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うさとmother-pearl

目指せ道楽三昧高等遊民的日常

絶滅危惧種(水中の花)

2005年09月08日 | お出かけ
最近、すぎ昌さんあきちゃんが記事になさっている、姫河骨(ヒメコウホネ)の自生地は私の家からさほど遠くないところにある。
私は、今まで、ヒメコウホネという植物をまったく知らなかったし、自生しているこの洞の存在も知らなかった。そこは高架の下にある里山だ。すっぽりと取り残されたような場所で、行ってみたいなと思っていたところだ。
ヒメコウホネは、スイレンの一種で、きれいな水に生える黄色い可愛い花だ。絶滅危惧種とされているらしい。水の中の太い根が骨のように見えるのでこの名がついたと書いてあった。河に沈んだ骨というちょっと怖い名を持つ植物である。花だけが、首を伸ばし水面のいくらか上に花を咲かせる。人には、長く伸びた茎とその先の花だけを見せる水生植物だ。思い立って出かけたため、カメラも忘れてしまった。どんな花かは、お二人のところでごらんいただきたい。
当地が台風の暴風雨圏をやっと抜けた頃、すぎ昌さんに教えていただいた道順を頼りに出かけた。だあれも居ない高架の下に、静かに湧き水でできた川が流れ、周りに湿地が広がっていた。台風で随分水量が増えていたのだろう。川底まではっきり見える澄んだ水がとくとくと流れていた。ビーチサンダルの足を、清く、冷たい水が洗っていった。
ヒメコウホネは、今まで見た写真とは違い、とっぷりと水につかっていた。湧き水が流れるままにそよぎながら水底で花が咲いていた。
たぶん、水面に首を出した姿が愛でられているのだろうが、私が初めて見たヒメコウホネは、息をつめて水の中に居た。流れに抗わず、身を任せながら、水に浸かっている姿だった。
滅び行くものとして危惧という人の思いなど、全く頓着せず気持ちよさそうに流れの奥に潜んでいた。
日を浴びるために、または受精の虫をとまらすために、花は高く高く水上に花首を伸ばすのだろう。それは、花としての精一杯の自然だろう。だが、今日のように川が深くなる日は、川の流れる底にあって、むしろ川に流されることを楽しんでいるようだ。
晴れた日は陽を求め、流れの深い日はその深い流れに洗われることを厭わず、楽しむ。
そんな人に、わたしもなりたい。
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斬り込みパラシュート

2005年08月25日 | お出かけ
言い訳をすれば、2週間あまり、PCが調子悪く、ブログを書こうとか、コメントを書こうとかすると、プッツリ。。と切れてしまっていて、スキャンとか、エラーチェックとかそれはもう大変でした。オタクの記事を書いた呪いだと思います。ゼッタイ。
おかげで、、アクセスアカウント数は、日を追うごとにドンドコ減っていき、その様はむしろ小気味いいほどで、諸行無常盛者必衰を痛感いたしました。久しぶりにこうやってキイボードをたたいていても、うまく打てない。ちょっとの間だったのに、うまく文章も綴れない。ここ数日、字を書く内職が山となっているので、チャンネルが、書写モードになっているのかもしれません。
そいで、今日は肩慣らしに、最近、思ったことを。

