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日々のつれづれ

日々うららかでありますようにと願ったけれど、平穏な日々は続かない。
穏やかな老後は訪れるか。

四年が過ぎて

2010-07-26 | 実家に関すること
やらなくちゃ、と思いながら決心がつかず引き延ばしていた母の遺品のお焚き上げ。
三回忌が済んだら・・・と思いながら、三回忌が済んで更に二年も過ぎてしまった。
衣類などは形見分けを済ませて、四十九日が明けた後に早々にお焚き上げしたのだが、気持ちの整理もつかない時にやってしまったので失敗したと思う事も無いではない。けれどもあの時だから出来た事で、そうでなければ現在も片付かないままだっただろう。
その後、少しずつ家の中を整理していたら母の手芸材料などが出てきた。
初めは「いつか出来る日が来る」と思っていたのかもしれない。
日が経って「もう出来ない」と分かっても捨てる決心がつかなかったのだろう。

母はとても手先が器用だった。若い頃は東京で洋裁を学び師範免状も持っていた。

私が幼い頃は母の手作りの洋服を着たものだし、人に頼まれて家でミシンを踏んでいたのを覚えている。
手芸なども大好きで、色々な物を作っていた。
几帳面で丁寧だったから、母の作ったものは誰に上げても喜ばれたものだ。
残念ながら私は母の器用さを受け継ぐ事は無かったのだが・・・

働く女性だった母は、退職した後は趣味の時間を持ちたいと思っていたようだが、リウマチという病を得たため手先を使う事は出来なくなった。
晩年は自分の体を支えるために補助装具を身につける事になった。
 胸から下を支えたものと、両足首を固定したもの

最初のお焚き上げの時には母を苦しめた装具を焚き上げて、母のもとに送る事はいらないと思っていた。
けれどいま母を苦しめたにしても身体を支えてはくれたものだから、きちんと焚き上げしようと思いなおした。
ゴミとして捨てる事は気持ちが許さないという事もある。

気がつけば母がいなくなってから四年も経つ。いつまでも引きずっていても仕方がない。
遺品を出す手配をすればどうしてもやらざるを得なくなる。そう思って電話で依頼したのは今朝の事。
29日には遺品引き取りに来てくれる。