ある日突然、ブログが書けなくなってしまった。
事件が起こったからだ。事件はまだ続いている。わたしはブラックな情報の網目を漂い彷徨い、新聞を読み、雑誌を読み、何が起こっているのかを知ろうとした。そこにはわたしが今まで触れたことのないような事実や虚偽が溢れかえっていて、わたしはその中で溺れている。
わたしたちが受け取る情報はロンダリングされている。洗われる前の情報を誰も日の下で語らない。しかし、声に出されぬ情報は、ログに刻まれ、黒い口を開けて晒されるのを待っている。ネットの暗い穴の中に、人は大声で叫ぶ。そうだよ、王さまの耳はロバの耳だよ。君には見えないのかい、王冠がぷっくりと持ち上がっているのが。
なぜ、わたしは知りたがっているのだろう。この深い穴の底にあるものを。なぜ、見たがっているのだろう。こんなに怖がっているのに。ロバの耳だからといってどうなんだ、ウサギの耳もロバの耳も、聞こえさえすればいいじゃないか。いや、耳がなくったって構わない。だのに、ロバの耳だと騒ぎ立てる。だって、ほら、ロバの耳なんだよ。きっと、違った音が聞こえているんだよと指をさす。そうして、わたしも、「ロバの耳だ」と小声でつぶやく。
人はジクジクとした傷を持って生きている。いつまでも乾かない、かさぶたのはらない傷だ。だのに、他人の傷を告発する。ほら、こんなところに傷があるんだよ。みんな来てごらん。見てごらん。
なぜ、人はそう囁きたくなってしまうんだろう。なぜ、自己承認と他者批判は表裏となってしまっているんだろう。守ることが攻め立てることにすりかわってしまうのはなぜなんだろう。
後ろ暗いところは、ざぶざぶ洗ってロンダリング。出自、育ち、学歴、刑罰、障碍、金儲け、家庭、情事、取引。
しかし、ロンダリングしたいと思う自分を作っているのは、ロンダリングしたい自分であり、その後ろ暗さの中でつくられた自分からは逃れられない。逃げても洗っても消しても、逃げたい自分洗いたい自分消したい自分、が、自分であるのだ。ロバの耳を持っているからこそ、王様になったのだ、ロバの耳だからこそ王冠でそれを隠したのだ。大声で抗議しようと、絶交しようと、ホテルで切りつけようと、それは洗い流したい自分なのだ。
人の不幸は、洗い流したい自分にもかかわらず、他者を指差す「業」にある。罪深い生き物だ。
やはり、わたしはそのふかいそこをしりたい。なぜ人は、私は、こんなにも罪深いのかを知りたい。知恵が足りないのか、経験が足りないのか、『愛』が足りないのか、神が足りないのか。何があれば、人は、私は、この罪深さを飲み込むことができるのか。私は何を語れば、この罪から私と人を引き上げることができるのか。
ゆっくりゆっくり眼を閉じて聞こう。ゆっくりゆっくり眼を開けて見よう。ここに立って。けして後ずさりせず。
事件はまだ、終わっていない。真っ黒な重い液体を、どくどくと飲むのだ。時が経っても忘れず、顛末を見続けるのだ。
事件が起こったからだ。事件はまだ続いている。わたしはブラックな情報の網目を漂い彷徨い、新聞を読み、雑誌を読み、何が起こっているのかを知ろうとした。そこにはわたしが今まで触れたことのないような事実や虚偽が溢れかえっていて、わたしはその中で溺れている。
わたしたちが受け取る情報はロンダリングされている。洗われる前の情報を誰も日の下で語らない。しかし、声に出されぬ情報は、ログに刻まれ、黒い口を開けて晒されるのを待っている。ネットの暗い穴の中に、人は大声で叫ぶ。そうだよ、王さまの耳はロバの耳だよ。君には見えないのかい、王冠がぷっくりと持ち上がっているのが。
なぜ、わたしは知りたがっているのだろう。この深い穴の底にあるものを。なぜ、見たがっているのだろう。こんなに怖がっているのに。ロバの耳だからといってどうなんだ、ウサギの耳もロバの耳も、聞こえさえすればいいじゃないか。いや、耳がなくったって構わない。だのに、ロバの耳だと騒ぎ立てる。だって、ほら、ロバの耳なんだよ。きっと、違った音が聞こえているんだよと指をさす。そうして、わたしも、「ロバの耳だ」と小声でつぶやく。
人はジクジクとした傷を持って生きている。いつまでも乾かない、かさぶたのはらない傷だ。だのに、他人の傷を告発する。ほら、こんなところに傷があるんだよ。みんな来てごらん。見てごらん。
なぜ、人はそう囁きたくなってしまうんだろう。なぜ、自己承認と他者批判は表裏となってしまっているんだろう。守ることが攻め立てることにすりかわってしまうのはなぜなんだろう。
後ろ暗いところは、ざぶざぶ洗ってロンダリング。出自、育ち、学歴、刑罰、障碍、金儲け、家庭、情事、取引。
しかし、ロンダリングしたいと思う自分を作っているのは、ロンダリングしたい自分であり、その後ろ暗さの中でつくられた自分からは逃れられない。逃げても洗っても消しても、逃げたい自分洗いたい自分消したい自分、が、自分であるのだ。ロバの耳を持っているからこそ、王様になったのだ、ロバの耳だからこそ王冠でそれを隠したのだ。大声で抗議しようと、絶交しようと、ホテルで切りつけようと、それは洗い流したい自分なのだ。
人の不幸は、洗い流したい自分にもかかわらず、他者を指差す「業」にある。罪深い生き物だ。
やはり、わたしはそのふかいそこをしりたい。なぜ人は、私は、こんなにも罪深いのかを知りたい。知恵が足りないのか、経験が足りないのか、『愛』が足りないのか、神が足りないのか。何があれば、人は、私は、この罪深さを飲み込むことができるのか。私は何を語れば、この罪から私と人を引き上げることができるのか。
ゆっくりゆっくり眼を閉じて聞こう。ゆっくりゆっくり眼を開けて見よう。ここに立って。けして後ずさりせず。
事件はまだ、終わっていない。真っ黒な重い液体を、どくどくと飲むのだ。時が経っても忘れず、顛末を見続けるのだ。