日本国は、もうすぐ、選挙らしい。本当に申し訳なく、恥ずかしいことなんだけど、自民・社会・共産党というくくりが崩れてから、政治がわからなくなってしまっていて、今回もよくわからない。多分、一番の原因は「名前が覚えられない」というわたしの短所のせいだと思う。とにかく、党派の名前と党員の顔と政策(あるとすれば)が結びつかないという、わたしの実生活(わたしは名前が覚えられない人です。実は。誰だか思い出せずに1時間近く話したこともある。困ったもんだ)と同じで、今も特に「民主党」「社民党」というのがよくわからない。だから、選挙も、雰囲気で決めたりするという、国民の権利を十分に活用しないものになったりしてる。どっかにチャート図でも書いてないかなって思うくらいです。
今回の選挙。胡散臭い人がたくさん出ている。総理自体がその代表のようなものだから、仕方ないんだろうけど、総理がパラシュート部隊として送り込んでいる人たちが、胡散臭い。女の人が多くって、経歴も、東大だの慶応だの、キャリアだの、カリスマだのなのだが、なぜその優秀な女性たちが、あの胡散臭い総理の指名にあのように狂喜しているのかがわからない。あれだけの優秀な人ならば、総理の浅薄さはわかるはずでしょって思うんだけど、なぜあんなにワンワン喜んでいるのかわからない。メディアは、それらのご婦人たちをこぞって取り上げているんだけど、テレビで見ても、週刊誌で見ても、彼女たちの化粧が濃い(本当はこれが一番気になってたりする)いまどきの化粧ではない。ほとんどが、40-50代という微妙なお年頃なので、一生懸命なのはわかるが、とにかく濃い。ファンデーションも、口紅も。いまどきああいう色の口紅って売ってるの?ってのをつけている。選挙アドバイザーのような人が口紅の色指定でもしているんだろうかと思う。もしそうなら、「受ける」ご婦人というのは、ああいう化粧をする人だということになっているのかもしれないけど、あの化粧は、やはり、「おじさん」向けの化粧じゃないんだろうか。日本のおじさんはまだ、ああいうご婦人の有り方を支持するような、美的感覚と民度の低いものなのか?彼女たちって、こんな程度で騙されるんじゃないのって、選挙民をナメテいるのかと嘆かわしく思う。馬鹿なおじさんを馬鹿にしている。日本を馬鹿にしている。
そんな中で、野田さんは比較的好感が持てる。政策は別にしても、政治への「姿勢」と有権者に対する「姿勢」は、筋が通ってるし、化粧もナチュラル。ホリエモンの出馬も嫌じゃない。選挙を舐めてるってとこで堂々としている。まずいのはニコニコしながら、舐めている人だ。彼女たちの部隊はどの地に落下していこうとしているのか、わたしにはわからない。

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屏風に住みたる

2005年08月19日 | お出かけ
まずは、近況報告からっ

①TB企画、皆様のおかげで無事、期日となりました。ありがとうございました。御礼申し上げまする。
②PCが、8月10日のXPのupdateから、すっごいご機嫌斜めで、ほとんど使い物になってませんでした。仕事関係を優先したので、半休業状態でした。多分、これで何とかなると思います。PCの点いてない部屋はさびしかった。自ブログを漫喫で読むのもさみしかった。
③内緒ですが、来週までにあげなければならない、家内仕事を抱えています。ブログ書いてる暇はありません。よそんちに遊びに行ってる暇もありません。本とはね、内緒だけどね。
あおちゃんの清見の古民家別荘に行きました。とてもとてもおしゃれで素敵でした。近いうちに、おせっかいさんのおはぎを清見の道行く人に売ることになりました。限定販売です。売切れ次第店じまいです。乞うご期待!

さて、本題。
お盆に岐阜県美術館のバークコレクション展に行ってきました。アメリカのバークさんというコレクターが何はともあれ、集めに集めたnipponコレクションです。ほら、面白そうでしょ。コレクションの中でも特に数多く、内容も素敵だったのが、屏風絵です。今まで、これだけの屏風絵を一度に見たことがなかったんですが、屏風絵の面白さを再確認させてくれるものでした。
いろいろな時代のいろいろな屏風。
その中の貴族たち、武士たち、市井の人たち、
みんなが、あっちやら、こっちやらいろんな方向を向いて、話したり、怒ったり、笑ったりしている。
西洋の絵画の中にも、多くの人たちが描かれているものはあるけど、日本の屏風絵のようなものがあるでしょうか。西洋の人たちは、みんなそろって、無表情に前を見ていたり、ひとつの本を覗き込んでいたりなのに、屏風絵の日本人たちは、好き勝手な方向を見て、好き勝手に楽しんでいる。画家も、好き勝手な人を描くことを楽しんでいる。なんて、日本人は楽しそうなんだろうって、思いましたよ、わたしは。
屏風絵って、こういう戦がありましたよ、とか、あの城下町の市はこうですよ、とか、あの物語を絵にするとこういう情景ですよね、って描かれたものです。だから、本当は、一人一人をここまで、好き勝手な方角に、好き勝手な表情に描く必要はないはずです。だのに、描いてしまう。そして、見る者もそれを楽しんでしまう。なぜ、わたしたちはこういう絵を描く民族なんでしょう?見れば見るほど、多様な人たちが発見できます。こういう屏風絵を文化としている日本人は素敵だね、って、思いましたよ。だから、頭の中の引き出しに、「日本人の屏風絵における傾向」というのを、追加しました。どこかで、何かを見たときに、この傾向と関係するものが出てきたら面白いなって。なぜ、こういう絵を描きたがるのか、いつか、自分の中で答えが見つけられるといいなってね。
あ、これってひょっとして、オタク的ですね。ってことは、日本人は、屏風絵からヲタだったってことかな。ふふ、面白くなってきたぞ。
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オマケ新しい国の人々

2005年08月15日 | お出かけ
前話「新しい国の人々雑感」の余談だが、お盆ということで。
私は、自律神経の悪い人、呼吸器の悪い人、循環器の悪い人、消化器の悪い人が立ち姿、物言いで大体わかる(突然倒れた人に、倒れる前日「病院行ったほうがいいよ」といったこともあったんで、本人が退院後、驚いて報告してくれた)。こういうのは、霊感とか言うものでなく、単にいくつかの様子を総合して感じているだけのことだ。ただ、自分でもその人のどこを見てそう思うのかは、よくわからない。でも、きっと、こういう感覚って持ってる人は多いと思う。それが敏感な人が超能力なんていわれてる場合もあるのかもしれない。
たまに、「人に見えないものが見えるでしょう?」と聞かれることがある。どうも、私は、「見える人」に見えるらしい。「見える人」って、私の何を指してそうおしゃるのかよくわからないが、どうも、私はその手の押しが強いらしい。だが、残念ながら、その手のものは何にも見えないし、感じない。どっかに行って「なんかいる!頭が重い、気持ち悪い」なんていう人がいて、ちょっとかっこいいかなって思うけど、私は全然だ。
ただ、知人が亡くなる前日から、電話の子機が故障して毎夜、真夜中に鳴り続けるということがあった。彼は高校の先輩で30そこそこで突然亡くなった。高校時代、浪人中の彼とよくお茶を飲んだ。社会に出てからも同業だったので、時々会っては話をした。いろいろなことを教えてもらったし、かわいがってもらっていたのだろうと思う。読みようによってはラブレターのような年賀状をもらったこともある。彼が亡くなって精神的にまいっていて、1ヶ月目あたりの時に自宅の階段を落ちかけている自分を、「こうやってたら落ちちゃうジャン」って思いながら階段の上の自分が見ているということがあった。家人が私を呼ぶ声で気がつくと、私は布団で寝ていた。変な感じだった。夢とは言い切れぬ感覚だった。
あなたも、何か、感じてる?
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うさと飲んだくれるの巻

