うさとmother-pearl

目指せ道楽三昧高等遊民的日常

アッカンベー その1

2006年01月17日 | ことばを巡る色色
姫は悩んでいた。
父王も母妃も兄皇子たちも、右大臣も左大臣も、ジイもバアも、
「姫は北諸国一の器量よしだ。兄皇子も負かすほどのおしょべり上手だし、足し算も掛け算も速い。昔の本もいっぱい読んでいる。城の博士が知らぬ言葉も知っている。瞳は青豆のように何でももぱっちり見つめているし、トマトのような唇はいつも美しい言葉であふれている。だれもかれも姫にかなうものはない。国中のだれもかれもが、姫を愛しているよ、尊敬しているよ。」
という。
でも、姫は会ってしまったのだ。
曲がりくねった城の奥の奥で。
あるときは、棘のある紅い花の咲き乱れる花園の曲がり角で、
城の真ん中に立つ塔の、いつもは閉められている窓の隙間で
姫に向かい
大きく  アッカンベー をしている少女を。

なぜ、なぜ、私が何をしたというの?
姫にはわけがわからなかった。そんな屈辱的な態度をとられるイワレがわからなかった。
腹が立った、悲しくなった、訴えてやろうと思った。
私は姫なのよ、たくさん本も読んだわ。お城の博士にいっぱい質問もしたわ。
お風呂ではバアの手を借りず自分で体も洗っているわ。自分で歯を磨いているわ。裁縫だってできるし、笛だって吹ける。
だのに、なぜなの。
しかし、姫はその少女が何者なのか、知るすべを持っていなかった。少女はいつも、アッカンベーをすると、かき消すようにいなくなってしまうのだ。

ある日、新嘗の祭りの時も、あの少女は、ささげられた野菜の陰に立っていた。
やっぱり、アッカンベーをし、ふわりと姿を隠した。
その時、姫は初めて見た。少女は青豆のような瞳と、トマトのような唇をしていたのだ。                      つづく
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする