 やはり一筋じゃ足りないんで、色々ご迷惑をかけていたに違いありません。
 ・・・・    」(p416)


うん。この引用で終わるのもなんですから、
やはり里見弴の弔辞を引用してしめくくることに。
小津君とはじまります。

「小津君。君は綺麗なもの、間違のないことしか相手にしなかったね。
 ねつい仕事ぶりで、自身納得がゆくまで押しまくった。
 
 ばばあは俺が飼育してゐるのだ、などと、
 始終ばばあ呼ばはりをしながら、こよなく母上を愛した。

 いつも滑稽諧謔の悠適を失はず、これを道化の精神と誇称した。
 ・・・・・・・・酔えばよく唄ひ、よく踊った。

  ・・・・・・・・・・・・

 俺は通俗作家だ、と自嘲めかして呟くことがあった。
 しかしこのことは、君にとってはもちろん、映画界はおろか、
 日本国にとっても、大層幸福(しあわせ)なことだった。
 さういふ作品がいつまでも残って行くのに、
 君自身は、急にこの地上から消え失せて了った。

 ・・・・毎回協同制作にあたってゐた野田高梧君の夫婦、
 親子同然の間柄なる佐田啓二君の一家、孫のやうに
 可愛いがった同家娘、貴恵ちゃん、君によって才能を伸ばされた
 幾多男女俳優諸君、叱言(こごと)と慈愛とを雨の如くに
 頭上から浴びせかけられた君のスタッフ・・の面々・・・

 そして最後に、一干支(ひとまわり)からも年齢の違ふ
 私まで置き去りにして・・・・・

 ひどい人だ。君は。ひとこと愚痴を零(こぼ)させて貰って、
 では、また会ふ日まで。小津君よ、さやうなら。      」(p415)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 不自然だと百も承知で。 | トップ | 地方的東京人。地方的文化人。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

絵・言葉」カテゴリの最新記事