2005年08月07日 | お出かけ
この土日、のぞみに乗って、MDBちゃんと、EMちゃんのとこに行った。
3人は、大学の同級生で同じサークルだった。大学のとき、一番たくさん話をした友達だ。一緒にいて一番楽な人たちだ。けんかとか、疑ったりってこと、一度もなかった。「本とはこう考えてんじゃないの」なんて、裏読みすること1度もなく付き合ってこれた。思ってることの何言っても大丈夫だし、何言われても大丈夫。何を言ってもちゃんと言葉が通じる。そこに理由なんてない。MDBちゃんとは時々会ってるけど、EMちゃんとは、本当に久しぶり、何年か前にEMちゃんがこっちに帰ってきたとき以来だ。EMちゃんとは同じ下宿にすんでいた。彼女の性格は「車は運転するものでなくって乗せてもらうものだから、免許は取らない」という発言に象徴される。私とは随分違うやつだ。2人でよくjazzのライブハウスにも行った。声をかけてきたのがおんなじ大学のえらそーな医学部の男子グループ(うちの大学の理系男子は同じ大学の女子なんかと決して合コンをしないゴーマンな人たちでした)で、「どこの大学?」って聞くんで、よそのKG女子大の子の振りして、だまくらかして遊んだりした。EMちゃんは今ちょっと遠いとこに住んでいる。結婚相手はサークルの3こ上の人なんで、もちろん私たち2人にとっても先輩だ。先輩は今、海外で、お子もばあちゃんと旅行中なんで、「おいでよ」ということになったのだ。先日、EMちゃんにお泊りの連絡をしようとしたらEMちゃんは留守で、先輩が出た。「おお、うさとか、久しぶりやぁ。その日泊まりに来るんかぁ。残念やな、そん時は中国行っておらんし、子どもも旅行中で、EMしかおらんぞ」って、「だから泊まりに行くんですけど」とは言えないんで、「うん、先輩に会えんので、すっごく残念よ」と言っておいた。
3人で、会って、歩いて、飲んで、食べて、飲んで、EMちゃんち行って、飲んで、飲んで、寝て、起きて、食べて、飲んだ。飲んだくれ、愚痴を言い、ちょっと泣いたりして、いろいろあるけどさって言って、飲んだくれた。
こういう友達がいるって、私の人生もまんざら、間違ってなかったね。
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全国選抜花火大会

2005年07月23日 | お出かけ
わたしの住む街の、それはそれは美しい清流で全国選抜花火大会が開かれる。子どもの頃は、さすがわが町、全国から花火やさんが大集結なんだと思っていた。どうも、どこの花火大会もこの名を冠するというのを知ったのは、本当に大人になってからだ。
この街では、7月の終わりと、8月のはじめの土曜との2回花火大会が催される。
初めて行ったのは、高校1年のとき。中学の同級生の女の子に誘われて2人で行った。
何着てこうか、いつどうやって行こうか、どうやって帰ろうかって、何度も何度も打ち合わせて、ちょっと大人になったような気分がした。

花火大会は、高校生にとって、恋人お披露目dayだった。花火の後に同級生に会うと、あの子とあの子は付き合ってるらしいという新情報が飛び交ったものだ。花火に誘われることはそれだけで、告白されたようなものだった。
だからこそ、花火が2回あるというのは悩ましいことだ。
1回はあの子のためにとっておく、さてもう1回は誰と行く、と考える子。
とりあえず、あの子とあの子と行くんだけど、友達に本命を聞かれたらどっちと答えようかと、迷ってる子。公認の仲になるためにひそかに作戦を練る子もいた。

高校3年と大学1年とは、間違いなく、先輩と一緒に花火を見た。中央線と東海道線を乗り継いで先輩が帰ってくる夏休みは、心の中で明るく光る遠い街のようだった。いつもの待ち合わせ場所だったあの駅の待合室で、何回も新興宗教の人に勧誘されたし、何冊も文庫本を読んだ。
先輩と行かないほうの花火は中学の同級生の男の子から誘われて、一緒に行ったりした。同級生と一緒に花火を見てるわたしを先輩が見つけてくれるといいのに、他の子と一緒にいるのをいやだなって思ってくれればいいのになって思っていた。
橋の上を市電が走っていた。照り疲れた夕暮れの陽を映して川面がさわさわ光っていた。堤防の草が風になびいていた。
あの頃を思い出すと、なにもかもをぎっしりと詰めた、きらきらと輝いている小箱をいだいているような気持ちになる。

                                           

