うさとmother-pearl

目指せ道楽三昧高等遊民的日常

アッカンベー その5

2006年01月31日 | ことばを巡る色色
アッカンベー その1 
アッカンベー その2 
アッカンベー その3 
アッカンベー その4



姫はメールにハマッテいた。
「マニュアル」のおかげで、あの子への手紙の書き方がわかった。あの子との問答にあった「名」への疑問は残ったけれど、ま、そんなことより、今は「メール」なのである。

「akanさん。姫です。えっと、メールの打ち方がわかりました。一生懸命勉強してます。私のメール、届いてますか。届いていたら、お返事ください。」 -送信-

-返信- 「届きました。akan」

「何のお話をしたらいいのでしょう。あなたが私にアッカンベーをしてきた理由はいったいなんでしょう。教えていただけると、とても私はうれしいです。それから、私は姫です。誰?って、あなたは聞くけど私は姫です。なぜ、ケイタイを私にくださったのでしょう。それから、akanさんの趣味は何ですか。私は図書室で本を読むことです。akanさんの好きな色は何ですか。私は秋の山色です。akanさんの好きな食べ物は何ですか。私は木苺の甘煮です。あらら、質問ばかりですね。ごめんなさいね」 -送信ー

-返信- 「姫。私は、趣味も好きな色も好きな食べ物もありません。そうして、理由は、『姫が姫だから』」

「まあ、なんてかわいそうなこと。好きなもののない毎日なんて、雨の日の来ない春のようです。それから、私が姫であることがなぜ、アッカンベーなんでしょうか。」 -送信-

姫はまだまだ、ケイタイになれていなかったので、これだけで、半日が過ぎてしまった。趣味のはずの読書も、今が盛りの百合園のお散歩も、タペストリーを織ることも、午前のお茶も、今日はお休み。しかし、姫はじっと椅子に腰掛け、ケイタイを見つめて、あの子からのお返事を待った。

-返信- 「姫は姫だから姫だけれど、姫の奥の奥のあなたは何?姫はやっぱり姫のまま、姫を生きていくの?姫として生まれて、姫として大人になって、姫として結婚して、姫として子どもを生んで、姫として育てて、姫として死んでいくの?そんなの私だったらまっぴらだわ。」

姫は何とお返事を書けばよいのかわからなかった。だって、姫は姫として生まれ、姫として育てられてきた。それを誇りにも思ってきた。姫でない自分なんて、裸足で氷河を渡るようだ。

「ねえ、akanさん。私が姫であることは、悪いことなのかしら。」 -返信-

-返信- 「悪くはない。姫は姫を全うしている。でも、ね、姫。あなたは、考えたことがあったかしら。あなたが姫であるということは何って、考えたことがあったかしら。」

「なかったわ」 姫はケイタイの前で小さくつぶやいた。
「裸足で氷河を、渡ってみよう。」姫はそう思った。

「私は姫です。あなたは私をどう思っていますか」
ケイタイメールのアドレスの欄にでたらめな文字を打ち、心を込めて花の茎のマークを@と入れ、姫は一斉掃射のように送信した。

-返信-「これはこれは姫、いつもお世話になっております。姫の笑顔はスイトピーのようです。またわが店でチーズをお買い上げくださいませ。」

-返信-「これはこれは姫、いつもお世話になっております。姫の頬は白桃のようです。またわが店でお召し物をお買い上げくださいませ。」

-返信-「これはこれは姫、いつもお世話になっております。姫の言葉はライムのようです。またわが店で書籍をお買い上げくださいませ。」

-返信-「これはこれは姫、いつもお世話になっております。姫の指は二十日大根のようです。またわが店で髪留めをお買い上げくださいませ。」

「ち、これでは、こっちもあっちも私も、スパムメールだわ。」と姫は思った。

だから、今度は違う文面で打ってみた。
「こんにちは、私のハンドルネームはhimeです。私とお話をしませんか。私はお城に住んでいます。趣味はメールを打つことです。あなたはどんな方なんでしょう。私はあなたとお話がしたいのです。」 -送信-      つづく

コメント (10)
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