バリアフリーとは本来建築用語であるが、最近では社会的、制度的、心理的な障害の除去という意味でも使われている。
バリアフリーを声高に叫ぶことは、現状が徹底してバリアフリーでないことを証明していることでもある。バリアフリーを表明しても見せかけだけのバリアフリーで済ませてしまって実効を伴わないのであれば意味がない。何もかもバリアフリーにするのも現実離れしているし、どこまでバリアフリーにするかも検討 . . . 本文を読む
自動車は凶器になる。 毎年1万人近くの人が自動車による道路交通事故で犠牲になっている。やはり乗っている人の死亡事故が多いが、同じくらい歩行中の死亡事故も多い。運転者側の原因はスピード違反、わき見運転、酒酔い運転等で、歩行者側の原因は飛び出し、信号無視、車両の直前直後の横断だそうである。ただし、歩行者は常に弱者で、歩行者は原因が運転者側、歩行者側の区別なく被害者となる。歩行者にとって自動車は凶器であ . . . 本文を読む
公私混同という言葉を使う時、「公」の中に「私」があるという認識を持つ。 そして、「公」と「私」が競合した時は「公」を優先すべきだという論法であり、「私」を優先した場合に非難と訴追を浴びることになるが、これはおかしいと思う。「公」と「私」が混在した状態そのものが異常であり、「公」と「私」は明確に分離して区分しなければならない。「公」の立場では徹底して全ての「私」を排除し、「私」の立場では「公」と全く . . . 本文を読む
父親は80歳を優に超えた。
親が長生きできるということは、自分も親の遺伝子をもらっているので、自分が長生きできる実証にもなると思う。そういう意味でも大いに長生きしてもらいたいものであるが、このところ父親に元気がない。何をやるのも億劫なようで、食べることと寝ることを中心に生活している。散歩でもいいから少しでも運動するよう勧めるけれども一向に行動に移す気配がない。一度 . . . 本文を読む
交通取締を民間に委託したら交通違反が激減したという。
違うだろうと思う。民間に委託したから違反が減ったのではなく、委託する前の警察の取締がいい加減だったのである。実質取り締まっていなかったか、もしくは効果が上がるような取締をしていなかったことになる。民間でできたことがなぜ警察にできなかったんだろう。権限としては警察官の方が数段上のはずである。ただ単に人員不足だったという言い訳だけで済みそうに . . . 本文を読む
情報は活用するためにある。
集めた情報を自分なりに分析して、一つの事実と思われるものに集約したあとは、これを活用しなければならない。活用しない情報は意味がない。活用するとは具体的な行動に結びつけることだと思う。そう考えた時、情報の洪水の中にいる我々は、どんな風に情報を活用しているのだろうと疑問に思えてくる。ほとんどが何かの参考に聞いておく、好奇心を満足する、知識として蓄積しておく、聞いたけれ . . . 本文を読む
川はいつから危険な地域として立入が禁止されたのだろう。 私達が少年だった頃は、川は解放されていて格好の遊び場になっていた。水遊びはできるし、探検はできるし、魚は捕れるし、清流であれば手で水をすくって直接飲んだりもしていた。不幸にして水の事故で亡くなる子供も居たには居たが、今で言うところの交通事故よりも極端に少なく、気をつけろと注意はしても、危険だから立ち入るなと言う大人達は居なかった。交通事故が危 . . . 本文を読む
通勤は地下鉄である。 駅を降りると地上まで歩かないといけない。通路は左側にエスカレータ右側に階段がある。通勤客はほとんど左側のエスカレータに集中し行列をなしているが、右側の階段はほとんど無人である。私は混雑したところが嫌いなので右側の階段を昇る。無人の広い階段の中央を左側に混雑するエスカレータの人々を横目に堂々と登るのは気持ちのいいものである。結局はエスカレータよりも先に着く。これも優越感を持つ . . . 本文を読む
何でもかんでも、全てお任せ下さいと言われたら眉唾で聞くべきである。
肝心なところは自分で管理して、どうでもいいことを他に任せるのが通常の姿である。何でもかんでも任せて下さいと積極的に売り込む業者は警戒して利用すべきであり、何でもかんでも任せてしまうのは辞めた方がいいし、決してやるべきでないと思う。何でもかんでも任せてしまうということは、任せられた側は何でもできるし、全てを知り尽くすことができ . . . 本文を読む
2011年7月24日に従来のアナログテレビ放送は廃止されるそうである。
それに替わるものが地上ディジタル放送だと言うことで、追い立てるように切り替えを促進している。私は、空中に電波を長距離飛ばして放送するのが将来的に主流になるとは思えない。通信回線はすでに無線通信をあきらめて光ケーブルに移行した . . . 本文を読む
防災訓練があちこちで行われている。
阪神淡路大震災では、死者のほとんど(約8割)が発災時に瞬時に亡くなっている。その後助け出された被災者の中で亡くなった人が2割である。また、救助された人の8割は地域の住民によるものであり、国や地方自治体が救助したのは残りの2割に過ぎない。防災訓練の中身を見ていると、助かった人 . . . 本文を読む