追記   BLOG STATION:ブログ句会・5 に寄せて


花火咲く下で いま 手を つないでる

はぐるれば 二度と会えぬか 夏祭り


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イタリア(?)村

2005年07月07日 | お出かけ
昨日のお休みは前述のMDBちゃんのお誕生祝いに名港「イタリア(?)村」でデートをした。土日はすごい人出で、ウハウハなところである。以前MDBちゃんが日曜に来たときには、どっこにも入れない状態だったらしいんだけど、さすがに平日は何とか見て回れる。地下鉄の駅から歩いて数分。ちょっとチンケな塔が建っていて、イタリアらしい風情をアピールしていた。館内放送は「ボンジョルノ」で始まり「グラチェ」で終わるんだけど、なんとなく平仮名風なアナウンス。運河にはゴンドラが浮かんで、外国人の兄ちゃんが船頭(そうそう、何でもできるMDBちゃんはなんと船舶の免許も持ってることが判明した)をしている。本物のお馬が引く馬車も走っている。これもかわいい外国人のお姉さんが乗っている。テラスでお食事ができ、外国人のおじさんたちの生バンドが生演奏(ドナウ川の漣とか、ニューヨーク・ニューヨークという選曲は???だった)をしてくれる。
でも、やっぱり「イタリア(?)」なのであるなあ。
わたしは、イタリアに行ったことがある!!
フィレンチェ、ローマ4泊6日という、貧しい旅行だったけれど、生イタリアを知っている。
イタリアって、ああだっけ???
ゴンドラを浮かべたり、ムラノの工房のガラスを飾ってるくらいだから、ベネチアを模しているのかもしれないけど。何せ、ベネチアには行ったことがないのでわからない。
わたしはパルケエスパーニャのほうが、イタリアの路地とかには似てると思うんだけど。(あれは、スペイン村ですよね)
MDBちゃんはイタリアに行ったことがないので、「イタリアってこうなの?」と聞くけれど、わたしにもよくわからない不思議な「イタリア(?)村」だった。
でも、テラスで運河の風に当たり、生バンドを聞きながら、ワインを飲むのは本当に贅沢なひと時だった。外で食事をするには絶好の日で、さすが日ごろの心がけのいい2人が揃うと、天も味方するのねっと思った。こんな日にこんな風に生の演奏を聴きながらだったら、1日中ここでワインを飲んだくれたいもんだ。世の奥さんたちは、平日にこういうとこにお友達と来てお食事してんのかなあ、いいなあ・・・と思ったけど、きっとわたしたちもそうゆう優雅な人たちに見えたことでしょう。
とりあえず、名港にたくさんの?を撒き散らしながら、イタリア(?)村はたそがれ色に包まれていったのである。
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蛍の里

2005年06月19日 | お出かけ
6月も半ば、蛍の季節である。今日の日曜はきっといろいろな蛍飛ぶ所が人で賑わうんだろうな。
私も人波避けて明日あたり、蛍を見に行こうと思う。
私の住む町の東端に蛍の里がある。ここに毎年通うようになってそろそろ7年。この場所は昔から知っていたのだが、7年前に初めて行った時は、思わず立ち尽くしてしまった。地元の人が保護する、街ではだれでも知っている場所であるが、隠れ里のような場所だ。川の下のほうに車を止め、坂を上っていくと、そこは小山に囲まれた田圃である。町の明かりはほとんど届いてこない。夜の中、かすかな月明かりとほのかな蛍の光だけが、田や周りの山や小川や畦を照らしている。
ここに帰ってこられてよかった、と思えた。初めてきた場所なのにそう思えた。そうして少し泣いてしまった。今の日本では「となりのトトロ」くらいにしか残っていない里山の風景だった。
蛍の名所はいくつかあるだろうが、すぐそばの道から車のライトが見えたり、住宅街の明かりが見えたりするものだ。ここは違う。人工の明かりが全くない中で蛍たちが飛ぶ。
ずっとずっと変わらぬ風景なのだろう。私の父母や祖父母やその前の人々が生まれる前からここでは蛍が飛び、私が怒ろうが、泣こうが、死のうが、この里で蛍は飛び続けるんだろう。
何かに祈りたくなる場所だ。

実は、この場所を2年前に市は整備してしまった。蛍を見に来る人のために橋がかけられ、歩道が作られ、ちょっとつまらない場所になってしまった。悲しい、ことだった。

こどものころ、起きると枕もとのコップが逆さに伏せられ、中に蛍がいたことがあった。夜、カブで出かけた父が私のためにとってきてくれた蛍だった。薄い光を少しだけ放って、すぐ死んでしまった。早くに死に別れた父が私にしてくれた、それほど多くはないことのうちの悲しい思い出である。
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ペルルでトニー滝谷

2005年05月12日 | お出かけ
昨日はお休みだったんで、ペルルでトニー滝谷を見ました。本当に久しぶりの映画。ポイントカードを出したら、「お客様、期限が切れておりますから、新規でおつくりしますね」と言われてしまいました。1年以上見てなかったてことですね。映画も見ず、いったい何をしてたんでしょ。
「トニー滝谷」は、イッセイ尾形と宮沢りえの出てる映画です。村上春樹(実はあまり好きではありません。邦訳した「心臓を貫かれて」はすごかったけど)の原作を市川準監督が撮ったものです。凍てつくような「孤独」の寓話でした。小劇場でこのお芝居を見たら帰りのお酒がしみるだろうなって感じの。孤独であることより、自分が孤独であると気づき、孤独を恐れる方が、孤独なんでしょうというような。
宮沢りえちゃんはやっぱり、とってもとってもきれいでした。新しいりえちゃんの写真集『STYLE BOOK』(講談社)も、ほんとにおしゃれで可愛い。(サンタフェってのもありましたね。そういえば)一度見てください。いろんなイマジネーションを書きたててくれる写真集です。いろいろあったけど、あのお相撲さんなんかと婚約解消して本当によかったよね。Adult children(私にはUTADAと彼女はそう見える。)を上手に抜けた感じですよね。

この映画は結構前から見たかったんですが、都会でないと上映しないだろうとあきらめていました。そんな映画をやってくれるペルルはえらい!!単館上映の映画を岐阜でもちゃんとやってくれる心意気のある映画館です。しかも、共通駐車券もいただきました。その上、ロビーに無料コーヒーがおいてある!!(決して無料コーヒーの狙い撃ちをしているわけではありません。)
柳ヶ瀬に行ったのも久しぶりでした。寂しくはなったけど、かえって歩きやすくて今までとは違った意味で「いい街だな」って思いました。

今日のノリタケは、オーストラリア輸出用のトレイです。オーストラリア向けには、やっぱしカンガルーが多い。今日の記事とは、村上春樹とのカンガルー繋がりってことで。
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ゴールデン貧乏ロード

2005年05月04日 | お出かけ
ゴールデンウィークも佳境。みんなが大枚はたいてレジャーに行くってのも、どうよ。そんな時、通はゴールデン貧乏ロード(うさと命名)ってのはいかがでしょう。

                  経路1
小牧キンブル
飴ちゃんから鎧まで。新品も中古も何でも有のお店。ないものはないけど、今日あるものが明日あるとは限らない、人の世の諸行無常を感じさせる品揃えです。客層もワールドワイドでいろんな言葉が飛び交います。。今日はガルシニアとか言う成分の入ったジュースのペットボトル20円でした。運がいいとただでもらえるイベントに巡り会うこともあり(以前ダンボール1箱の新品帽子をもらいました)お買い上げの方もれなく直営和菓子店のコーヒー無料券がいただけます。ちょっと時流にのれなかった食玩とかもあります。

                  経路2
びっくりらーめん
キンブルから国道を5分程度北上。関西のチェーン店でラーメン189円を食します。餃子のお持ち帰りは210円なんで、おみやにします。にんにくおろしを入れると結構いけます。

                  経路3
和菓子「
ラーメンでおなかもいっぱいになったんで、食後のブレイクにします。もう一度キンブルまで南下。先ほどもらった無料券でコーヒーをいただきます。45円のみたらしとか、63円の和菓子を足してデザートにしてみるのもいいです。

二人分でも500円程度でいけちゃいます。700円出せばおみやまで。
どう?ゴールデンでしょ!
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